短編小説集【恋する20世紀】#1 赤い傘
N市発気まぐれ電車 #1 赤い傘
雨が降り出した。
朝のうちはよく晴れてたのにな。雲ひとつなかったのにな。夕方から雨になるでしょうって、TVの天気予報でいってたけど、とても信じられなくて。177で予報聞いて、それでもまだ、ウソだよー、気象庁のおっちゃん、今日エイプリルフールと思てはんのちゃうやろか、というかんじで。だからダンコ傘もたずに出てきたのに。
ホント、降ってきたよ。さすが日本の気象庁の予報はセイコーの時計と同じくらい正確であるな、などとくだらないこと思ってるうちに、電車おりるころには絶望的な降り方。
早く帰ればよかったんだよな。なにもIV時限めの講義まで出ることなかったんだよ。IV時限めの心理学にかわいいコがいるとかいないとか(ちょっと太田裕美に似てるとか)いう奴がいて、バカみたいに講義出ちゃって。いないじゃないかよお、そんなかわいいコ。責任とってほしいよな、斉藤の奴。
あーあ、着いちゃった。おりなきゃ。誰か、むかえに来てない...よなあ。
こういう時、結婚してると便利なんだろうけどな。電話してさ、駅までむかえに来てくれよ、なんていって。駅おりると奥さんが、だんなの黒いコーモリ傘ぶらさげて、お帰りなさい、あなた、なんてね。
そうじゃなくても、大金持ちだとね。じいやかなんかが黒塗りの高級車でサッと乗りつけて、お坊っちゃま、遅くなりまして申し訳ありません、なんてかしこまって。で、ぼくは、あ、そう、なんてどこかの天皇陛下みたいに構えてて...。あ、そんな大金持ちならだいたい電車で学校行くわけないか。
駅前でボケッとつったってた。雨がやみそうな気配はなかった。要するにぬれて帰る決心を固めようとしてたわけ。
と、その時、赤い傘が近づいてきた。ハーハー息を切らしてた。
----やっぱり傘持ってなかったのね。
----うん。
----アパート行ったの。そしたらまだ帰ってないでしょ。だから、ひょっとして、と思って...。
----いいカンしてる。
----シチュー、作ったの。食べるでしょ。
----うん、もちろん。
ぼくは、雨の中をトボトボと歩いてた。
ぬれて帰る決心がついたのだ。あの赤い傘は、ぼくのとなりに立っていた男のところでたちどまった。
アパートに着くまでに、ぼくは空きカンを3個、けとばした。
(月刊京都かわらばん1977年9月号掲載)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?