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#1 はじまり

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本来ならば、先日にも、映画『子供はわかってあげない』は、めでたく公開を迎えるはずであったのだが、やむなく延期となったので、それまでに、なんとなく、忘れられないためにも、監督である沖田が、ここに制作日記を書こうと思う。定期的に連載していこうかと思う。できるだけ、間違いがないように書こうと思う。

 映画『子供はわかってあげない』は、まずプロデューサーT氏とN氏に呼び出されることから始まった。高い塔の上であった。一人待っている私の横には、一匹の猿と、極彩色の小鳥たちが部屋中を飛び回り、これでもかと鳴いていた。私は、とんでもないところに来てしまったと、半ば後悔していたが、もう後には引けなかった。部屋は自動でロックされ、社員証でないと、開かないようだ。猿は、私の椅子の横に座り、長細い棒のようなチョコ菓子を一本取っては、私に食べさせようとする。私は、仕方なく猿からもらったチョコの棒をかじりながら、プロデューサーを待つばかりである。やがてやってきた二人のプロデューサーT氏とN氏。彼らとは初対面である。

「お待たせしました!」と入ってきた二人は、ゼイゼイと息を切らせて、異様なほど汗をかいていた。聞けば、二人は、塔の上まで地上から1時間かけて、健康のため螺旋の階段を登ってきたのだと言う。彼らは、それから、猿を思う存分に可愛がり、小鳥に餌をやると、私に一冊の本を差し出した。『紫の刃を抱いて』という原作であった。

「今、話題の本です」

彼らは自信たっぷりに私に言った。麻薬捜査官である、四ノ宮玲子が、腐りきった警察内部を告発し、逮捕された挙句に、様々な拷問にあう、ハードボイルド小説だ。

「沖田さんにぴったりだと思うんです」
T氏は、言った。

「麻薬捜査官の、美味しいご飯とか出てくるやつにしましょう」
N氏が、わけのわからないことを言った。

私は、泣き叫ぶ四ノ宮玲子のイラストが表紙の原作を手にしながら、少し考えていた。横から、また猿がやってきて、長細いチョコ菓子を勧めてくる。小鳥たちは、飛び回り、壁にぶちあたり、仕舞いに、私の肩に乗る。小鳥を肩に乗せながら、私は、考えていた。

やるべきか、逃げるべきか。
逃げよう。
私は、思った。

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飛び回る小鳥が、壁にぶちあたっている。私は見た。そのガラスの窓にヒビが入っていることを。

「沖田さん、やりましょう」

二人が近づいてくる。
その時、猿が二人にもチョコ菓子を差し出した。
今だ。

「違う原作がいい!」

私は叫び、窓ガラスに体ごとぶつかり、窓ごとぶち破ると、そのまま塔の上から、地上へ落下した。
ものすごい音だった。私は、数十秒、音もなく落下し、そして、塔の下にある、大きな池にドボンと落ちた。
助かった。私は思った。

水中でもがく私を、何かの餌だと思って寄ってきた魚たちに突かれながら、それでも地上へ出ようと泳ぐ。そして、ようやく地上に顔を出した私に、信じられない光景が待っていた。T氏とN氏が、私の後を追うように、塔の上から落ちてきたのである。

「待ってください!」
「沖田さん、違う原作にしましょう!」

そう叫びながら、池に落ちる二人に、大きな水しぶきがあがる。私は、両足を骨折していたので、もはや動けなかった。日頃の運動不足が祟った。普段1時間かけて塔を登っている二人に、敵うはずもなかった。
魚がつついてくる。
私は覚悟を決めていた。麻薬捜査官の美味しいご飯モノの映画を。
やってやろう。
二人は、私の元まで、スイスイと平泳ぎと背泳ぎでくると

「沖田さん、映画、一緒にやりましょう」とT氏が笑った。

「じゃあ、どんな映画がいいんですか?」とN氏が魚片手に、問う。

「じゃあ、若い女の子が、プールで背泳ぎとかする映画がいいです」

と私は言った。
私は若い女の子の映画が作りたかったのだ。

「それなら、いい原作がありますよ」
T氏とN氏が、水に濡れた顔で笑った。

後日、私の家に届いた漫画が「子供はわかってあげない」であった。
私はこうして、映画を作ることになるのだった。

つづく。


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