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#3 脚本を書く2

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脚本が書けず、酒に溺れ、激しい女遊び、悪いドラックにも手を出し、もはやボロボロの私を助けてくれたのは、その人であった。たしか、渋谷の路上で、タチの悪い脚本を売っていたのだと思う。フラフラした千鳥足の私に、そっと潜り込むように近づいてきて、ガラガラの、酒にやけた声で「お兄さん、いい脚本かくよ」と声をかけてきたのだった。
この世には、いい脚本家と悪い脚本家がいる。いいほうは、だいたいテレビ局にいて、悪いほうは、だいたい、こういった小汚い路上で、あやしげな脚本を売っている。私はもはや、そういう脚本家に手を出すしかなかった。出すしかなかったのだ。
私は、ポケットから、くしゃくしゃに丸めた札束を手渡す。札をその場で数えた男は、「ついてこい」とばかりに手招きし、ビルとビルの間を通り抜け、路地裏へと、私を連れていくのだった。

「どんな脚本を書きたいんだ」
その男は、片言の日本語で言った。
私は、鞄から、原作である漫画「子供はわかってあげない」の上下巻を手渡した。一瞬、T氏とN氏の顔が脳裏に浮かんだが、私はもうやめることができなかった。
「プリーズ」とだけ、私は言った。
男はペラペラとめくり、少し考えたあと、指を3本、私に見せて、こう言った。

「3日だ。3日待て」

そうして、男は、再び、路地裏へと消えていった。

その男が、のちの、ふじきみつ彦である。

プロ03

約束の3日後、私は再び、あの路地にいた。降りしきる雨の中、傘をさし、あの男を待っていたのである。娼婦たちが、次々と私に話かけてくる。娼婦には、もう飽きた私だ。道端に大きなカエルが、ゲコゲコと鳴いている。じっとそのカエルを見つめていると、そこに、男の足が近づいてくるのが見えた。私は、顔をあげる。その男は、約束通り、やってきた。

「プ、プリーズ、早く」

私は言った。もう脚本がきれそうだった。これが俗にいう、脚本の禁断症状、通称、KKである。すべてを理解しているのか、男はニヤリと笑い、またしても私を路地裏の奥へと誘う。

「早く、早く、K、くれよ」
私は口から涎を垂らしながら、男についていく。やがて狭い路地雨裏へ出た男は、そこで立ち止まると、私に、持ってきた原稿の束を手渡した。
「子供はわかってあげない」の初稿である。
私は我慢ができず、ペラペラとページをめくる。あろうことか、すべて手書きの脚本である。
「ワードは使わないのか?」
私は尋ねた。男の頭上に、明らかにクエスチョンマークが浮かんでいる。無理もない。おそらく育ちの悪さから、ワードを知らないのだろう。関係ない。今時、珍しくていいじゃないか。根性がある。あとから、私が打ち込めばいいだけの話だ。
私は興奮冷めやらず、その男の前で、脚本を読み始めた。一刻も早くKが欲しかった。

シーン1 水中、塩素の匂い。誰もいないプールに、ゆっくりと浮かび上がる、朔田美波の死体。
そこまで読んでハッとなり、私は、顔をあげた。もうそこに、男の姿はなかった。

「騙された!!」

私は、ようやく自分のしたことに気づいてしまった。気づいた時には、時すでに遅し、私は、降りしきる雨の中、その場に崩れおち、泣いた。泣いて泣いて、むせび泣いた。娼婦たちが、何事かと、私に傘を差し出したが、私は受け取ろうとはしなかった。ズブ濡れの初稿のインクが、あっという間に滲んでいく。私はそれが耐えきれず、歩き出す。こんなものでも初稿である。私は、脚本をかばうように、屋根の下へと避難した。そして、続きを読む。
門司祥平は、墨汁の一気飲みで死亡し、友充は水中で足がつり、海の藻屑となる。読めば読むほど、酷い脚本だ。

その時、私の携帯が鳴った。N氏からである。

「あの、もう一度、脚本家を紹介しようかと」

「お願いします」

私は即答した。


つづく。




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