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コスモスとオルゴール(後編)

当時ホームページに書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。

※「 コスモスとオルゴール(前編) 」←コスモス篇はこちら
 ※「 コスモスとオルゴール(中編) 」←オルゴール篇はこちら

=2001.10.06の日記=
「コスモスとオルゴール(後編)」

[ プロポーズ篇 ]

私が思い描いたのは、コスモスが咲き乱れる能古島(のこのしま)で、彼女の誕生日プレゼントにオルゴールを渡して、プロポーズすることだった。

一緒に見た映画で流れていた「カノン」の曲。そのオルゴールとともに。

オルゴールは準備したし、コスモスは9月下旬から10月上旬が見頃で、10月6日の彼女の誕生日前には絶好のプロポーズ日和となる。これ以上のシチュエーションがあるだろうかと、私はひとり悦に入っていた。

しかし、現実は思ったようにはいかない。
9月24日、台風18号が九州各地に壊滅的なダメージを与えた。

新聞掲載欄の開花状況「コスモスだより」はそれまで「3分咲き」だったのが、翌日には「つぼみ」に戻っていた。暴風雨がコスモスをなぎ倒してしまったのだ。プロポーズする日まであと1週間なのに。祈るような思いで、私は新聞の「コスモスだより」を毎日チェックするしかなかった。

「見頃」になるはずだったコスモスは、なんとか「3分咲き」まで回復してくれた。考えていたシチュエーションとはちょっと違うけど、今さら計画を変更できない。なんとしてでもプロポーズするのだ。プロポーズする日は10月3日の日曜日。彼女の誕生日前の週末だ。

その週末はあいにくの天気となった。

前日の土曜日には彼女から「ねえ、ほんとに能古島行くの?明日は雨だよ」と言われてしまった。確かに明日の天気予報は曇り時々雨。でも今さら計画変更なんてできない。なんとしてでもプロポーズしなければ・・。

プロポーズ当日。

ぐずつく天気をにらみながら、能古島にやってきた。雨は降ってないけど、今にも降りそうな曇り空だった。コスモスが一面に広がっているはずだった花畑は、まだ台風18号の影響でところどころなぎ倒されたまま、花も実際には1分咲き程度に見えた。コスモス畑のある丘で海を見ながら、彼女がつくってくれたお弁当を一緒に食べた。

本当ならコスモスを見に来る観光客でいっぱいなのだろうが、見頃にはまだ早く、能古島を訪れた人は少ないようにみえた。他の人たちがここを訪れた理由は分からないが、私たちはコスモス目当ての場違いな観光客だった。

プロポーズはなかなか言い出せず、島を散策するうち雨が降ってきた。

土砂降りだった。

土産物屋で雨宿りしながら、軒先のコスモスを見ていた。今日はもうプロポーズできないかもしれない。でも今日しなければ、彼女の誕生日を過ぎてしまう。途方に暮れながら、雨に打たれるコスモスを見ていた。彼女も心なしか悲しそうに見える(というよりはこの強引な能古島行きに合点がいかないみたい)。

しばらくすると小雨になり、また散策ができそうな天気になった。

土産物屋の人が大きなパラソルを貸してくれた。ゴルフのときに使いそうな赤と白と青の3色パラソル。私たちは礼を言ってまた散策に出かけた。途中、いろんな花を見たり、うさぎと一緒に遊んだりしたが、どこで言おうかそればかりが気になり、あまり楽しむことはできなかった。

そしてまた海の見える丘に来て、シートを広げて2人で座った。

小雨がちょっと降っていたので、借りた大きな3色パラソルを2人の後ろに立てかけた。目の前にはコスモス畑があり、満開には程遠かったがそれでもコスモスは咲いている。そこから先は海が広がり、空が大きく見える。

いつのまにか雨は止み、晴れ間からいく筋かの光が射してきた。

私たちのいる丘には他に誰もいなかった。まだ観光客が少ないとはいえ、この丘に誰もいない瞬間があるなんて考えられないことだ。小さな奇跡というものがあるとすれば、きっとこんな状況のことをいうのだろう。

私はここでプロポーズすることにした。

オルゴールを彼女に手渡し、開けてみると「カノン」が流れてきた。彼女もそれを聞いて、あのとき一緒に見た映画の曲だと分かってくれた。私は嬉しくなり彼女にプロポーズした。

「結婚しよう」

  彼女から返ってきた答えは「イや~」 だった・・。

でもそう言った彼女の顔がとても嬉しそうだった。もう一度、結婚しようと言うと今度はうなずいてくれた。そしてまた2人でオルゴールを聞いた。

「カノン」のオルゴール以外は何も聞こえない。
  あの時のあの場所は、確かに2人のためだけにあった。

あのとき感じたのは「おおむね良好」という言葉だった。

コスモスはほとんど咲いてなくて、途中で土砂降りになったりとコンディションは最悪だったが、プロポーズは最高の瞬間にすることができた。プロポーズしてからは結婚準備に邁進することになるのだが、何か問題があるたびに感じたのも「おおむね良好」という言葉だった。そしてあれから2年が過ぎ、私たちは結婚して、そして私たちの子供が生まれた。

「おおむね良好」という意味の「Mostly Good」という言葉は、結婚指輪に刻み込まれ、今でも私たちと一緒にある。

10月6日は彼女の誕生日。あの頃のドタバタを懐かしく思い出す。

心から誕生日おめでとうを言いたい。


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