見出し画像

短編小説集【恋する20世紀】#4 白い羽根

Short Short Story
【恋する20世紀~N市発気まぐれ電車】
 電車と電話と煙草のけむりと喫茶店・・etc.の、短い物語6話

この物語6話は『月刊京都かわらばん』1977年9月~1978年5月にかけて、『N市発気まぐれ電車』として不定期連載されたものです。
2002年頃にHP『tanpopo575(たんぽぽはいく)』にWeb版として復刻。
その後、サイト閉鎖に伴い押入れの奥底に沈殿していたものを今回再発掘しました。なお『月刊京都かわらばん』については、後ほど解説記事でご紹介する予定です。

まずは、20世紀の短い物語をお楽しみください。

N市発気まぐれ電車 #4 白い羽根

 多分どうかしてたんだ、と思うんだな。まあ今から考えればの話だけど。

 たまの休みだからと思って、それでどういうわけか動物園に行きたくなって。君を誘おうと電話したら、かわりにおかあさんが出て、カゼなんですよって...。
 ちぇっ。仕方ないからひとりで行こうか。動物園に行けば君に似た顔はいくらでもいるしさ、オリの中に。

 駅に着いたら、ちょうど急行が出ちゃったところ。あ~あ、15分待ちだ。

 ホームはなんだか、いやに静かだった。ベンチにすわった。タバコ吸おうかな。
 風が吹いていた。うまくマッチがすれなかった。1本、2本。つくとすぐに消えちゃった。3本目の正直。えいっ。ボッ!

 サッ。火がつくと同時に、横から手が伸びてきて、マッチの火が消えないように囲いをしてくれた。白い手だった。いつのまにすわったんだろう。ぼくのそばに髪の長い女のコがいた。ぼくはタバコに火をつけるのを忘れて、その女のコを見つめてた。

 早くしないと消えちゃうわよ、女のコが目でいった。ぼくはあわててタバコに火をつけた。女のコも、口にタバコをくわえてた。ぼくが火をつけおわると、すぐに顔をよせてきて彼女もタバコに火をつけた。

----驚いた? ゴメンネ。火、借りようと思ってたの、ライター忘れちゃって。そしたら、ね、なかなかつかないでしょ。だから...。

 タバコの煙と彼女の言葉がいっしょになって、風の中に運ばれてった。

----どこへ行くの?

----動物園。

----動物園?

----そう、動物園。

----いいな。あたしも行きたいな。

----じゃ、行こうよ。

----ダメなの、あたし帰んなくちゃ...。

----どこに?

----動物園。

----え?

----あたし、動物園帰んなくちゃ。

----どういうこと?

----あたし、動物園逃げ出してきたの。

----......

----今ごろ、探してるわ、きっと。

----......

----じゃ、またね。

 いつのまにか電車が来ていて、彼女は半分閉まりかけたドアの中へ吸いこまれていった。あ。と思ってるうちに電車は動き出した。

 ぼくは電車を待っていた。
 動物園に行かなきゃ。彼女に会いに行かなきゃ。ぼくは彼女が落としてった、白い羽根を見つめながら、電車を待っていた。

(月刊京都かわらばん1977年12月号掲載)

第5話「暗号もしくはラブレター」へ>>
<<第1話からお読みになりたい方はこちらへ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?