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スウェーデン留学の思い出のレモンケーキ

人にレシピを教えてもらうのが好きだ。
誰かの手料理を食べて美味しかった時、私は必ずレシピ教えて!とおねだりする。
もちろん、その料理を自分でも再現できるようになれば、またいつでもその美味しさを味わうことができる、という目論見がまずある。
でもそれ以上に、誰かが作ってくれたという思い出ごと、私はその先の人生で何度も再現したいのだ。その料理を作り、食べるたびに私はその人と過ごした時間を思い出し、何度も何度も噛み締めて味わうことができるのだ。
それにレシピというのは、その人にとって特別で大切なものかもしれない。何度も試行錯誤の末に生み出されたレシピかもしれないし、家族から受け継いだレシピかもしれない。だから、誰かがレシピを教えてくれた時、私はその人が心を開いてくれているような、大切なものを打ち明けてくれているような気がして嬉しいのだ。

そんな私の思い出の味のひとつが、レモンケーキだ。

私は大学時代に1年間スウェーデンに留学していた。そこで9人の同世代の女の子が暮らすシェアハウスに住んでいた。全員国籍はバラバラ。ドイツ、フランス、スペイン、イギリス、オランダ、オーストリアなど様々な国からきたハウスメイト達が台所に立ち、料理やお菓子を作る日常を垣間見ることができた。垣間見るだけでなく、ときには一緒に料理を作って食べたり、お互いの料理を交換したり、お裾分けしたり、教えあったり、ということも日常茶飯事だった。

キッチンの道具は全て共用。ケーキ型などお菓子作りに必要な道具も揃っていて、彼女達はよくケーキを焼いていた。焼かれたケーキは私達ハウスメイトにお裾分けされる時もあればそうでない時もある。
誰かがケーキを焼くいい匂いがシェアハウスに漂い始めると、ハウスメイト達は皆部屋の中で「今回のケーキは私たちも食べれるのだろうか?あるいは別の友達に振る舞う用だろうか?」と密かに期待していたに違いない。
というにも、焼き上がったケーキがケーキクーラーの上で冷まされているのを、ハウスメイト達が横目でさりげなくチラリと見ながら通りすぎるのを何度も目撃したことがあるからだ(私の部屋はケーキクーラーが置かれているテーブルにとても近かった)。
ケーキが冷めて、焼いた本人から「ケーキ焼いたからご自由に食べて!」というメッセージがグループチャットに送られてくると、私達は喜び勇んで、ケーキのもとに駆けつけた。ケーキの横に直接「ご自由にどうぞ」という手書きのメッセージが置いてあることもあった。紛らわしいことに、特にメッセージを送らずに食べていいよ〜とケーキを置いておく派の人もいた。となると当然、本当は食べてはいけないのに間違えて勝手に食べてしまう、というケースも発生するわけで、ケーキの横に「これは食べないで!」という注意書きが置いてあることもあった。

焼き上がったホールケーキをお裾分けしてもらう時は、皆各々のタイミングで自分の分を切り分けた。これが毎度かなり高度な心理戦になった。最初に切り取る人は単純9分の1くらい切り取ればよい。ただ、少し時間が経つと誰がどのくらい食べたかもう分からなくなる。こうなると遠慮して自分の分を取り損ねる人や、いつまでも残っているのを見兼ねて、あるいは強欲で、おかわりを頂戴する人も出てきて、内心ケーキ争奪戦状態だ。

ドイツ人のリーナが作ってくれたレモンケーキは、そんな大人気ケーキの一つだ。レモンの爽やかな香りと濃厚なバターの風味が漂うそのケーキは、レモンピールとアイシングシュガーがまぶされ、見た目にも華やかである。初めて彼女がそのケーキを焼いた時、ケーキクーラーで冷まされているそのとびきり美味しそうなケーキを、私も含めたハウスメイト一同はワクワクしながら眺めた。しかし、その横には「友達用!食べないで!」と貼り紙があった。みんなどれだけがっかりしたことか。
ところが彼女は1ヶ月と経たないうちに今度は私達のために焼いてくれた。前回食べれなかったのもあって、私達は大喜びでケーキのもとに駆けつけた。その美味しかったこと!
中はほんのりレモンの酸味とミルクやバターの優しい甘さが感じられる弾力がある生地で、外側はカリッと香ばしく焼けている。まぶされたレモンピールとアイシングシュガーをかじると、甘酸っぱいレモンの香りが口いっぱいに広がる。

リーナのレモンケーキ

リーナにレシピを教えてもらおうと思っていたら、彼女の方から私の誕生日にレシピをくれた。正確に言うと、いつも「レシピを教えてくれ」とうるさい私にハウスメイト達がレシピ集を作ってくれたのである(その時のエピソードは以下の記事に記載した)。

スウェーデンから帰国した後、何回か彼女のレモンケーキを食べたくなる時があった。ただ、バターの値上がりやら品不足だったり、国産のレモンが手に入らなかったりと、なかなか作るタイミングがなかった。
しかし、ついに先日彼女のレシピを再現することができた。久々に食べたそのレモンケーキは、そっくりそのまま彼女が作ってくれたレモンケーキと同じ味で、シェアハウスでの楽しく美味しい記憶を蘇らせてくれた。
いつか自分の子供にも、この美味しいレモンケーキを、スウェーデンでの思い出話付きで、作ってあげたいな〜というのが今の私の夢だったりする。