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#11 葬儀

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沖田が燃えている。

葬儀は、都内の斎場にてしめやかに行われた。誰も彼もが、沖田の死を悼んだ。よほどの人だったのだろう、沖田という男は。全国各地からやってきた参列者は後を絶たず、彼を慕う若者たちや、付き合いのあった若い女たちが、いたるところで涙を流していたのである。さすがは沖田である。しかしながら、沖田を快く思わない者も少なくなかった。撮影現場での度重なる暴力、パワハラ、セクハラと、やりたい放題であった沖田を目の敵にする者は大勢いた。沖田に金をだまし取られた者もいる。また、沖田に一本背負いされ、あばらを折った者もいる。また、沖田にエロい目で見られた女は、もう二度と立ち直ることができなかったという。それも仕方のないことだ。沖田のカリスマは、それほどのものだったのだ。それ故、沖田が子犬を助けて死んだというニュースは、美談として広まり、日本の宝がまた一つ消えたと、アメリカは伝えた。

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そんなわけありの参列者たちの中に、T氏とN氏もいた。今は精進落としの料理を前にしてはいるが、箸を持つ、その手が止まっていた。
「どうしましょうね、これから」
N氏が、人参を紅葉の形に切った、決して美味しくはないアレを、いじりながらT氏につぶやいた。
「どうもこうもないだろ、死んじゃったんだから」
T氏が、ビールを手酌でつぎ、そして飲み干した。
そうして、二人は長い溜息をつく。
「映画、もう終わりですか?」
「・・・そうだな」
「他の監督にあたりますか?」
「・・・誰がいるんだ!、沖田さんの代わりなんて」
「わかってます、代わりなんて、いるはずがないってこと」
だがしかし、二人の頭の中には、沖田の代わりの監督案が、もう数人ほど浮かんでいた。
会場に流れているのは、沖田の歌である。沖田が演歌を歌ったもの。沖田がラップをしているもの。沖田の歌声が、エンドレスで流れているのである。やがて二人の頬を、あたたかな涙が伝った。
「諦めませんよ、俺は」
いつになく、N氏が熱い言葉を口にした。T氏も気持ちは同じである。
「諦めないって・・・じゃあ、どうするつもりだ」
N氏には、返す言葉もない。
その時、ふと、T氏がビクっと体を震わせた。何事かと足元を見る。子供の笑い声が聞こえて、テーブルクロスをまくりあげた。その足元で、親族の子供が一人、こっそりと参列者たちの足をつつき、ケラケラと笑っていたのである。
「こら」
とT氏が、下を覗いたその時だった。ふと向こうに、見おぼえのある、小さな球体のようなものが、落ちていたのである。あれはいったい。・・・T氏が潜り込む。子供が仕返しに来たかと思いキャッキャと逃げていく。ハイハイ歩きをしながら、T氏が、テーブルの下を移動していく。
「何してるんですか?」
N氏が恥ずかしそうに、キョロキョロと周りをうかがっている。やがて、T氏の前に、よく知っている、有名なあの玉。間違いない、あの玉だ。中に星が四つ。黄色い光を放ち、テーブルの下のT氏の顔を照らす。T氏はそれを拾いあげ、そして、いそいそと、N氏のもとへまた戻る。そして、自分の席に戻ると、隣のN氏に、こっそりと見せた。
「おい、これって・・」
「これって・・・もしかして・・・」
「だよな?」
「え、じゃあ、もしかして・・これで、沖田さん」
「ああ、生き返るかもしれねーぞ!!」
T氏が叫んだ。

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しかし、それから数日が経ったが、二人は身動きができずにいた。残りの6つの玉を探そうとするのだが、二人は基本的には会社員であるので、平日は、別の映画の企画の打ち合わせや、社内の会議など、通常の業務で忙しく、休日は、家族のための時間や、趣味ではじめたソロキャンプをするため、あの玉を探す時間など、どこにもなかった。そもそも、世界中から玉を6つも探すなんて、日本の会社員にとっては現実的ではないし、本気で探すなら会社を辞めなくてはいけない。そうなったら本末転倒もいいところである。というか、実際、7つ集まったとして、沖田を生き返らせるためには、もはや使いたくなかった。自作パソコンを作るのが得意な会社の同僚の一人が、玉のありかを示すレーダーのようなものを作れると豪語したが、もう、あえて無視した。もう探したくなかったのである。沖田を生き返らせるために、もっと他に違う方法があるはずだ。そもそも人は生き返るのだろうか。沖田は燃えてしまったのだ。

つづく。


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