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#7 渋谷にて

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さて、冗談はともかくとして、「子供はわかってあげない」という原作を映画にするという話があり、私は脚本家にお願いすることにした。映像化ではなく、映画化を。映画として、よりよいものを。映画が漫画に似ていれば、それでいい、私はそれが嫌だった。まずは、原作にないセリフで、台本の会話を埋め尽くそうとしたのだ。セリフのうまい人、それで思い出したのが、ふじきみつ彦さんであった。以前、シティボーイズライブの台本を書いており、そのコントが面白かったのを覚えていた。なんだか、仕事をするのは、初めてだったので、照れくさく、使われているかもわからない、昔交換した名刺のメールアドレスにメールしてみた。返事がくるかどうかもわからなかったが、しばらくして、ふじきさんから、連絡があり、是非、と言ってくれた。私は、嬉しかった。
待ちあわせしたのは、渋谷だった。私は、ふじきさんが、過去にあんなことがあったなんて知らなかったから、今は、緊張の面持ちで待っていた。
やがて、しゃがれた声が耳元にして、私は顔をあげた。ふじきさんだった。
「Kあるよ」
私の懐に潜り込んできて、ボソリと言った。私は、シャツの裾をまくると、こう返した。
「Kってのは、これのことかい?」
私は、懐に忍ばせていた、K、鎖鎌を見せた。それは、むつ彦のものだった。
ふじきさんは、その時、慌てていたと思う。顔面蒼白で、私を見た。その瞬間、ふじきさんが、逃げ出した。その道の先に、N氏が待ち構えていた。すべては計画通りだった。踵を返し、ふじきさんが、逃げたその先には、今度は、娼婦たち。娼婦たちはみな、私の仲間だ。挟み撃ちにあい、もはや観念したのか、ふじきさんが、そのままアスファルトに倒れこんだ。私とN氏と娼婦たちが、ふじきさんを取り囲む。

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「殺せ」
ふじきさんが言った。
「殺すがいい、さあ、早く、どうした!」
私は、野生化しているふじきさんに近づき、そして、ポッケから、「子供はわかってあげない」の原作上下巻を、ふじきさんに差し出した。
「脚本を書いてほしいんです」
「きゃく・ほん?」
「映画の脚本です」
「えいが?」
どうやら、言葉を忘れてしまったらしい。

「あなた、わたし、ともだち」
「と・も・だ・ち」
「えいが、と・も・だ・ち」
「えいが、と・も・だ・ち」

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その時だった。娼婦たちの人垣をかき分けて、向こうから、一匹のヤギが歩いてきたのだ。主人を求めてきたのだろう。そして、そのまま、ふじきさんのもとへ、歩み寄る。奇跡のような光景であった。ふじきさんは立ち上がった。そして、そのまま、ヤギの背に乗ると、ゆっくりと歩きだした。

ヤギに乗って、ふじきさんがゆく。
その手には、「子供はわかってあげない」の原作が携えられている。
「ふじきさん!」
私は、彼の背に叫んだ。
彼は、それから、空に向かって、1本の指を突き上げた。
自分がナンバーワンだ、ふじきさんが、そう言っている。そして、背中ごしに、ふじきさんは言った。
「一か月ください」
脚本家が、だいたい言うやつだった。

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一か月後、ふじきさんが書いてきてくれた、台本が、すべてのもとになった。それから、塔の上で、私とT氏とN氏とふじきさんによる、あてのない台本直しの日々が始まった。1年ほど経った頃、ようやく、準備するための原稿が出来上がる。そして、ヤギのいる喫茶店での打ち合わせで、原稿をすべて、ヤギに食べられる、なんて、笑い話もあったが、ようやく、形となり、映画の準備がはじまった。まだまだ、先の長い話だ。

今日はこれまで。

つづく。

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