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#5 脚本の国にて 上

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前回、脚本の国について書いてから、このプロダクションノートが、嘘ではないかという人が続出しているという話を聞いた。
・・・信じてほしい。ただ今は、そっと私の話に耳を傾けてほしい。
私は、ゆっくりと、時間をかけて、回想している。映画作りは長い旅である。過去の記憶をゆっくりとたどるように、私は思い出し、時には涙を流しながら、この原稿を書いている。今一度、このプロダクションノートに一切の嘘がないことを、誓おう。そして、願うなら、このプロダクションノートが、これからの若い映画監督たちの参考になれば、幸いである。

話を戻そう。あの男をみつけた私は、突発的にあの男のもとへ走り、食ってかかった。だが、男は、キョトンとしているばかりで、私の顔など知らない様子である。
「金返せ、このやろう!」
私は感情的になっており、彼を突き飛ばした。私は、こう見えて喧嘩が強い。高校生の頃は、所沢の鬼と呼ばれたものだ。所沢、航空公園あたりで、私の名前を知らない者はいない。ちなみに、所沢のミューズホールは、私の強さを讃えるために作られた施設だ。
男は、2メートルほど吹っ飛び、私は、更に距離をつめる。そしてマウントを取ろうとした時、横からものすごい速さで、私をタックルで食い止めた男がいた。今度は私が突き飛ばされた。

「兄さんに何をする!」

突き飛ばした男が叫んだ。その顔は、今まさに私が突き飛ばしたはずの男と、同じ顔をしている。
私はわけがわからず、両者を交互にみた。
N氏が、パイナップルの木に隠れて、様子を見守っている。周りの脚本家たちが、ネタにならないかと、メモを取り出した。そこへ、原稿用紙のアパートから、続々と、男と同じ顔をした者たちが、表へ出てきたのである。

プロ5

「兄さん!」
「兄さん、いち彦兄さん!」
おそらく兄弟であろう彼らは、倒れ込んでいる、いち彦と呼ばれた男のもとへ駆け寄り、私を強く睨んだ。
「いち彦兄さんに、何をする!」
兄弟のうちのひとりが、たまたま持っていた鎖鎌を、ブンブンと振り回して見せた。
「やめろ!ろく彦!」
いち彦が、起き上がり、ろく彦に叫ぶ。私はわけがわからず、唖然としたまま、立ち尽くしている。
そしていち彦が、私に穏やかに語りかけてきた。

「おそらく、みつ彦のことでしょう」

私は、なんのことだかわからない。そして、いち彦は、興奮する兄弟たちを制止して、家へ帰るように促した。そして、最後に、私に手招きをする。
「さあ、どうぞ、中へ、話があります」
私は、どうしていいのかわからず、N氏をみた。N氏はまだ、パイナップルの木に隠れて、小さく震えている。

私は意を決して、彼らのアパートへ、ついていくことにした。

「待ってください、私も!」

N氏が、遅れをとりつつ、私のもとへ走り、一緒に中へと入っていった。

夜はもうすぐそこに来ていた。

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