短編小説集【恋する20世紀】#4 白い羽根
N市発気まぐれ電車 #4 白い羽根
多分どうかしてたんだ、と思うんだな。まあ今から考えればの話だけど。
たまの休みだからと思って、それでどういうわけか動物園に行きたくなって。君を誘おうと電話したら、かわりにおかあさんが出て、カゼなんですよって...。
ちぇっ。仕方ないからひとりで行こうか。動物園に行けば君に似た顔はいくらでもいるしさ、オリの中に。
駅に着いたら、ちょうど急行が出ちゃったところ。あ~あ、15分待ちだ。
ホームはなんだか、いやに静かだった。ベンチにすわった。タバコ吸おうかな。
風が吹いていた。うまくマッチがすれなかった。1本、2本。つくとすぐに消えちゃった。3本目の正直。えいっ。ボッ!
サッ。火がつくと同時に、横から手が伸びてきて、マッチの火が消えないように囲いをしてくれた。白い手だった。いつのまにすわったんだろう。ぼくのそばに髪の長い女のコがいた。ぼくはタバコに火をつけるのを忘れて、その女のコを見つめてた。
早くしないと消えちゃうわよ、女のコが目でいった。ぼくはあわててタバコに火をつけた。女のコも、口にタバコをくわえてた。ぼくが火をつけおわると、すぐに顔をよせてきて彼女もタバコに火をつけた。
----驚いた? ゴメンネ。火、借りようと思ってたの、ライター忘れちゃって。そしたら、ね、なかなかつかないでしょ。だから...。
タバコの煙と彼女の言葉がいっしょになって、風の中に運ばれてった。
----どこへ行くの?
----動物園。
----動物園?
----そう、動物園。
----いいな。あたしも行きたいな。
----じゃ、行こうよ。
----ダメなの、あたし帰んなくちゃ...。
----どこに?
----動物園。
----え?
----あたし、動物園帰んなくちゃ。
----どういうこと?
----あたし、動物園逃げ出してきたの。
----......
----今ごろ、探してるわ、きっと。
----......
----じゃ、またね。
いつのまにか電車が来ていて、彼女は半分閉まりかけたドアの中へ吸いこまれていった。あ。と思ってるうちに電車は動き出した。
ぼくは電車を待っていた。
動物園に行かなきゃ。彼女に会いに行かなきゃ。ぼくは彼女が落としてった、白い羽根を見つめながら、電車を待っていた。
(月刊京都かわらばん1977年12月号掲載)
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