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くうそう

「『物語』は現実逃避の産物だ、私は人を救う『現実』だけを口にしたい」

経済至上主義の今日において、彼の王が果たした業績は輝かしいものだった。我が国の貧困層が減少した要因は彼の存在が大きい。効率を求め、イマジナールよりリアルを追求するメソッドは、全世界共通の普遍価値と化した。

「もう子どもではないのだから、物語のことを考えるのはやめなさい」

成人になった私に、父はそう告げた。この世界で文学は子どものためのもので、大人はいずれ卒業するものだ。この人も物語を捨て、自国の人々が「生きる」ために働いている。

「物語に大人も子どももない。物語は私たちにとって救いになりうるはずだよ。私は大人になっても物語やそれらの作品を守れる人でありたいの」

「それは現実で生きれなくなった者たちの言い分だ。私たちが生きているのは現実、今ここなんだからね。そんなことを言うのなら、これ以上君をここにおくことはできない」

その夜、家を飛び出した。現実主義のあの人が私の思いを否定してしまうことは悟っていた。けれど、あの人が教えてくれたモノを大切にする気持ちは肯定してほしかった。

友人と他国で落ち合う。前の世界と変わらず、私は自分とは異なる背景を持つ彼らとも「好きなモノ」で繋がることができた。同じ目標を掲げるのなら、どんなメンバーともやり遂げられる。持ち寄られた作品は私たちに寄り添い、新たな道をそれぞれの方法で示してくれる。

「この素敵な産物をみんなにも知ってもらおう。これらをまとめたものを『本』と呼ぼう」

本には共通語に翻訳された物語が並び、世界中に送られた。物語を忘れた大人たちは、幼い頃に憧れた世界を思い出し涙した。

ある日、彼の王が言った。

「この『現実』を作り上げたのは、あの日手にした『物語』だった。ここには我が子に伝えた物語が記されている。優れた王の物語が、私の背中を押してくれていたのだ。確かにあの子が言う通り『物語』は人を救うのだ」

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