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中学卒業までの3年間(転校2回)#2

3月14日、次男のシュンヤが中学を卒業しました。

親の転勤の都合で、転校を2回経験しました。福岡に半年、その後 群馬県高崎に1年半、そして福岡に戻り1年。どんな思いの3年間だったか。思春期に大変な苦労をさせてしまいました。

※福岡から高崎へ転校するまでの話をこちらにまとめました※

妻のブログにはこんな日記が書いてありました。

10月5日
今日はシュンヤの中学の前期終了日、最後の登校。(中略) 今日は最後なので挨拶も兼ねてお迎えに行った。担任の先生二人と一緒に昇降口まで来たシュンヤは泣いたあとがありありで、その姿を見たら私まで泣けてきた。ご挨拶を済ませて校門を出たら、その先で一緒に帰ろうと待っててくれたお友達たちがいて…(^^)。私は先に一人で帰った。
頑張って入学し、いいお友達と先生方にめぐり合えたのに卒業させてあげられないのが申し訳ない。

この2日後に福岡の部屋を引き払って、舞台は高崎に移ります。

高崎から福岡へ

4月から単身赴任状態だった私と、10月になって引越してきた妻とシュンヤで高崎の新しい生活がスタートしました。

私は家族にこう説明しました。

高崎での生活は「留学」みたいなものと考えてほしい。ずっとここにいるわけではなく、本拠地はこれからも九州。3年くらいで戻る予定だから、シュンヤの場合はちょうど高崎の中学に留学するイメージになると。本人の希望も九州の高校へ進学だったので、そう説明しました。

ただそれは、これから出会う高崎の友達と、3年後には遠く離れることを意味しています。一緒の高校には進めない。そんな思いを抱えながらシュンヤの新しい土地での中学生活は始まりました。

12月に初めてもらった通知表。先生からこんな所見をいただきました。

10月から2ヶ月間、周りのことがいろいろと変化した2学期でしたが、上手に友達作りをして、あっという間にクラスの一員として行動していました。

シュンヤは小学5年生の時に小倉から福岡へ転校した経験があり、その時もすぐに新しい学校に馴染んでくれたので、性格的にも大丈夫だろうと思ってたけど、ほっと一安心。誰とでも仲良くなれるのは妻ゆずりだと思う。

唯一の問題は塾でした。群馬の塾は地元公立の受験対策が主流だと高崎に来て初めて分かりました。難関私立を目指すシュンヤはどうすればいいのか? 関東から九州の高校を目指すのは難しいとあらためて感じました。

高崎での生活はハイリスク・ハイリターンと、家族には前もって説明していました。得るものも大きいけど、そのぶん多難であると。

九州から遠く離れた高崎は、気候も文化も違う興味深い土地です。新幹線の駅もある交通の要衝で、関東・北陸・東北へ行くことができます。

九州にいたら知ることのない世界をここならたくさん経験できます。生まれ育った九州と比較することで、ほかの地方も深く知ることができる絶好のチャンスだと思いました。自分の知らない価値観ともたくさん出会うことができるでしょう。視野が広がるのは間違いない。

ただ無事に希望の九州の高校に合格出来るのか?それが悩みの種でした。

高崎での私の仕事は激務で休みもあまり取れなかったけど、休みが取れた時は家族と出掛けるようにしてました。その甲斐あって充実した1年間を過ごすことが出来ました。そんな頃です、福岡に戻る話が出たのは。

それが2020年1月のことでした。シュンヤ中学2年の冬。

転入試験

自分で希望したわけではないけど、予想より1年早く福岡に戻ることになりました。選択肢は2つ。逆単身赴任か、家族帯同で戻るか。

私の希望は家族帯同で福岡に戻ることでした。シュンヤに高崎の中学校を卒業させてあげたかったけど、こうなると話は別です。会社から内示が出て2月末で異動することが決まりました。私が先に転勤して家族は3月末に引越せば、4月からシュンヤは中学3年の1年間を福岡で過ごすことができます。

高崎から九州の高校を受験する難しさを痛感してた我が家にとってこれは吉報です。受験生として福岡で1年間過ごすことが出来るならそうさせたいと思いました。ただそれは親である私の思いで、シュンヤはそうではありません。「こっちで友達と一緒に卒業したい」と宣言したのでした。

シュンヤの気持ちも分かります。慣れない土地で友達が出来て、一緒に卒業しようと学校生活を送ってたのに、急に転校と言われて納得できるはずがありません。自分から二度も友達を奪うのかと思われても仕方ない。それでも私は譲りませんでした。ハイリスク・ハイリターンのハイリスクを回避する道が急に開けました。このチャンスは逃したら駄目だと思ったのです。

シュンヤとの話し合いは1か月以上続きました。シュンヤが泣いたこともあるし、私が涙ぐむこともありました。話し合いがついたのは私が高崎にいる最後の日。異動で高崎を離れる前日でした。福岡行ってもいいかなとシュンヤが言ってくれました。タイムリミットぎりぎりのエピソードです。

話はここで終わりではありません。むしろ問題はここからです。

高崎の部屋を引き払って家族で福岡に戻ることは決まりました。だけどこのままではシュンヤは市立の中学校に通うことになります。2年前に入学した福岡の中学は受験で合格した学校だったから、福岡に戻ったからといって元の中学校に戻れるわけではないのです。

市立の中学校ではまた一から人間関係を作らねばなりません。たった1年だけ、しかも中3の受験生という時期に新たに友達を作るのは容易ではないでしょう。なんとか元の中学校に戻れないか? そこから転入試験を探る道が始まりました。

その中学校は年に一度 転入試験があるらしいことが調べて分かりました。転校でいなくなる生徒がいれば、その分の募集があるかもみたいな…。そんな募集なので転入試験が実施されない年もあります。でも幸運なことにその年は若干名の募集がありました。これにかけるしかない。

転入試験は筆記&集団面接 それと保護者面接でした。

妻とシュンヤはまだ高崎にいたので、福岡にいる私が学校に願書を取りに行きました。3月末の試験では当然本人が福岡で受験しなければいけません。

コロナの影響が出始め、3月から一斉休校になってたけど、高崎の中学は終業式だけはある予定でした。終業式はなんと福岡の転入試験の翌日。高崎の友達と会えるのもそれが最後になるので出席させてあげたい。まるでジェットコースターに乗ってるような日々でした。

妻とシュンヤは転入試験のために試験前日に福岡入り。当日試験を終えてまた高崎に戻る。翌日高崎の中学の終業式に出席して友達との別れがあり、その5日後に高崎の部屋を引き払いました。それが3月31日のことです。

転入試験は無事に合格。晴れてシュンヤは最初に入学した中学校に戻れることになったのでした。

受験

いま思い返してもよく同じ中学校に戻れたなあと不思議な気持ちになります。あのタイミングしか実現できなかったことです。もし4月の定期異動の人事だったら3月末の転入試験には間に合わなかったことでしょう。その中学校に戻れたのは奇跡のようなものです。

コロナの影響で始業式はオンライン、授業もオンライン。友達と顔を合わせて再会できたのは5月の緊急事態解除のあとでした。1年半ぶりの再会に友達も喜んでくれました。

塾が再開されたのは6月。シュンヤは1年半のブランクもあり以前のレベルのクラスに戻れずがっかり。でも夏には元のクラスに戻れました。

シュンヤは修学旅行に行くことが出来ませんでした。福岡の中学は修学旅行が2年の時にあったそうです。高崎の中学では3年で行く予定だったので、ちょうどその間に転校してしまったわけです。

本当に申し訳ないことをしました。去年はコロナ禍で修学旅行が中止になった学校も多かったけど、シュンヤの場合は別の事情です。福岡に戻れば修学旅行に行けなくなるのは気づいてたはずです。だからあんなに高崎にいたいと言ってたのではないかと思うこともあります。子供にとって修学旅行というのはそれだけ大きな行事。修学旅行 行かせてあげたかった。

2021年1月、シュンヤは鹿児島の私立を受験。合格は叶いませんでした。

卒業式

2月に福岡市内の私立高校の入試、3月に公立高校の入試がありました。私立の合否発表が先にあり、卒業式をはさんで後日 公立の合否発表となります。大半の生徒の進路が決まってないまま迎えた卒業式の朝。

3月14日は快晴。卒業式日和でした。

シュンヤはどんな気持ちだっただろうか。私でさえこの3年間のことが胸をよぎりました。シュンヤはなおさら思うことがあったに違いありません。

当たり前のことなんてないんだなと思いました。この卒業式に出席してるのは決して当たり前なんかじゃない。精いっぱい3年間がんばった結果です。

卒業式が終わり、最後の学活を、私は教室の後ろから参観しました。

担任の先生が小さな色紙をクラスの生徒みんなに手渡してくれました。ひとりひとりに宛てた手書きのミニ色紙です。真ん中に大きく筆で書かれた生徒の名前(達筆!)と、その周りに生徒へのメッセージが書かれていました。1年間子供たちのことをよく見てくれたんだなと思ってじんときました。

* 色紙に書いてあったシュンヤへのメッセージ *

あなたにしかない視点で、
いつも世界を切りとることができる 〇〇くんへ 。

周囲に流されることなく、独自の視点で、深く物事を考える姿が印象的です。これからも自分だけの学びを追求し、あなたにしか見えない世界に足を踏み入れてください。応援しています。

先生や友達、これまで出会ったいろんな人がシュンヤを支えてくれました。
本当にありがとうございました。

そして心からシュンヤの中学卒業をお祝いしたい。卒業おめでとう!

夏休みになったら高崎の友達に会いに行っておいで。


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