たりん

「ひっくりかえったおもちゃ箱」

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    思ってること、感じてることをかる~くまとめてます。

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    旅行記をまとめてみました。

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弱く生

悟りたい。半年前はそんな気持ちがとても強かったと思う。誰かの話や、読んだ作品に過剰反応をおこさずに、「あぁ、そういう風に思うことってあるかもね」と一定の距離を持って接することができる人間になりたい。意識的に、俗世から距離を置くことができるような人に。「それは絶対ちがうじゃん!」とか情けなく喚き散らかすのはごめんだと、本気で考えていた。 けれど数か月前から、自分が憧れるフラットさってのは、実に面白みに欠けるものなのではないかと感じるようになった。特に複数人のコミュニケーション

    • 「正しさ」が言葉をさらっていく

      母は「正しさ」で叱る人だった。「何でこんなことをするの?」「何が悪かったと思う?」と母から問われるたびに、幼い私は自分の行動の要因となったであろう、ふわふわとした「何か」を言葉にしたいともがいていた。 けれど、思春期を迎えたあたりからは、母が考える「正しさ」に合った解答を探すようになった。初めはきっと、母も私の言葉を待ってくれていたのだと思う。もともとは、自ら考えて行動する、ということを大事にしてくれる家庭だった気がする(彼女もそれを大切にしたいと口にしていた)。 転機と

      • 「やるか、やらないか」の前に「やりたいか、やりたくないか」があると思う。結局自分で決めきれていないもの、それがいいと信じる力がないと、いつまで経っても言い訳をしてしまうから。

        • バランスのよさ

          は、多くの場面で求められている。必要なときに必要な分だけ、そのさじ加減がうまい人ほど大成しているように思う。逆に極端にいきすぎたり、極度に怯えて動けない姿は、往々にして「できない奴」の烙印が押されている。 わたしは両手を上げる勢いで、後者のタイプの人間だ。そのくせプライドが高いばかりに、「失敗したくない」「のたうち回るような真似はしたくない」と凍りついてしまう感覚がしばしばある。同時に、何回も脳内再生される、「大丈夫。そもそも私のことは、誰もみてないから」。 バランスがと

        • 固定された記事
        • 「正しさ」が言葉をさらっていく

        • 「やるか、やらないか」の前に「やりたいか、やりたくないか」があると思う。結局自分で決めきれていないもの、それがいいと信じる力がないと、いつまで経っても言い訳をしてしまうから。

        • バランスのよさ

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          10本
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          5本

        記事

          わたし信条(こころざし篇)

          ※ 「志」を扱う会社ではたらいているので、そこで出した日報を直接添付しました。 … ・たりんのこころざし: 物語が大切に扱われる場をかなえる。 (物語とは、これまでの記憶・経験の集合体に意義づけをしたもの。 それぞれの物語が相互的に尊重される社会を築くことに貢献したい) ... ・キーワード: #物語を大切にする #思想とは物語から生まれる #人類最大の遺産は思想 ... ・原体験 (こころざし考): 居酒屋で話しかけてくるおじさんは、 若者からいとわれる存在に

          わたし信条(こころざし篇)

          社会の歯車になって1年

          なんとなく生きてきたからこそ、 なんとなくしたいことをしてきて、 なんとなく毒を吐いてみたりして、 そんな日々が続いていたのかなと。 深夜に酔っ払いながらnoteを徐に書きだすことも減った365日。久しぶりにちゃんと自分のことを考える時間をつくりたいと思い、投稿ページを開きました。大学を卒業して、モラトリアムから離れて1年が経った今。私はどこに立っているのか。どんな時間を過ごしてきたのか。 この1年、空想の「あるべき」に追われながら、だいぶ落ち込んだり、若干ハイになったり

          社会の歯車になって1年

          冬のにいがた備忘録 #1

          ギリギリまで終わらないと思っていた仕事。なんとか赦されるくらいには処理をして、恵比寿のスカイウォークを小走りで駆け抜ける。まだ、バックパックが済んでいない。でも今すぐにでも東京から旅立たないと、惨めに過ごす誕生日を迎えることとなる。 2回目の「これ」だ。人と長い時間を共にすることには、本当に不慣れな人なのだなと嫌気がさす。そして、3分後には開き直っている。4年ほど前から変わらない。昔から変わらないことはなんですか?の問いには、原則その人の強みであったりとか熟した思考であった

          冬のにいがた備忘録 #1

          はんとし、

          経ってしまった。 社会人になって、今の会社に勤めるようになって。怖いことが増えた気がする。というか、自分の嫌な部分が目に見えて、だからこそ眩しい人たちであったりとか、だからこそ引き剥がしたい考えとかが明るみに出たのだと思う。だから怖いものが増えた。今まで押し込んでいたモヤモヤを引きずり出さないと、私が憧れるものにはなれないことを痛覚した。やめることはできない。 「人を上下に分けて見てるよね」と憧れすぎて畏怖すら感じている先輩から言われたドキッとした。あの人のこういうところ

          はんとし、

          拝啓。ほんの数ヶ月前の私

          (卒業式ぶりに別府に赴いた時の備忘録) ... 家の近くにあった、 気軽な老夫婦が営む居酒屋は、 旦那が認知症になって閉まったらしい。 そういえば、私が引っ越す前にも、 一寸先にあった八百屋の奥さんが、 腰を悪くして店を畳んでいた。 3年生の頃、 友達と飲みの帰りに寄っていた温泉施設が、 8月いっぱいで終わりになるそうだ。 行きつけのバーは改築がされて、 無理に空間が押し広げられたみたいに、 落ち着かない場所になっていた。 けれど、 家の近くのローソンで、 ほぼ毎

          拝啓。ほんの数ヶ月前の私

          錆びないための心得

          磨いても、放置しておくと曇るんです。 輝きを保つためには、 必死に手を動かしていくしかない。 ここまで煌めきを取り戻したと安堵しても、 手入れを怠ると鈍ってしまうから。 掴んだ景色と、精神に愛着を持って。 どこまで妥協せず目指し続けるかで、 椅子の錆も、人間性も、 決まってくるのかもしれません。 … 右手にはスポンジ。左手にはピカール。 手札を扱い切るようになれば、 いつか視界は開けると信じて。 ひたすら。 ... さよなら表参道

          錆びないための心得

          なめられたくないんです!が前面に出る生。こわいも、つらいも、くるしいも、なにもかも振りほどいて。こちらを見てくれない人がいれば、「まぁ、違う世界で生きてるみたいなんで。そっちはそっちで好きにやってくれ」のスタンス。嫌な顔されたら、すかしてみる。だっせぇ~。でも、ここからうごけん~

          なめられたくないんです!が前面に出る生。こわいも、つらいも、くるしいも、なにもかも振りほどいて。こちらを見てくれない人がいれば、「まぁ、違う世界で生きてるみたいなんで。そっちはそっちで好きにやってくれ」のスタンス。嫌な顔されたら、すかしてみる。だっせぇ~。でも、ここからうごけん~

          『九龍ジェネリックロマンス』「なつかしいって感情は、恋と同じだと思ってる」という台詞。ほんとうにえらい喪失感をかんじた。けっきょくイデア?過去にふれたものを再生産したがってるだけ?これまでのことをいつくしむっていう見方もできるんで、すてきっちゃすてきなんですけどね、はぁ。

          『九龍ジェネリックロマンス』「なつかしいって感情は、恋と同じだと思ってる」という台詞。ほんとうにえらい喪失感をかんじた。けっきょくイデア?過去にふれたものを再生産したがってるだけ?これまでのことをいつくしむっていう見方もできるんで、すてきっちゃすてきなんですけどね、はぁ。

          くうそう

          「『物語』は現実逃避の産物だ、私は人を救う『現実』だけを口にしたい」 経済至上主義の今日において、彼の王が果たした業績は輝かしいものだった。我が国の貧困層が減少した要因は彼の存在が大きい。効率を求め、イマジナールよりリアルを追求するメソッドは、全世界共通の普遍価値と化した。 「もう子どもではないのだから、物語のことを考えるのはやめなさい」 成人になった私に、父はそう告げた。この世界で文学は子どものためのもので、大人はいずれ卒業するものだ。この人も物語を捨て、自国の人々が

          くうそう

          コーヒーブレイクの存在意義

          ↓ 会社の日報で書き散らかした記事を1つ引っ張ってきました。 会社内で軽めのお茶汲み要員みたいのしてます。 淹れたければ淹れればいいし、忙しいからやってらんないならやらんくても良い。けど、珈琲やらお茶の在庫足りなくなったら発注するという仕事です。 提出日に、昨年の飲み物係の先輩と当該作品の話題が出たんですよね。 視聴することになった経緯は改竄しました(ごめん) この方が話の流れ分かりやすかったんですよね。 ちなみにこの感想を当人に伝えた時、すげぇ適当な反応された記憶が

          コーヒーブレイクの存在意義

          島と私と君

          「島っぽ過ぎずに、落ち着いてるね」 高校2年の頃から憧れてた五島列島福江島へ、 大学4年になって初めて向かうことができた。 福江に向かう船は、到着地に待つ人もいれば、私たちのように余所者として島に訪れる人もいたようだった。いずれにせよ、波が、風が、鈍い光が、私たちを運んでくれた。 島、というと何だか開放的で、それこそウチナータイムじゃないけど時間がゆったりと流れているような印象を抱く。けれど、私が五島に求めていたのはそういった「ゆるさ」みたいなものではなかった。 きっか

          島と私と君

          あまりにも陳腐に

          好きなアーティストさんが「冬の匂い消えた」と呟いていたように、新しい春がまた来訪する。 愛しのモラトリアム期間にさよならを伝える時間が来たのだ。 4年間腰を下ろした地から、日本の中心へと職を求めて転居する支度を淡々と進める日々に飲み込まれていく。 思えば時間の経過というのはいつも苦痛を伴うものだった。 慣れ親しんだ人、場所、風景から引きはがされる感覚で、殊更以前のそれらを好んでいれば後になって悲しみが湧いてくる。 わたしは鈍い性分なので、いつも人よりワンテンポ遅れて憂鬱

          あまりにも陳腐に