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期待の匂いが蔓延る


毛布がなくても寒さをしのぐことができる程度には暖かくなった今日この頃。エイプリルフールという名の入社式という名の新年度の日だった。なんとしてでも朝型に移行したい私は、無理に6時半から10分ごとに目覚ましをセットし、大抵最後のスヌーズで体を起こす。


いつもより空が暗いと思ったのも束の間、いくら泣けば気が済むのかと言ってやりたいくらいの大雨だった。それでも、テレビの中にいる天達さんが一日中雨ではないというのなら信じてみようと思えた。


朝ご飯は統一感皆無のラインナップ。バナナとヨーグルト、味噌汁に白米。時間があれば、紅茶でも飲みたかったけど今日は朝から予定があったからおあずけになった。こんな感じの毎日ではあるけど、バイトを休み続けて収入ゼロの私にとっては最上級の幸せとも言える。


予定というのは、学校でアルバイトをするために必要な書類を学校へ提出しに行くこと。締め切り日当日に準備をし出すような子じゃなかったのにな、どこから狂い始めたんだろうと思う暇すらないのにセブンでコーヒーを買っていた。カフェインがないと頑張れない体になってしまったということは、タバコやアルコールのように何かに依存して生活している人たちと肩を並べているのと同じなんだ。ここばかりは目を背けておこう。


いつもの癖で道行く人たちを観察しながら歩いていると、妙に輝かしい人たちが目にうつる。スーパーヒーローが胸を張ってなびかせる極上マントのようにスーツを着ている人でいっぱいだった。いつもなら死んだ魚の目をして電車で通勤している社会人が、まるで目に入ってこないぐらいに。


道中である看板を見かけた。



「新入社員の方はこちらへ」


そうか、今日は入社式の日か。新社会人が何もかもが新しい世界で活躍の幅を広げるための初日。軽音部だった高校時代に憧れてた先輩も、大学生になって入った部活でご飯に誘ってくれたあの先輩も社会人か、と思うと自分の番が着実に近づいている音がして身震いした。できることなら私は働きたくないと思っている質だから。(避けられない宿命)


合点いったところで、学校に書類も提出し終わり、ついでに春休みの課題も終盤に及ぶまで進めることができた。時計を見るとまだ12時前。朝型成功の鐘が聞こえたと思ったらただのお腹の鳴る音だった。さっさと帰ってお昼ご飯を食べようと帰っていると、ちょうどお昼休憩に入った会社員たちが道路で行き交っていた。


その中には、新入社員と思われる団体が会社説明を受けていたり、今日仲良くなったと思える5、6人程度の同期で昼食場所を探していたりする人たちがいた。彼らの顔は、緊張で頬がこわばっているようにも、新しい出会いに笑みをこぼしているようにも、社会人として生きていく覚悟を決めているようにも見えた。
なにより、”期待”の匂いが蔓延っていた。



今までとは違う、これから始まる何かへの期待を彼らは抱いてる。四方八方から感じられたこの匂いに、私も同様期待で胸が膨らむ。
はずがなかった。私はただ、圧倒された。あんな輝かしくて眩しいほどに期待に満ちあふれた感情と表情、オーラを身に纏う余裕が少しもなかった。私もこれから大学三年生という新しい時期を迎えるし、大学生の折り返し地点に立たされている。なのになぜか、期待という言葉に怯えていた。


新しく始まるゼミでの研究や新しい人との出会いへの期待はもちろんあるのに、彼らの圧倒ぶりは脳裏に刻まれるぐらいの迫力だった。それほど、社会人になるときには覚悟とけじめが必要なのか、それとも就活中に磨かれていった最終形態が彼らのような姿なのか。


今年度から就活という渦の中で生きていかなければならない。悔しいほどに誇れる能力も特技も、秀でた才能もないけれど、私もいつか彼らのようになれると言うのなら、その就活とやらに精一杯になってみようと思えるぐらいのタフな気持ちを忘れずに大学三年生をスタートしたい。



10分ごとにかけるアラームのような保険はないのだから。




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