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映画「子供はわかってあげない」プロダクションノート

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カントク沖田の妄想プロダクションノート 全部嘘です。嘘じゃないかもよ。
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#1 はじまり

本来ならば、先日にも、映画『子供はわかってあげない』は、めでたく公開を迎えるはずであったのだが、やむなく延期となったので、それまでに、なんとなく、忘れられないためにも、監督である沖田が、ここに制作日記を書こうと思う。定期的に連載していこうかと思う。できるだけ、間違いがないように書こうと思う。  映画『子供はわかってあげない』は、まずプロデューサーT氏とN氏に呼び出されることから始まった。高い塔の上であった。一人待っている私の横には、一匹の猿と、極彩色の小鳥たちが部屋中を

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#2 脚本を書く

原作「子供はわかってあげない」の漫画本を渡されてから、数日後、私は、公園で一人、輪の形をした芋スナック菓子を指にはめながら、一人、頭を抱えていた。田島列島さんが描かれた、この面白さを、どうやって映像にするべきか。菓子の匂いにつられ、近寄ってくる鳩を嫌がりながら、私は、途方に暮れていたのである。そもそも、田島列島さんは、男性なのか、女性なのか。どんな人なのか。こんな優しげでユーモアのある漫画を描く人が、実際は、全身刺青だらけという可能性もある。 やはり、麻薬捜査官のご飯もの

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#3 脚本を書く2

脚本が書けず、酒に溺れ、激しい女遊び、悪いドラックにも手を出し、もはやボロボロの私を助けてくれたのは、その人であった。たしか、渋谷の路上で、タチの悪い脚本を売っていたのだと思う。フラフラした千鳥足の私に、そっと潜り込むように近づいてきて、ガラガラの、酒にやけた声で「お兄さん、いい脚本かくよ」と声をかけてきたのだった。 この世には、いい脚本家と悪い脚本家がいる。いいほうは、だいたいテレビ局にいて、悪いほうは、だいたい、こういった小汚い路上で、あやしげな脚本を売っている。私は

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#4 脚本を書く3

再び塔の上にいる私の肩には、極彩色の小鳥が乗っている。猿は、もう、私を無視するように、1人でガラス張りの窓から、渋谷の街を眺めていた。私は、桃の果汁が贅沢に搾られた、細長い紅茶のペットボトルを飲みながら、N氏を待っている。ようやく、社員証でドアの開く音がすると、N氏が入ってきた。 「お待たせしました」 N氏がなぜか、細長い、物干し竿のようなものを片手にしている。珍しく、今日は汗ひとつかいていない。私は、ひとまず挨拶をする。そしてN氏は、いつものように、猿を存分に可愛がる。

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#5 脚本の国にて 上

前回、脚本の国について書いてから、このプロダクションノートが、嘘ではないかという人が続出しているという話を聞いた。 ・・・信じてほしい。ただ今は、そっと私の話に耳を傾けてほしい。 私は、ゆっくりと、時間をかけて、回想している。映画作りは長い旅である。過去の記憶をゆっくりとたどるように、私は思い出し、時には涙を流しながら、この原稿を書いている。今一度、このプロダクションノートに一切の嘘がないことを、誓おう。そして、願うなら、このプロダクションノートが、これからの若い映画監督

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#6 脚本の国にて 下

原稿用紙が燃えている。おそらくボツになったものだろう。それを焚き火にして、彼ら兄弟が、肉を焼いている。見上げた空は満点の星。アパートのベランダで、私とN氏は、彼らから接待を受け、ご馳走を振る舞われている。酒もある。しかし、飲んだことのない味である。聞けば、頑張って書いたのに、映画やドラマにならなかった原稿をまとめて発酵させて作るものらしい。だからかな。少し悲しい味がした。 「あなたが会われたのは、おそらくみつ彦のことでしょう」 炎に揺らめいた、いち彦が、酒をつぎ、ゆっ

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#7 渋谷にて

さて、冗談はともかくとして、「子供はわかってあげない」という原作を映画にするという話があり、私は脚本家にお願いすることにした。映像化ではなく、映画化を。映画として、よりよいものを。映画が漫画に似ていれば、それでいい、私はそれが嫌だった。まずは、原作にないセリフで、台本の会話を埋め尽くそうとしたのだ。セリフのうまい人、それで思い出したのが、ふじきみつ彦さんであった。以前、シティボーイズライブの台本を書いており、そのコントが面白かったのを覚えていた。なんだか、仕事をするのは、

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#8 金の話

さて、今回は少し堅苦しい話になるかもしれない。金の話である。プロデューサー志望の方なら、読んでおいて損はないだろう。現在、日本映画の多くは、製作委員会方式が一般的となっている。いわゆる、出資企業の集合体である。一本の映画に対して複数の企業が事業費(製作費+配給宣伝費)を出資し合い、資金のリスクを分散する仕組みだ。各企業の出資金の額により、出資比率が決まり、映画公開後の収益から出資比率に沿った額が各企業に配分される。構成するメンバーには、出来上がった作品を映画館に営業する配

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#9 先生

無事、佐渡から生還したT氏、そして、脚本の国へと渡り、いろいろあった私とN氏。そして、いよいよ人間の心を取り戻した、脚本の国のふじきさん。ようやく4人が揃い、今は、この小さな喫茶店で、せせこましくテーブルを囲み、コーヒーを飲んでいる。集まったのは他でもない、原作者の田島列島先生に会いにいくためである。集合時間よりかなり早めに待ち合わせした我々は、わずか10分で話すことは話し、ほとんど時間を持て余していた。約束の時間まで、まだ1時間近くある。今はただ、少しぬるめのコーヒーを

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#10 親の小言と茄子の花には無駄がない

プロダクションノートとは、なんだろうか。実はよく知らないままに使っている。それも変なので、来週あたりから、もう少し、わかりやすい題名に変えようと思う。 『映画「子供はわかってあげない」ができるまで』にしようと思う。 映画ができるまでを書きます。 さて、田島先生との打ち合わせの帰り道、その出版社の最寄りの駅前に、私の母校があった。これは偶然である。その学校の横には、大きな寺があり、その更に横には、からあげメインの小さな弁当屋がある。高校生の頃は、よくここで、弁当を買い、学

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#11 葬儀

沖田が燃えている。 葬儀は、都内の斎場にてしめやかに行われた。誰も彼もが、沖田の死を悼んだ。よほどの人だったのだろう、沖田という男は。全国各地からやってきた参列者は後を絶たず、彼を慕う若者たちや、付き合いのあった若い女たちが、いたるところで涙を流していたのである。さすがは沖田である。しかしながら、沖田を快く思わない者も少なくなかった。撮影現場での度重なる暴力、パワハラ、セクハラと、やりたい放題であった沖田を目の敵にする者は大勢いた。沖田に金をだまし取られた者もいる。また

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#12 閻魔

閻魔が、まさか「横道世之介」を観ていたとは思わなかった。 映画が好きらしく、「テネット」も、2回観たという。IMAXレーザーがおすすめらしい。閻魔は、そういうと、私に天国か地獄か、どちらかを選んでいいと言った。普通は、閻魔の独断と偏見で決めるらしいのだが、たまたま「横道世之介」を観ていたらしく、好きに選んでいいと、情をかけてもらう形となった。いい閻魔だった。去り際に、「滝を見にいく」もいいよね。と閻魔は言った。武蔵野館でおばさんに囲まれて観たという。閻魔め。よほどのマニアらし

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#13 新しい朝 〜沖田と芸能界〜

ある朝、N氏は思った。そうだ。沖田修一なんて、顔知ってる人、ほとんどいない。 そうだ。映画監督なんて、名前ばかりで、顔なんて、みんな知らないんだから、誰か沖田さんになっちゃえばいいんだ。まさに、青天の霹靂といったところか。N氏はそれから、ベッドから起き上がると、起き抜けに洗面所で自分の顔を見た。 「はじめまして、沖田です」 と、声に出してみた。 いける。いける気がする。 今日から俺は、沖田修一だ。N氏は心を決めた。映画はまだ終わりじゃない。俺は誰だ。そうだ。俺はあきらめの悪

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#14 オーディション

さて、沖田が死んだなんて冗談はさておき 台本は、書き直しつつ、撮影の準備はしていかなくてはいけない。ここから、主に、キャスティングとスタッフィングをしていくことになる。誰が出て、誰と映画を作るのか。まず、何はなくとも主役である。主人公の美波は、オーディションという形をとった。いろいろな可能性の中から、美波を選びたかった。来てくれる女優さんと直接、話をして、それで決めることができるなら、それが一番だと思ったのだ。 ただこちらも、のべつまくなしに集めるのではない。出演した作品を

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