短編小説集【恋する20世紀】#6 雪、またはハッピーエンド
N市発気まぐれ電車 #6 雪、またはハッピーエンド(最終話)
雪がふりだした。電話ボックスのガラスがくもりはじめた。ぼくは10円玉を握りしめていた。
受話器のむこうで、呼出音が鳴り続けている。2回、3回、4回…。
胸が、ドキドキしている。早く出てくれよ、と思う半面ルスだったらいいのに、とも思う。8回めの呼出音。
----もしもし。
君の声が空中をとんで、ぼくの耳にとどいた。
----やあ、ぼくだけど…。
----あ…。
一瞬絶句したってかんじ。
----あのね、あいたいんだけど。
----……。
----まずい?
----ううん。
----じゃ、いつものところで待ってるから。
----いいわ。
ガチャン。ぼくは受話器を置くと、大きくタメ息。
ひと月前、ラブレターを渡してから会ってなかった。会う勇気がなかった。ほとんど「スキだ」と書いたことを後悔しかけていた。
いつもの喫茶店まで、ぼくは早足で歩いていた。ゆっくり歩くと気持ちがぐらつきそうだった。はっきりさせなくちゃ。いつまでも中途半端じゃ、いけない。そう言いきかせて歩き続けた。
窓ぎわの席、君を待ってた。焦茶のコート姿、君が入ってきた。コーヒーが2つ、運ばれた。ミルクを入れ、シュガーポットのふたをあける君の指先をみつめていた。一言も、しゃべらなかった。
----いくつ?
君がいった。
----20(はたち)だよ。
ぼくは君の方を見ずにいった。
タバコに火をつけた。マッチをする指が、少しふるえていた。
----ウフフ。
笑い声。顔を上げて君を見ると、おかしくてたまらないといった顔で笑いはじめた。ぼくは、わけがわからずキョトンとしていた。
----バカね、おサトウはいくつ? よ。
笑い声のすきまをぬうように、君がいった。思わず、口元がほころんだ。フフフと笑いがこぼれて、それから顔を見交わして君と笑いの大合唱。
店を出て、帰りがけ君がいった。
----手紙、うれしかったわ。
ぼくは右手を差しだして、君の左手をつかまえた。温かい手だった。
雪が、ぼくらの髪や肩に白い斑点をつくりつづけていた。
(月刊京都かわらばん1978年5月号掲載)
第6話最終話までお付き合いいただきありがとうございました
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