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短編小説集【恋する20世紀】#1 赤い傘

Short Short Story
【恋する20世紀~N市発気まぐれ電車】
 電車と電話と煙草のけむりと喫茶店・・etc.の、短い物語6話

この物語6話は『月刊京都かわらばん』1977年9月~1978年5月にかけて、『N市発気まぐれ電車』として不定期連載されたものです。
2002年頃にHP『tanpopo575(たんぽぽはいく)』にWeb版として復刻。
その後、サイト閉鎖に伴い押入れの奥底に沈殿していたものを今回再発掘しました。なお『月刊京都かわらばん』については、後ほど解説記事でご紹介する予定です。

まずは、20世紀の短い物語をお楽しみください。

N市発気まぐれ電車 #1 赤い傘


雨が降り出した。

 朝のうちはよく晴れてたのにな。雲ひとつなかったのにな。夕方から雨になるでしょうって、TVの天気予報でいってたけど、とても信じられなくて。177で予報聞いて、それでもまだ、ウソだよー、気象庁のおっちゃん、今日エイプリルフールと思てはんのちゃうやろか、というかんじで。だからダンコ傘もたずに出てきたのに。

 ホント、降ってきたよ。さすが日本の気象庁の予報はセイコーの時計と同じくらい正確であるな、などとくだらないこと思ってるうちに、電車おりるころには絶望的な降り方。

 早く帰ればよかったんだよな。なにもIV時限めの講義まで出ることなかったんだよ。IV時限めの心理学にかわいいコがいるとかいないとか(ちょっと太田裕美に似てるとか)いう奴がいて、バカみたいに講義出ちゃって。いないじゃないかよお、そんなかわいいコ。責任とってほしいよな、斉藤の奴。

 あーあ、着いちゃった。おりなきゃ。誰か、むかえに来てない...よなあ。
こういう時、結婚してると便利なんだろうけどな。電話してさ、駅までむかえに来てくれよ、なんていって。駅おりると奥さんが、だんなの黒いコーモリ傘ぶらさげて、お帰りなさい、あなた、なんてね。

 そうじゃなくても、大金持ちだとね。じいやかなんかが黒塗りの高級車でサッと乗りつけて、お坊っちゃま、遅くなりまして申し訳ありません、なんてかしこまって。で、ぼくは、あ、そう、なんてどこかの天皇陛下みたいに構えてて...。あ、そんな大金持ちならだいたい電車で学校行くわけないか。

 駅前でボケッとつったってた。雨がやみそうな気配はなかった。要するにぬれて帰る決心を固めようとしてたわけ。

 と、その時、赤い傘が近づいてきた。ハーハー息を切らしてた。

----やっぱり傘持ってなかったのね。
----うん。

----アパート行ったの。そしたらまだ帰ってないでしょ。だから、ひょっとして、と思って...。
----いいカンしてる。

----シチュー、作ったの。食べるでしょ。
----うん、もちろん。

 ぼくは、雨の中をトボトボと歩いてた。
ぬれて帰る決心がついたのだ。あの赤い傘は、ぼくのとなりに立っていた男のところでたちどまった。
 アパートに着くまでに、ぼくは空きカンを3個、けとばした。

(月刊京都かわらばん1977年9月号掲載)

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