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体験型広告付き銭湯 ーなぜ町の銭湯が再開発ビルにテナントして入れたのかー ハラカド訪問記2-2

前回の記事では、①なぜ商業ビルに銭湯が入居するのが難しいのかという点についての考察をした。振り返ると、生活者に必要不可欠なお風呂の機能を担う銭湯は公共性が高い施設であり、それ故に利用料の上限が定まっているため、民間の再開発ビジネスに乗せるのは難しいから、と考えられる。

今回の記事では、では②ハラカドはどのような工夫で銭湯を不動産としてビジネス上成り立たせているか、について考えを伝えられればと思う。

②ハラカドはどのような工夫で銭湯を不動産としてビジネス上成り立たせているか

結論からいうと、ハラカドB1階(チカイチ)の小杉湯原宿エリアの不動産側のビジネスモデルは、一般と比較して小さい入居テナント(小杉湯原宿)からのテナントフィーを、体験型広告の広告料と平日・日常利用の施設利用者増による他テナントの売上増の2点で補うモデルなのではないかと筆者は考えている。

一般に既存の商業不動産の収益源は、入居テナントからのテナントフィー(固定賃料、固定+歩合賃料、最低保証+歩合賃料等(注1))である。聞くところによると、海外では固定賃料が主流なのに対して、日本では固定賃料+歩合賃料を採用し、商業ビルやショッピングモールが店舗と一緒に販促を行うことが多いそうである。いずれにせよ、前回見た通り小杉湯単体では採算性のベースに乗らないことが予想されるため、それを補う必要がある。

ビジネスモデル1:体験型広告による広告料

補い方の1つ目が体験型広告による広告料である。一般に広告というと視覚と聴覚のいずれかまたは両方を活用して、商品やその企業をターゲットにPRするものであるが、体験型広告とは文字通り、商品や製品を実際に触ったり利用してもらったりすることでその購買を促すというものである。

小杉湯原宿ではパートナー企業として、UNDER ARMOUR、SAPPORO、花王、MYTREXが名を連ねており、彼らの製品を小杉湯原宿を舞台に体験できるようになっている工夫がされている。
一番わかりやすいのが花王である。小杉湯原宿の銭湯においてあるシャンプーや石鹸、更衣室においてある化粧水やアフタートリートメントは花王製である。さらに私が伺ったときはシャンプーに混ぜることで頭皮と毛髪ケアができる商品の試供品をいただいた。いつものシャンプーに混ぜることで炭酸の泡が発生し、毛穴汚れに効くらしい。試すまでは存在すら知らなかったが、頭皮と毛量を気にするお年頃故、意外と欲しくなっている自分がいる。

筆者撮影 花王の試供品。なおタオルは今治製のであったが、パートナー企業ではなさそうである

MYTREXも関与の仕方がわかりやすい。小杉湯原宿の銭湯に設置されているシャワーが全てMYTREX製のシャワーヘッドになっていた。これまでも例えばショッピングモールなどで手にシャワーを当てて体験した人もいるかもしれないが、小杉湯原宿では実際にお風呂のシーンで体験することができるという唯一無二の場所となっている。(写真はこの記事のバナー部)
SAPPOROは、小杉湯原宿の一角に角打ちを出店している。風呂に入った後にビールの看板がある。一杯飲んでしまうのは不可避である。

筆者撮影 星と名付けられた角打ちスペース。キリンの一番搾りが飲める

上記3社と比較するとUNDER ARMOURの関わりは間接的である。実は小杉湯原宿はランニングステーションとしても利用できる。つまりランニングしたい人は小杉湯でランニングウェアに着替え、周囲をランニングした後、小杉湯で汗を流し、着てきた服で帰ることができる。一般的に銭湯は一度入場すると外出不可なところが多いが、ランニングがブームになっている今、このようにランニングステーションとして銭湯を開放しているところも増えてきているらしい。その小杉湯原宿のランニングステーションをUNDER ARMOURが運営し、UNDER ARMOURのランニングウェアやシューズをレンタルできるサービスを提供している。

筆者撮影 UNDER ARMOUR製のランニングウェアとシューズが並ぶ。画面奥は休憩やストレッチができるスペース

このようにハラカドは、小杉湯原宿を利用している人を対象とした体験型の広告による広告収入(またはそれを含んだ賃料)を収入源の1つにしていることがわかる。
このパートナーはいずれ拡張されるのであろう。マッサージチェアや美顔器、健康サプリなど他にも相性が良さそうな業種はパッと考えつくだけでも多い。

ビジネスモデル2:平日の日常利用の施設利用者増による他テナントの売上増

2つ目の補い方が、平日の日常利用の施設利用者増による他テナントの売上増である。正確なデータはないが、原宿は休日のほうが数倍の人出があるらしい(注2)。既に混んでいる休日の利用者を増やすと来客の快適性が損なわれ顧客満足度・再訪意欲に関わるため、ハラカドでは平日にいかに稼ぐかということが重要になる。小杉湯原宿では当初から地元の関係者とのリレーションの構築を重視し、銭湯も朝と夕方の時間は地元民や地元で働く人しか利用できないようにされている(注3)。原宿や神宮前周辺の居住者をターゲットに、”平日・日常的に、小杉湯原宿にお風呂に入りに来てもらったついでに、上階の飲食店を利用してもらう”という客寄せパンダの効果が小杉湯原宿には見込まれているのだろう。まぁこの考えは一般の商業ビルでも面積に対して採算性の低い本屋や100均を入居させているのと同じことではあるが。

さらに見過ごせないのは、このハラカドが計画されたのはコロナ禍真っ只中であったことである。感染エリアを広げないことを目的に、”遠出はダメ、人混みはダメ、外出するにしても近所で過ごそう”というのが大々的に叫ばれていたため、多くの商業施設は集客に困り、臨時休業をしている施設もあった。その中での商業ビルの計画である。コロナ禍がいつ収束するかが分からない中で、地元をターゲットにして安定的な集客を確保する戦略をとったのではないかとも考えられる。

まとめ

まとめると、ハラカドのチカイチ(小杉湯原宿エリア)は、これまで商業ビルのテナントとしては成立しないと考えられていた銭湯を、銭湯という場所を利用した体験型広告の広告料、地元住民をターゲットとした平日・日常利用の促進の2点を考慮に入れることで、不動産のテナントとして実現させた革新的な取組ではないかと考えている。



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