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【日本にまだない「探究型の中学」 ラーンネット・エッジに行ってみた】 2:10代の探究者のためのカリキュラム

教科書をなぞるような授業はゼロ。カリキュラムは探究と教養のみ。いつ卒業するかは自分で決める。そんなめちゃくちゃユニークなスクールが神戸に生まれた。名前は、「ラーンネット・エッジ」。そう、日本の探究型スクールの草分け的存在である「ラーンネット・グローバルスクール」が新たに作った、”10代の探究者のためのマイクロスクール”です。

いったいどんな学校なのか、現地で取材をしてきたので、スクールの立ち上げストーリーから、授業の様子、実際に通っている子ども達や保護者の声などを数回に分けてリポートします。

執筆者・中曽根陽子(なかそね ようこ)
教育ジャーナリスト。小学館勤務後、情報発信ネットワーク「ワイワイネット」を発足。女性のネットワークを活かした企画・編集を行なう。教育機関の取材やインタビュー経験が豊富で、メディアからコメントを求められることも多い。教育雑誌、経済誌、新聞連載など幅広く執筆。海外の教育視察や講演も行なう。2014年、「Mother Quest」を立ち上げ、母親力を育てるワークショップなどを定期的に開催。学びを探究するメディア「Q」コントリビューター。

前回の記事(1)はこちら

今回は子ども達が実際どんな生活を送っているのか。カリキュラムと授業の様子をリポートします。

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教科学習は全て自学自習。スクールでは、進捗管理はしない

具体的に子ども達はここで、どんな時間を過ごしているのでしょうか。2020年度の時間割は次の通りです。

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時間割を見れば分かると思いますが、いわゆる学習指導要領で定められている教科学習は完全に子ども達が自学自習するスタイルをとっていて、各自で自分にあった教材やシステムを選び、家庭や朝のマイスタディの時間に自分のペースで取り組みます。見学に行った時には、タブレット端末でオンライン学習に取り組んでいる子、プリント学習に取り組んでいる子などさまざまでした。

これまでそれなりにいろんな学校を見てきて、従来型の一斉授業の限界を理解しているつもりの私ですが、ここまで振り切っているスクールは初めて。思わず「それで大丈夫なんですか?」と聞いてしまいました。

すると、「従来の”学力”を不必要と考えているわけではありません。ただ、今はさまざまな学習システムがあり、それらを使えば効率よく自学自習できるし、進捗の管理も自分でできます。私たちは、わざわざここに来るなら、ここでしかできないことに時間をかけたほうがいいと考えています。とにかく従来型の学校って、自分のやりたいことが学校の外にある子にとっては拘束時間が長すぎるんですよね」とスクールスタッフの奥村尚子さん。

実際、奥村さんのお嬢さんはラーンネット・グローバルスクールの卒業生で、一旦公立中学に通ったものの、「もっと自分がやりたいことに時間を使いたい」と、自分の意思でエッジに移ってきたのです。

確かに、一斉授業で教科書の内容を教える従来の教育スタイルは、理解の早い子にとっては退屈だし、理解が遅い子は置き去りにされかねない。しかも、いくら時間を費やしても、興味のないことは身につかないまま、「勉強はおもしろくないけれど、仕方なしにやるものだ」という刷り込みだけが強化されていく。それが、今の学校教育の課題でもあります。

最近は一条校(※学校教育法第1条で定められた学校。文部科学省の学習指導要領に基づいて授業を行う)でも教科によってはオンライン個別学習を取り入れている学校は増えており、教育のICT化が、そんな学校教育の課題を解決する糸口になるかもしれないと言われ始めています。実際、この取材の数日後、オンライン個別学習システムを導入した別の学校で、中1の1年間で中学3年分の数学をクリアする子が続出して、この先何を教えればいいかという課題にぶつかっているという話を伺い、改めて学校で一斉に学ぶ意味はなんなのか・・・と考えさせられたのでした。

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カリキュラムは、探究と教養の2本柱

では、ここでしかできないこととは何なのでしょうか。カリキュラムは、探究とそれを支える教養の2本立てで組まれており、関わるのはそれぞれの分野の専門家。現在12名が講師として子どもたちと関わっています。

それぞれを簡単に説明すると以下の通り。
教養は、次の8つ。

・「自由への教養」
歴史・宗教・哲学・倫理学などを通じて多角的に物事を見る目を養う。
・「Connect」
現代の人類が直面する課題を題材として、総合的・学際的に学ぶ。
・「Forum」
自分自身や家族・友人等についてゆっくり考え、正直に話し、深く聞く時間。
・「コラボ・ラ」
一人ではできないことを協働して成し遂げていくためのマインドを養う。
・「アート」
臨床美術・造形・写真・鑑賞教育を通じ、自分を知り、他者を知る。
・「音と身体性」
音楽を聴く・演奏する・歌を歌う・身体を動かす・演じる、などの活動を通して、自分と他者の身体や内面と向き合う。
・「文学」
文学作品を読み、様々な人の思想にふれ、答えのない問いや物事の本質について考える。
・「算数・数学」
小学生は基礎的な算数概念、中学生は計算の意味や数理の世界を学ぶ。

探究は、自分の好きなこと、得意なことに本気で取り組む「マジ探究」の時間が毎日午後たっぷり取られています。

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さまざまな大人から刺激を受けて成長する子ども達

ここまで足を運んで他人と触れ合いながら学ぶ意味の一つは、自分の好きなことはもちろんだが、自分が好きではないことを知ることも大事だから…。確かに、好きなことにだけ没頭する時間も大切だけれど、多感で自己を確立していく時期に多様性を体験することはとても大事。これは私も大事な視点だと思います。

そしてもう一つが、社会との接点をもつこと。地域のつながりが希薄になった今、多くの子ども達の社会は、家庭と学校、習い事などに限られていて、多様な大人と出会うチャンスはあまりないですが、ここでは毎日さまざまなタイプの大人が出入りしているので、子ども達は彼らからいろいろな刺激を受けているのでしょう。

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自分自身を深く知るための「アート」

ここからは、授業の様子を紹介しましょう。取材した日は、メディア芸術を専門とする田中健作氏による「アート」と知窓学舎の矢萩邦彦氏による「自由への教養」の授業が行われていました。

この日の「アート」では、子ども達は自分の姿を前後左右から自撮りしていました。これは、自分自身のシルエット写真をよく観察し、自分の外面に内面が現われていないかと考察するものです。最終的には自分の内と外の両面を捉えた上で、自分自身をテーマにした作品を作るというプロジェクトの一環です。「様々な角度からアートと向き合う中で、自分を客観的に見つめ、自分自身を深く知るきっかけにしてもらいたい」と田中先生。

「従来の学校では、学習指導要領のしばりがあるので何かしらの方向づけをされ、しかもその後に待っているのが評価です。ここでは子ども達は否定されることがないので、とても柔軟でのびのびとしています。異年齢の集団を導く難しさもあるが、これまでにないおもしろさもある。今年は、その場の子ども達の反応を見て、試行錯誤をしながら進めていきたい」と抱負を語ってくれました。

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思考を巡らし考える力を育てる「自由への教養」

続いて「自由への教養」。月1回横浜から通ってくる矢萩先生のこの日の授業は、最近のニュースや気になるトビックの画像を見ながら、主観と客観、真実と事実の違いについて深めていくという内容でした。

ちょうど大型台風が頻発した時期で、タワーマンションの被害から社会構造を知るという切り口から授業が始まりました。災害を想定したときにときに自分はどんな行動をするのか、避難所はそもそも安全と言えるのか、子どもたちの言葉を拾いながら授業が始まります。

続いて北京国際空港の写真や香港のデモに参加した市民の写真などから、そこにある事実と課題、主張などを読み取り、さらに、帰納法と演繹法の違い、主観と客観、真実と事実の違いなどに話は広がり、最後は読解トレーニングをしてこの日の授業は終了。子ども達は、先生が繰り出す問いを受けながら、思考を巡らし活発に意見を出し合っていて、見学している私も、頭を使った後の心地よい疲労感を体感しました。

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10代は探究の黄金期。思考のOSである言葉を磨き、社会とつなぐ

授業終了後に、矢萩先生に話を伺いました。エッジで「自由への教養」のカリキュラム作りを任されたときに、学校的な学びを今までにないやり方でやろうと思ったという矢萩先生。探究というのは思考することなので、大切なのは思考のOSである言葉の力を高めていくこと。だから、子ども達が興味を持ちそうなテーマを題材にしながら、言葉の力やクリティカルシンキング・科学的思考を磨き、さらに時事問題を扱うことで、世の中で起こっていることと自分との対角線をつないでいくのが、このカリキュラムの狙いだそうです。

10代は探究の黄金期なので、アカデミックな知の入り口を示してくれる大人の存在が必要ですが、「アカデミックな取り組みをする中高一貫校でも、大半はただの先取り学習になってしまっている。思春期ほど、哲学や倫理学に触れた方が良いが、一部の一条校で行われている探究的な学びもまた、コンテンツがあらかじめ設定されている探究という名の従来型授業にすぎないものが目に付く。グローバル化に対応して、ディベートや模擬国連、プレゼンなど技法だけが学校に広まった結果、中身が薄いのにプレゼンじょうずな、うわべだけの意識高い系の若者がたくさん生まれた」とバッサリ。

自分の言葉を磨くことが大切。意見があるから言うのであって、意見がないまま表現力を身につけることだけが先んじているという話は、学校現場を見ていて日頃私が感じている疑問と通じるところが多々ありました。 

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「マジ探究」は自分が好きなことや興味のあることをひたすらやり切る時間

毎日午後はマジ探究の時間が90分あります。このポリシーは、自分が好きなことや興味のあることをひたすらやり切ること。「やり切るためには、何をやるかが重要です。それは、好きなこと、興味のあること、どうしても解き明かしたい謎など、自分の内なる好奇心が湧き立つことです。反復練習や細部への追求など、努力や苦労をそれと思わず続けられるのは、それが好奇心に根差すものだからです」と駒崎さん。

取材に行ったときには、自分が演奏する楽曲について探究している子、城について探究している子、ひたすらレゴの作品作りに夢中になっている子、絵を書いている子など、それぞれが自分の好きなこと、興味のあることに没頭していました。

「マジ探究」の成果は、学期ごとの探究シェアリングで発表をします。2ヶ月後に訪れると、子どもたちはそれぞれ自分が取り組んできたことについて、堂々と発表していました。

「これは、実際に始めてみて改めて気づいたことですが、"子ども同士、大人と子どもの関係が安心できるものになっているか"も探究を進める上で大切な要素でした。自分が本当に好きなことを見せられる関係が、比較されずに互いの個性を受け入れ合う中で、いつの間にかできあがっていたのかもしれません。」と駒崎さん。

また炭谷さんは、「この半年の子どもたちの成長曲線はすごい。その勢いにびっくりした。このスピードで成長していったら、どこまで行くかすごく楽しみだ」といいます。やはり、自分の好きなこと、興味のあることに取り組んだときに、エネルギーが生まれるのでしょう。

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評価はしない。あるのは、一人一人の子どもに対する講師からのメーセージ

では、その成長をどう測るのでしょうか? このスクールには、通知表はありません。代わりに渡されるのは、講師から子どもたちへのメッセージがびっしりと書かれたシートです。

内容は、評価ではなく本人の成長につながるフィードバックで、週1回位しか触れていない講師でも、一人一人の特徴をよく見極め、温かいフィードバックをしているそうです。

そんな丁寧なフィードバックを受け取っているからこそ、成長スピードも上がるのではないでしょうか。

では、子ども達や親御さんはどう思っているのでしょう。この後は、この学校を選んだ理由や熱中していることなどについて、伺いました。

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