見出し画像

【特別編】衆議院選挙とマイノリティの権利

このnoteでは、女の子として生まれ、「ちいちゃん」と呼ばれて育ってきたかつての自分。男性として生き、「たっくん」と呼ばれ、福祉の専門家として働いている今の自分。LGBTQ当事者として、福祉の現場に立つ者として、「生」「性」そして「私らしさ」について思いを綴ります。(自己紹介はこちら)
今回は、2021年10月31日に投開票された第49回衆議院議員選挙を、教育専門誌やビジネス雑誌などでライターとして活躍されている、株式会社レゾンクリエイト取締役の佐藤智(さとう・とも)さんと一緒に振り返ります。

■今回のお話のお相手■

画像1


佐藤智さん
教育ライター・株式会社レゾンクリエイト執行役

マイノリティの問題とマジョリティの意識

田崎 今回の衆議院選挙を通して、私がずっと考えてきたことがあります。それは、マイノリティの人たちが抱えている課題は、マイノリティの人たちしか関心を持てないのだろうかということです。

選挙期間中、Web上にはさまざまな政治課題についての質問に答えることで、自分と最も考えが近い政党がわかる投票マッチングサイトも立ちあがりました。そこでは、「同性婚を法律で認めるべきだと思いますか?」といった質問もありました。性的マイノリティの人たちが抱える課題は、国政レベルのテーマとして認知されているわけです。しかし、私の知る限り、性的マイノリティの課題に焦点を当てた政党はごく一部でしたし、その政党が議席を大きく増やすこともありませんでした。一方で、LGBTQの人たちを「子どもをつくらない、つまり生産性がない」「(LGBTQの人たちのために)税金を使うことに賛同が得られるのか」と暴言を吐き、世間から厳しく批判された議員も比例選で3選を果たしています。

結局のところ、マイノリティのことはマイノリティ当人にしか興味がなく、マジョリティの関心や共感を得ることはできないのだろうか? マイノリティが直面する問題をみんなの問題とすることができるのだろうかと、今も考えています。

佐藤 総務省が運営しているWebサイト「なるほど!選挙」には、選挙の意義について「民主政治の原則である多数決は、人々の意見を集約し、決定する際に用いる方法です。より多くの支持を得た者を代表者とすることによって、政治の安定化を図ります」という説明があります。

確かに、多数決で勝負する「選挙」を通してマイノリティの課題をマジョリティの人たちと共に考えようというのはそもそも無理なのかもしれません。マイノリティの問題だと区別している限りは、みんなの問題にならないですよね。

田崎 異性愛者の人にとっては、同性婚は確かに自分には直接は関係のない問題かもしれません。ただ、異性愛者の人たちが同性婚に積極的に関心を持たないのは仕方ないにしても、同性婚を認める法律の制定にまで反対するのは、なぜなのでしょう。自分たちに直接関係がないとしても、いえ、直接関係がないからこそ、マイノリティの権利を認めても問題はないはずなのに。

それどころか、「日本中がLGBTになってしまうと(次の世代を担う人が生まれないから)国が滅んでしまう」などとありもしない妄言で、マイノリティの人権を否定する地方議員まで出てきてしまう……。

佐藤 マイノリティの人の権利を守れるかどうかは、マイノリティの人たちの問題ではなく、マジョリティの側の考え方や行動にかかっているんですよね。でも、政治における多数決の原理と、マイノリティの権利は両立させなければいけないものです。私たちは憲法によって「基本的人権」を保障されていて、多数派であろうが少数派であろうがすべての人は、公共の福祉に反しない限り、「幸福追求の権利」が尊重されます。同性婚は、公共の福祉に反しない、個人の幸福追求の権利だと私は思いますよ。国が滅ぶなんてことはありませんから。

田崎 マイノリティが抱える問題に対して「マジョリティである自分には関係のないことだ」と無関心であることは、ある部分、仕方がないことだと思いますが、せめて、誤解や偏見に基づいた否定・排除はなくなってほしいです。そして、福祉の世界で働く者としては、「自分には関係のないこと」と無視するのではなく、「自分にも関係のあることかもしれない」と関心を持ってもらうことで、みんなにとって生きやすい社会に近づくのだと思います。他人の問題を自分のこと、みんなのこととして考えてほしいです。

マイノリティとマジョリティの違いは実は小さい

田崎 先日、NHKで「ジェンダーサイエンス 」という番組を見たんです。その放送回のテーマが「男X女 性差の真実」。かいつまむと、脳はモザイク的でだれの脳にも男性的な部分、女性的な部分、中性的な部分があり、生物学的に考えると、みんながLGBTQの素質を持っているといったことが説明されていました。性自認や性的指向について、今の社会ではマジョリティとマイノリティと区別・分断されていますが、両者の間にある壁は実は決して大きなものではないのだということに私も驚きました。

佐藤 脳のしくみからすると、「LGBTQはマイノリティであり、自分とは違う」と考えるのは間違っているというわけですね。そんなふうに「性自認や性的指向はどのようにして決まっていくのか」「男らしさや女らしさと言われるものはどのようにつくられていくのか」を科学的に理解することで、誤解や偏見がもっと少なくなると思いますし、だれよりも先に、政治に携わる人たちにこうしたことについて勉強してもらいたいですよね。

田崎 LGBTQの人たちが抱えるこの社会の中での生きづらさは、確かに当事者でないとわからない部分はあるでしょう。でも、当事者でなければわからないことは、性自認や性的指向だけでなく、貧困や障害、病気だってそうだと思います。

だからこそ、当事者のことは当事者以外はわからないと諦めるのではなく、勉強したり話を聞いたりすることで、当事者のことを知ろうとすることが大切なのです。それなのに、現状は、わかろうとしない政治家の発言ばかりが目立ってしまい、社会に「政治家はどうせ市民のことはわからない」という諦め、無力感さえ漂っているように思います。

佐藤 政治家も、性的マイノリティの人たちと、もっと普段から接する機会があれば、理解は広がっていくのでしょうね。ただ、自分とは違う人のことを知ることも大切だけれど、自分自身にも目を向けることも必要だと思います。

脳がモザイク的だということを知った上で、「男らしさや女らしさにしばられる必要はないのなら、自分はどのように生きたいのだろうか」「女の自分の中に男性的な部分はあるのではないか」と自分を問い直して、よい意味で自分の生き方を揺さぶってみることも必要なのかもしれません。自分の中に、異質なもの、意外なものを見つけることは、嫌なこと、怖いことではなく、楽しいことだと私は思います。

田崎 自分の生き方を問い直したり、思い込みを取り払ったりするのは、年齢を重ねるほど簡単ではなくなるけれど、でもいくつになっても不可能ではないとも思います。

例えば、今は、日本では2人に1人が生涯でがんに罹患し、3人に1人ががんで亡くなるとされていますが、それに伴って、がんに対する人々の意識もかつての「不治の病」からずいぶん変わってきました。また、教育についても、学校に行かないでも通信制やホームスクール、フリースクールなどで学び続けることができることを多くの人が知るようになっています。同じように、性的マイノリティについても、時間がかかるかもしれないけれど、みんなのとらえ方が「おかしなことでも、特別なことでもない」と変わっていってほしいと思います。

なぜ私たちは政治家を信用できないのか

田崎 マジョリティとマイノリティの垣根をなくすために大切なのは、自分の意識の中にある思い込みに気づくことだと思うんです。先日、性自認や性的指向について講演したとき、話を聞いてくれた保育士の方が「お父さんが子どもの送迎をしていると私たちは『忙しいのに大変ですね!』と声をかけるけれど、お母さんにはそんなこと言わない。これも自分の中の思い込みだと気がつきました」と私に打ち明けてくれました。こうした気づきが自分を変える一歩になる気がします。

佐藤 確かに、残念ながら、まだまだ家事や子育ては女性の役目、男性の役目は外で働いて稼ぐことだという意識はありますよね。

田崎 「主人」「家内」もまだまだ当たり前に使われていますしね。佐藤さんは、女性として仕事をしていく上で「男性らしさ」「女性らしさ」などの社会的な思い込みに直面したことはありますか?

佐藤 私は、女性2人で会社を立ち上げました。創業当初は、女性2人の起業ということで注目していただきましたが、女性的なキラキラしたイメージを会社に求められていると感じたこともありました。ただ、会社の歴史を重ねてきたせいか、だんだんそんなふうに感じることは少なくなったかな。

田崎 佐藤さんが働く中で、「女性」ということで実際に苦労したことはありますか?

佐藤 例えば、女性1人で出かけるのが不安になるような場所、時間での打ち合わせなどを男性のクライアントから提案されることもありました。自分の身を守りながら仕事をしなければと考えることは、男性よりも女性の方が多いのではないでしょうか。私たちが会社を設立したのは、実はそうした現実も背景にありました。「フリーライターの佐藤智」と「株式会社レゾンクリエイト役員の佐藤智」とでは、相手の対応はやはり変わってくるんです。組織か個人か、そしてどんな肩書きを持っているかで態度を変える人が多いように感じていました。実現したいことがあったからということに加えて、自己防衛として会社設立をしたという面も正直ありました。

田崎 男女の社会的格差を国際比較した「ジェンダーギャップ指数」の2020年版では、日本は同じアジアの韓国や中国よりも下位の120位でした。佐藤さんたちのような女性経営者の登場はすばらしいことなのですが、その背景に「女性としての自己防衛」もあったというのは、悲しいことですよね。

佐藤 ビジネスの世界でも政治の世界でも、女性は明らかにマイノリティです。人口性比では女性100対男性95で女性の方がマジョリティなのに!(笑) 最近、多様な人材を生かして新しい価値の創造に挑戦する「ダイバーシティ経営」が注目されていますが、女性の登用をはじめとするダイバーシティを推進するためには、ダイバーシティがみんなにメリットがあることを組織全体で納得することが不可欠だと言われています。女性や障害者のために「特別に配慮してあげている」という考えでは、ダイバーシティはなかなか進まず、イノベーションの創出も難しいでしょう。そして、前例踏襲では通用しない時代だからこそ、政治の世界も女性の進出に限らずダイバーシティを進めていってほしいと思います。

田崎 政治の世界のように、ジェンダーギャップが大きすぎる分野では、女性に一定の割合で議席を与えるクォータ制を導入してもよいと思いますよ。そうなったときは、トランスジェンダーの当事者は自分の性をどちらにするかを、自分で決められるようにしてほしいですね。

佐藤 もちろん、自分が女性だからという理由だけで女性議員を応援するつもりはありませんが、それにしても女性議員はあまりにも少なすぎます。私が、政治家に対していま一つ「自分たちの代表」という感覚が持てない理由には、この多様性のなさが一因としてあるのかも……。

田崎 男性女性関係なく「自分たちの代表」と思える議員が少なすぎますよ! 選挙が近くなると「ヤバイ! オレ、何にもアピールできる仕事してこなかった」と、急に交差点に交通安全の旗を持って立つような議員は珍しくないですから。自分と自分の周りの名誉や利益しか考えていないのでしょうね。

佐藤 「政治家になりたい」という人を、「医師になりたい」「漁師になりたい」という人と同じように心から信用することが、残念ながら今の私にはできないんです。政治家に対して偏見を持ってしまっている……。自分の偏見に気づくのは悲しいことですね。でも、私のような人は少なくないかもしれません。

田崎 日本の国政選挙の投票率が低いのは、政党や政治家を信用していないからだと考える人は少なくありません。でも、それだけではなく、世の中がよりよく変わっていくという展望が描けないこと、そもそも若い人たちに学校など自分が属するコミュニティを変えた経験がないから、という理由もあるのではないでしょうか。

福祉の仕事を通してたくさんの子どもたちに会ってきましたが、今の子どもたちはすぐに「めんどくさい」と口にします。どうせ何も変わらない、自分には何もできないという気持ちが「めんどくさい」という言葉になるのです。若いうちに地域や学校を少しでも変える経験をすることで、政治に対してももっと前向きになり、「政治家になりたい」という人を「どんなことをしたいの?」と受け容れ、「いいね! 頑張って!」と応援することができるようになるのではないでしょうか。

【こちらも合わせてどうぞ】

【これまでの連載まとめ】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?