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夕方の風の中

 この時間、好きだなって思った。
 曇ってて、寒さが緩くなっていて、人が沢山歩いてて、商店街の人達が忙しく働いていて。

 その中を歩きながら、夕餉のための買い物をして、膨らんだエコバックを抱えて歩く。そういう時間が大切で、なんだか少し嬉しくて、じんわりとじんわりと何かが沁み込んでくるような気持ちになっていくのだった。
 
 今日の風は冷たくなくて少しだけしっとりとしていて、いつもよりちょっと優しいのだった。

 何気なく話しかけてきた人の声は柔らかく、温かだった。
 「強いな、って思うの」

 コンクリートの小さな隙間から目を出して、大きく育った雑草に小さな黄色い花が付き、いくつかそっと咲いていて、種を育てる花の跡もいくつか既にできていた。
「すごいなって思うの。強いよね」
「ええ」
「私、雑草が好きなの」

 ・・・そうなのか。

 その人の話す声は小さくてかぼそくて、けれどもとても優しくて、本当はきっととても芯の強い人なのではないかと感じた。

 雑草の強さに惹かれ、知らない私に伝えてくれた彼女の細い腕の先に、日用品の入ったレジ袋が二つ。

 「重たくはないですか?大丈夫?」
 そう訊くと、
 「ええ、ありがとう。大丈夫よ。暇だったから本、買ってきちゃった」
と言って小さく笑った。

 この町で会う人たちは、なんだかとても優しくて、柔らかな空気をそっとまとっている。そんな気がして好きなんだ。

 優しい人達、優しい時間。

 そうじゃない人たちもいるはずなんだけど、会わない。

 普通の町の普通の時間。

 その中に紛れ込んで歩く時間の柔らかさが私にそっと教えてくれた。

 生きててもいいんだよ。

 誰にともなく『ありがとう』って思ってしまう私なのだった。

ありがとうございます。 嬉しいです。 みなさまにもいいことがたくさんたくさんありますように。