短編小説集【恋する20世紀】#2 丹下左膳のウィンク
N市発気まぐれ電車 #2丹下左膳のウィンク
朝から、まるでついてなかった。愛用してたライターは落としちゃうし、ガックリ来てたところへ追い打ちかけるみたいに君からの電話。
----ゴメンネ、今日ダメなのよ。
----え?
----おかあさんが熱出しちゃって、で、あたし出られないのよ...。
おかあさんが病気だって? デートことわるのに一番よく使う手なんだよね。ホントかな。とにかくこれで、今夜のコンサートのチケットがパー。このチケット手に入れるの、どれだけ苦労したか...。
で、二度あることは三度あるってわけでもないだろうけど、学校行ったら杉田の奴につかまっちゃって、「オイ、金貸してくれよ」。5000円もっていかれちゃった。あいつ、ニヤッと笑って、「今晩デートなんだよ」よくいうよ。こっちの気もしらないで。
授業が終わっても、まっすぐ帰る気なんかしなかった。とはいっても、トラのコの5000円もってかれちゃったし、しかたないから友だちの部屋にあがりこんで、ヒマつぶしのバカ話。
S駅から急行に乗った。外はもう暗くなってた。つり革につかまって立ってる、ぼくのなんともいえないユーウツそうな顔が窓ガラスに写ってた。いやな顔してた。
あ~あ、13日の金曜日の仏滅の三りんぼうってのはこんな日かな、なんて訳のわからないこと考えながら、ガラスに写ったぼくの顔に、「イーダ!」をしたり、ダイジョーブ、よくあることさ、明日は明日の風が吹くんだから、ドンマイドンマイと「チーズ!」と笑顔を作ってみたり...。
と、ふとぼくの左横に立っていた女のコがクスッと笑うのが見えた。
あ、電車の中だったんだ。部屋で一人、鏡に向かってるような気になっていたのだ。わ、やばいよ、こりゃ。まるでバカだ。窓ガラスの鏡の中で女のコの右手とぼくの左手が、電車がゆれるたびにふれあった。
ポツリ、ポツリ、雨だれが窓ガラスにくっつきはじめた。今日は、降ったりやんだり、一日中お天気までいやなかんじ。
雨のしずくが、ちょうどガラスに写った彼女のほほにポツリとついて、ツーッと流れた。
----泣いてるみたいだ。
ぼくは口の形だけでそういった。
今度はぼくの左目のあたりにポツリ、ななめにツーッ。
----丹下左膳みたい。
と、彼女がいった、ように思えた。
H駅で彼女は降りてった。降りがけに、彼女はちらっとふりむいて左目に、ななめに人さし指をあててみせた。ぼくは大きくうなづいて、おまけにウィンクしてみせた。
(月刊京都かわらばん1977年10月号掲載)
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