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短編小説集【恋する20世紀】#2 丹下左膳のウィンク

Short Short Story
【恋する20世紀~N市発気まぐれ電車】
 電車と電話と煙草のけむりと喫茶店・・etc.の、短い物語6話

この物語6話は『月刊京都かわらばん』1977年9月~1978年5月にかけて、『N市発気まぐれ電車』として不定期連載されたものです。
2002年頃にHP『tanpopo575(たんぽぽはいく)』にWeb版として復刻。
その後、サイト閉鎖に伴い押入れの奥底に沈殿していたものを今回再発掘しました。なお『月刊京都かわらばん』については、後ほど解説記事でご紹介する予定です。

まずは、20世紀の短い物語をお楽しみください。

N市発気まぐれ電車 #2丹下左膳のウィンク


 朝から、まるでついてなかった。愛用してたライターは落としちゃうし、ガックリ来てたところへ追い打ちかけるみたいに君からの電話。

----ゴメンネ、今日ダメなのよ。
----え?
----おかあさんが熱出しちゃって、で、あたし出られないのよ...。

 おかあさんが病気だって? デートことわるのに一番よく使う手なんだよね。ホントかな。とにかくこれで、今夜のコンサートのチケットがパー。このチケット手に入れるの、どれだけ苦労したか...。

 で、二度あることは三度あるってわけでもないだろうけど、学校行ったら杉田の奴につかまっちゃって、「オイ、金貸してくれよ」。5000円もっていかれちゃった。あいつ、ニヤッと笑って、「今晩デートなんだよ」よくいうよ。こっちの気もしらないで。

 授業が終わっても、まっすぐ帰る気なんかしなかった。とはいっても、トラのコの5000円もってかれちゃったし、しかたないから友だちの部屋にあがりこんで、ヒマつぶしのバカ話。

 S駅から急行に乗った。外はもう暗くなってた。つり革につかまって立ってる、ぼくのなんともいえないユーウツそうな顔が窓ガラスに写ってた。いやな顔してた。

 あ~あ、13日の金曜日の仏滅の三りんぼうってのはこんな日かな、なんて訳のわからないこと考えながら、ガラスに写ったぼくの顔に、「イーダ!」をしたり、ダイジョーブ、よくあることさ、明日は明日の風が吹くんだから、ドンマイドンマイと「チーズ!」と笑顔を作ってみたり...。

 と、ふとぼくの左横に立っていた女のコがクスッと笑うのが見えた。

 あ、電車の中だったんだ。部屋で一人、鏡に向かってるような気になっていたのだ。わ、やばいよ、こりゃ。まるでバカだ。窓ガラスの鏡の中で女のコの右手とぼくの左手が、電車がゆれるたびにふれあった。

 ポツリ、ポツリ、雨だれが窓ガラスにくっつきはじめた。今日は、降ったりやんだり、一日中お天気までいやなかんじ。

 雨のしずくが、ちょうどガラスに写った彼女のほほにポツリとついて、ツーッと流れた。
----泣いてるみたいだ。
 ぼくは口の形だけでそういった。

 今度はぼくの左目のあたりにポツリ、ななめにツーッ。
----丹下左膳みたい。
 と、彼女がいった、ように思えた。

 H駅で彼女は降りてった。降りがけに、彼女はちらっとふりむいて左目に、ななめに人さし指をあててみせた。ぼくは大きくうなづいて、おまけにウィンクしてみせた。

(月刊京都かわらばん1977年10月号掲載)

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