見出し画像

短編小説集【恋する20世紀】#6 雪、またはハッピーエンド

Short Short Story
【恋する20世紀~N市発気まぐれ電車】
 電車と電話と煙草のけむりと喫茶店・・etc.の、短い物語6話

この物語6話は『月刊京都かわらばん』1977年9月~1978年5月にかけて、『N市発気まぐれ電車』として不定期連載されたものです。
2002年頃にHP『tanpopo575(たんぽぽはいく)』にWeb版として復刻。
その後、サイト閉鎖に伴い押入れの奥底に沈殿していたものを今回再発掘しました。なお『月刊京都かわらばん』については、後ほど解説記事でご紹介する予定です。

まずは、20世紀の短い物語をお楽しみください。

N市発気まぐれ電車 #6 雪、またはハッピーエンド(最終話)

 雪がふりだした。電話ボックスのガラスがくもりはじめた。ぼくは10円玉を握りしめていた。

 受話器のむこうで、呼出音が鳴り続けている。2回、3回、4回…。

 胸が、ドキドキしている。早く出てくれよ、と思う半面ルスだったらいいのに、とも思う。8回めの呼出音。

----もしもし。

 君の声が空中をとんで、ぼくの耳にとどいた。

----やあ、ぼくだけど…。

----あ…。

 一瞬絶句したってかんじ。

----あのね、あいたいんだけど。

----……。

----まずい?

----ううん。

----じゃ、いつものところで待ってるから。

----いいわ。

 ガチャン。ぼくは受話器を置くと、大きくタメ息。

 ひと月前、ラブレターを渡してから会ってなかった。会う勇気がなかった。ほとんど「スキだ」と書いたことを後悔しかけていた。

 いつもの喫茶店まで、ぼくは早足で歩いていた。ゆっくり歩くと気持ちがぐらつきそうだった。はっきりさせなくちゃ。いつまでも中途半端じゃ、いけない。そう言いきかせて歩き続けた。

 窓ぎわの席、君を待ってた。焦茶のコート姿、君が入ってきた。コーヒーが2つ、運ばれた。ミルクを入れ、シュガーポットのふたをあける君の指先をみつめていた。一言も、しゃべらなかった。

----いくつ?

 君がいった。

----20(はたち)だよ。

 ぼくは君の方を見ずにいった。

 タバコに火をつけた。マッチをする指が、少しふるえていた。

----ウフフ。

 笑い声。顔を上げて君を見ると、おかしくてたまらないといった顔で笑いはじめた。ぼくは、わけがわからずキョトンとしていた。

----バカね、おサトウはいくつ? よ。

 笑い声のすきまをぬうように、君がいった。思わず、口元がほころんだ。フフフと笑いがこぼれて、それから顔を見交わして君と笑いの大合唱。

 店を出て、帰りがけ君がいった。

----手紙、うれしかったわ。

 ぼくは右手を差しだして、君の左手をつかまえた。温かい手だった。
 雪が、ぼくらの髪や肩に白い斑点をつくりつづけていた。

(月刊京都かわらばん1978年5月号掲載)

第6話最終話までお付き合いいただきありがとうございました
<<第1話からお読みになりたい方はこちらへ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?