見出し画像

#2 脚本を書く

画像5

原作「子供はわかってあげない」の漫画本を渡されてから、数日後、私は、公園で一人、輪の形をした芋スナック菓子を指にはめながら、一人、頭を抱えていた。田島列島さんが描かれた、この面白さを、どうやって映像にするべきか。菓子の匂いにつられ、近寄ってくる鳩を嫌がりながら、私は、途方に暮れていたのである。そもそも、田島列島さんは、男性なのか、女性なのか。どんな人なのか。こんな優しげでユーモアのある漫画を描く人が、実際は、全身刺青だらけという可能性もある。
やはり、麻薬捜査官のご飯ものを、素直に受けるべきではなかったのか。四ノ宮玲子の苦悶の表情が頭から離れない。鳩が、私に近づいてくるのも、そのためか。どうするんだよー。早くやれよー、ごちゃごちゃ悩んでんじゃねえよー。スナック菓子くれよー。鳩がそう言っていた。私は、一目散に公園を逃げ去った。

画像1

まず、脚本を書かないことには、話は始まらなかった。

それには、ひとつ、困ったことがあった。塔の上から、落下したことにより、私の全身の骨は、粉々になっていたのである。特に、手の指の骨は全ての関節が砕け、もはや、使い物にならなかった。今は、こうして、輪の形をした芋菓子を、コルセット代わりに指にはめ、なんとか生活をしているのだ。書きたくても、書けない。
誰か、脚本家が必要だった。

画像2

後日、改めてT氏とN氏に呼び出された私は、ヤギのいる喫茶店で一人、待っていた。塔の上は、怖くて近寄る気がしなかった。未だに、猿と鳥の夢を見る。気がつけば、待ち合わせの時間は、とうに、1時間を過ぎていた。何かあったのだろうか。心配する私をよそに、そこへ、ようやくT氏とN氏がやってきた。またしても、異様なほど汗をかき、息をゼイゼイ言わせながら、店に入ってきた。
「すいません、ちょっと遅れてしまって」
聞けば、二人は、塔の螺旋の階段を、今日は1時間半かけて、降りてきたのだという。
「やっぱり、上りより、下りの方が、大変ですよね」
N氏が、笑ってそう言った。私は、愛想笑いで返した。
「でですね、今日は、沖田さんに、折り入って、相談が〜」
と言って、汗を拭き拭き、T氏が、何やら、ポケットをまさぐる。
「実は、脚本家を入れようかと思いまして・・・」
なるほど。私が書けないことを見越してのことか。T氏は、すでに脚本家のリストアップをしていたのだった。
「僕もちょうど、相談しようとしていたんです」
と言った私に、T氏は、ポケットから、丸まったクシャクシャの紙を取り出すと、丁寧に伸ばすように開き、差し出した。
なんてことはない、紳士服のバーゲンの広告チラシであった。
一人のモデル風の男性が、様々なジャケットを着ている。

「この人が、いいんじゃないかと思うんです」

T氏が真剣な眼差しで言った。私は、なんのことかさっぱりわからなかった。
「どういうことですか?」
私は尋ねる。すると、T氏が真剣な眼差しのまま、答えた。

「私ね、思うんです。自分を脚本家だと名乗る人と、今まで散々、仕事をしてきましたが、もういいんじゃないかと。たまには、圧倒的に脚本家じゃなさそうな人と一緒に、脚本を書いてみたいんです、もしかしたら、意外と、すごく面白い脚本ができるかもしれない」

隣に座っているN氏が、T氏と同じ想いだと言わんばかりに、続ける。

「二人で、今日、この紳士服の広告、ずっと見てるうちに、もしかしたら、この人、すごい脚本が書けるんじゃないかと思えてきて〜」

私は、なんといっていいかわからなかった。ただ一つ言えることは、この二人は、とうとう、塔の上にいすぎて、頭がおかしくなってしまったということだけだ。

画像3

「沖田さん、やりましょう!、このスーツの人と脚本を書きましょう」

「あ、あの・・・え、だって、この人、お名前は?」

「知るわけないじゃないですか!、だって、紳士服の広告ですよ」

逆ギレされた私は、怖くなり、広告に目を落とした。じっと見つめてみる。スーツの男が、胸元を手にして、笑う。
いい笑顔だ。年の頃なら、30代か。
一瞬、思った。
もしかしたら、この人、ものすごい面白い脚本が書けるのかもしれない。その可能性はゼロではない。ゼロではないのだ。

「沖田さん、やりましょう!」

脚本は、脚本家に頼む。それが当たり前だと思っていた。違う方法がここにあった。そうだ、これでいいのだ。自由なのだ。映画作りは。この二人は、世界を変えようとしている。いい度胸だ。

「沖田さん、全然、知らない人と脚本を書きましょう!」
T氏が泣いていた。汗かもしれない。私は、その勇気に乗ることにした。「わかりました!、やってみます」
気がつけば、私は、首を縦に振っていた。

後日、その広告のスーツの男に連絡をとったT氏から、すぐに返事がきた。

「脚本なんて、書いたことがないので、やめてください」

半ば、怒りの口調であったという。
私もとうとう、頭がおかしくなってしまったらしい。兎にも角にも、私は、他の脚本家を探さなくてはいけなかった。
指にはめた、輪の形をした芋スナック菓子が、すでに、湿気ていた。

つづく。

画像4


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?