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短編小説集【恋する20世紀】#5 暗号もしくはラブレター

Short Short Story
【恋する20世紀~N市発気まぐれ電車】
 電車と電話と煙草のけむりと喫茶店・・etc.の、短い物語6話

この物語6話は『月刊京都かわらばん』1977年9月~1978年5月にかけて、『N市発気まぐれ電車』として不定期連載されたものです。
2002年頃にHP『tanpopo575(たんぽぽはいく)』にWeb版として復刻。
その後、サイト閉鎖に伴い押入れの奥底に沈殿していたものを今回再発掘しました。なお『月刊京都かわらばん』については、後ほど解説記事でご紹介する予定です。

まずは、20世紀の短い物語をお楽しみください。

N市発気まぐれ電車 #5 暗号もしくはラブレター

 場所は、そうだな、雑踏の中。だからS通り。横断歩道の信号が青に変わって、人なみが動き出す瞬間。時間は、そう夕方6時頃。

君の耳もとで、スキダヨ。

 あるいはK川ぞいの喫茶店。外は雪がチラついて。向こう岸の道路を走る車がボンヤリとかすんで見える。窓ガラスがくもってきたせい。君は外を見ようと、指先をガラスに近づける。と、すかさずぼくは、指で字を書く。

スキダヨ。

 とまあ、こんな具合にいろいろと筋書きは考えてみたのだ。それこそ君を初めて見たとき以来。

 最初に君と出会ったのが、去年の今ごろだから、もう1年前のこと。そろそろ決着をつけなきゃ。いつまでもオトモダチでいるわけにもいかないだろうし。けれど、君の答が絶対にYESであるとは限らないし…。

 そんなこと考えてるあいだに、電車はS駅のプラットホームにすべりこむ。今日は3講時が終わったら、学校の近くの本屋さんで君と待ち合わせ。それまでに何かいい手を思いつくかな。

 教室に入ったら、バッタリ杉田とハチあわせ。

----よお、ひさしぶり。どうした? うかない顔して。色男がだいなしだよ。

 と、ぼくの顔を見るなり彼。

----まあね。忍ぶれど色に出にけりわが恋は、てとこかな。

 と、ぼく。

 結局、講義サボッて喫茶店へ。杉田と出会うと、いつもこうなる。けど、今日はちょっとした収穫。「近ごろ推理小説とか暗号とかに凝ってるんだよ」という彼の言葉でひらめいた。

 3講時が終わって、杉田と別れてぼくは、待ち合わせの本屋さんに。君はどういう風のふきまわしか(いつもは雑誌を立ち読みしてるのに)法律書のコーナーに立っていた。

 行きつけの喫茶店に入って、とりあえずコーヒー。いつものようにバカ話。夕暮、K駅前で電車に乗る君を見送った。

別れぎわにぼくは、1枚の紙切れを手渡した。

----友だちに推理小説マニアがいてね。いま暗号文に凝ってるんだよ。これ、解いてみてくれない?

 その紙切れには、チャチな暗号文。

シタ
ニモイワズニ
ソガレドキノ
イロジュノアル
テキナホドウデ
ミト
アエタラ
テキダナ

(月刊京都かわらばん1978年2・3月合併号掲載)

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