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時には放浪。揚げ鶏が続く奇妙な日々のはじまり。

渋滞。
金曜日の夕方、世間は帰宅ラッシュ。一方の私はというと、今夜の寝床を探してフラフラと迷い込んだだけである。

まっすぐ家に帰ったって良いが、そういう気分ではない時もあるじゃない。
どこか家ではない、ささくれだった心を休められる場所で堕落した一夜を過ごしたい。そう思って滋賀方面に車を走らせる。

琵琶湖は偉大だ。
琵琶湖の周りには湖岸緑地と呼ばれる広場・公園が多数ある。その多くにトイレがあり、無料でキャンプができる。週末になれば多くの人がそこで楽しいひとときを過ごす。もちろん急に現れた太い人のことも嫌な顔をせず、快く迎え入れてくれる。

今日もその湖岸緑地を目指すことにした。
緊張する予定があったので昼はあまり食べられなかった。もう19時か。早く何かを食べたい。

食料と酒を買い込んで、今夜は湖岸緑地で車中泊と決めたが、その前に少し腹に何か入れておきたい。見つけた少しいい目の回転寿司屋にすーっと吸い込まれていったが、なかなかの繁盛具合で断念する。おそらくまた世話になるだろう。

もう早く行ってゆっくりしようとセブンイレブンに立ち寄る。
弁当やスイーツ、ビールにワンカップなどを買い込み、とりあえず揚げ鶏を暗闇の駐車場で頬張る。じゅんと溢れ出る脂をおっとっとと吸い込み、頬を膨らませたまま駐車場を出る。


湖岸緑地は盛況時は駐車場に入れないほどだ。今日は思いのほか人が少なく、余裕で入ることができた。

車に目隠しをしたり、マットを膨らませたり準備を先にしてしまいたいところだが、クーラーボックスも何も準備していないのでビールがぬるくなってしまう。
準備は後回しにしてがさっと自分が座れるスペースを車のラゲッジスペースに作り出し、即興で宴を開始する。

あまり何も考えずにひょいひょいと放り込んでいたので、改めて戦利品を見て驚く。
チキンカツ弁当、甘辛唐揚げパスタサラダ、ガルボ粒練りいちご、のり巻き細長おかき、スプーンで食うタイプのみたらし団子、ビール、ワンカップ。

なんなんだこれは。
どうしてこんなに揚げ鶏ラッシュなんだ。しかも先ほど1揚げ鶏食べたではないか。飢えているとこれほどまでに揚げ鶏を欲してしまうのか。コンテナを使った簡易テーブル上に並んだ鶏の群れとその取り巻きをランタンの異様に強い光が照らす。私は今からこれを胃に収めるのだ。

案の定、弁当を半分、パスタサラダを半分食べたところでもういらねぇと思い始める。デブという自覚が強いが故だろうか。潜在的に自らの飯をデブ仕様にしてしまっているが、そんなには食べられないのだ。ビールも半分ほどしか飲んでいないが、もう飲めない。

ここで一旦休憩の意味も込めて、今夜泊まる準備を整える。
銀マットで作った自作の目隠しを車の各窓にはめる。マットを広げ、荷物の配置を整えていく。かなり涼しくはなったが、閉め切った状態ではギリギリ寝られるレベルの気温である。今日は風呂はパスなので、できるだけ汗はかきたくない。

外は涼しいので、椅子を出して外で続きを食べることにした。
雲の切れ間から星が見える。前を向けば対岸の夜景が見える。理由なく急いていた心も落ち着きを取り戻し、ゆったり食べることができた。流れ星が流れないかと空を見上げていたが、羽音のないコウモリライクな物体が何度も何度も横切るのみだった。

そして涼みながら、本を読む。
この本はとっても共感できて好きだ。みたらしを食べながら共感の嵐である。


翌朝は早く、5時台に目覚めた。
ぼーっとしながら朝の空気に包まれて歯磨きをする。この時間も好きだ。

筋っぽい雲になってきた。秋である。
駐車場からの景色。夜もここから対岸を眺めていた。

ここの湖岸緑地(志那1という)は広い。ぐるりと散歩することにした。
朝はやっぱり癒される。なんて爽やかなんだろうか。心が凪いでいくのを感じていたのだが、上空というか低空に幾羽もの猛禽が舞っていることに気づき、慌てて車に駆け戻る。

無性に温かい出汁的なものを摂取したい気分だったので、車を少し走らせ、なか卯に向かう。朝から親子丼とうどんのセットを食べてしまったではないか。でもなんだか気持ちが落ち着いていて、味わって食べられたからよかった。また鶏ではないか。

その後は近くのスーパー銭湯が開く9時まで、別の湖岸緑地でぼーっとして待つ。子どもが釣りをしているのを横目に見ながら読書の続きをする。素晴らしく贅沢な時間だ。どうも外でまったりする時間が好きでたまらないのだ。

湖岸緑地(帰帆島)からの風景。釣りを楽しんでいる人も多い。

とても風呂に入りたかった。
普段は週一くらいのペースでサウナで癒されるが、久しぶりに実用的に風呂を求めている。髪は脂でピカピカとテカっているし、体からは明らかな饐えた臭いがしている。1日でこれほどになるのはやはり私が太い人だからに他ならないだろう。

体を洗い、内風呂少々、サウナの順に入り、後は外にあるベットでひたすら微睡んだ。やはり飯と風呂さえあれば割と幸せである。

その後は滋賀に来たら必ず行くようにしているGREEN LOFTヘ。
なにかひとつ植物を買いたかったが、ピンとくるものがなく、今日は買わず。それでも植物だらけの空間に癒された。そしてここはいつも併設カフェから悪魔的に良い香りが漂ってくる。一体何を作っているのだろうか。

もうあまり行くところはないのだが、まだ11時だ。帰りたくない。
イオンに立ち寄り、糠漬けグッズや良い飲み物がないかなどを探ったが、結局何も買わずに出る。


何か昼飯を探しながら帰路につこうとしぶしぶナビに自宅を入れ、車を惰性で走らせていたが、急遽気が変わる。

比叡山を目指そう。

ここ数年無駄な寄り道を避けていた節がある。できるだけ合理的に動き、意味のない行動を取らないように動くつまらない人間になっていた。

無駄な寄り道、非合理性こそ私の味わいに違いない。
そう信じて、回り道をし、比叡山越えで帰ろうとする。

しかし、ドライブウェイに予想以上に金がかかり、辟易する。
800円もかかるではないか。そしてさらに区間が区切られていて、より奥部まで侵入しようとすると追加料金がかかる。目的もなく追加料金を支払うことに抵抗を感じ、800円圏内で行ける最奥までドライブし、引き返す。

晴れていて琵琶湖がよく見える。
バッタと共にベンチでゆったり過ごす。私はすぐに座り込む。

広い展望台があったので、そこに車を止めるが、ぽつんともう1台だけ止まっていた車が、のっぺりタイプではなくデコ感があるというか立体的な今までに見たことのないイタ車だったので、何か空恐ろしいものを感じ、琵琶湖写真を1枚だけ撮ってそそくさと後にする。


まだ帰りたくないが、あとは帰りながら昼飯を探すだけだ。
もう結構疲れてしまった。店を目的地に移動するのはしんどいな、と思ったので、おとなしく帰路途中の桂川SAで食べることにした。

何を食べるかはもうお気づきだろう。
唐揚げ定食だ。しかし、6個と10個を選べる。さぁどっちかわかるかい?

そう、10個だ。
松竹梅を見せられると間の竹を選ぶというゴルディロックス効果を使われずとも、松と梅の2択だけで多い方を選んでしまうのだから世話ない。

唐揚げ10個。8個があればちゃんと8個を選べていただろうか。

実際は6個で十分なのだが、おそらく心配性なのだ。
足りなかったらどうしようと思ってしまう。

さらに追い討ちをかけるように「ご飯どうしますか」ときかれ、そりゃもちろん「大盛りで」とAIのようにオートで答えてしまう。

後悔の念もあるのだが、むしゃむしゃもぐもぐと食べるのってやっぱり爽快で気持ちが良い。そしてここはやさしいことにドレッシングとともにマヨネーも自由に使える。ここぞとばかりにべちゃべちゃにして食べた。

なんなんだろうか。
居酒屋などに行くと、肉系よりも滋味深い野菜系のおかずを頼みたくなるのに、なぜかこういう日は脂ギッシュなものを選んでしまう。友達と飲みに行く時も決してかっこつけているわけでもなく、若竹煮とか頼みがちなのに。この心理も解き明かしていきたい。

とりあえず腹パンである。腹パンで帰る。
この数日はヘルシーを心がけようと思っていたが、只今居候の身であるが故、メニューの裁量は母親にある。

翌日のメニューは唐揚げであり、あんた作ってと頼まれたので、ブライン液に漬け込んでしっとり水分を湛えた激ウマ唐揚げをせっせと揚げるのであった。

ジューシー唐揚げ。とってもおいしい。

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