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メガネ女子のコドクで孤独な毎日

中学1年になった秋

キーンコーンカーンコーン♪

キーンコーンカーンコーン🎵


昼休みがはじまる。

小学1年から教室で一番前の列のどこかに必ず座っている私は、今メガネをかけていない。机の右上にあるメガネケースの中だ。

私がメガネをかけるのは授業中だけ、と決めている。

ふぅー。


メガネがない世界が好きだ。

いかんいかん、また思ってしまった。



イケてる系のテニス部女子たちは元気に(水面下で派閥争いしながら)キャッキャッ騒いでいる。
勝手に聞こえてくる。だからわかる。

アタシたち仲良しだもんねー?と確認しあう吹奏楽部の女子たちは今日もつるんでいる。
これも見なくたってわかる。


男子は…よくわかんないけど、ヤンチャな生徒は廊下を走り回っている音がするし、
野球部男子も吹奏楽男子版みたいな感じでつるむらしい。会話でわかる。中身のない、しょーもない話をしている。

とりあえず、声変わりした人の声とそうでない人の声、「えー?」とか「だよねー!」を繰り返す人の声が聞こえている。


ふぅー。


私は、というと、最前列の教卓の真ん前の席で1人、座っている。

たまに、「やっほー。」と声をかけられることもあるけれど、基本、まずない。
誰かがやってくる場合は2通り。
①「ねぇ聞いて?」から始まる自慢か愚痴。
②「誰にも言わないでほしいんだけど…」から始まる相談事。
でも、それらはだいたい朝一番だ。今の時間はほぼない。

ということは、何しているかというと、ぼーっとしている。

ぼーっとしていたいのが本心なのかどうかわからないけれど、中学1年、1人でぼーっとしているのはまずいだろう。目をつけられたらお終いだ。
私に聞こえないように「たななこんぶっていっつも1人だよね…」なんて陰口なんかたまったもんじゃない。
私、そこまでつよくない。


ということで、今日何度目かの文庫本を引き出しから手に取る。

挟んだふくろうのしおりのページを開き、続きの文章を目で追う。あさのあつこの本。

頭の中に、半分は読めた内容が入り、もう半分は教室の様子を窺っている。

もちろん、本を読んでいる(フリの)姿勢のままだ。

私、メガネをはずしているから、本と顔の位置がめっちゃ近い。

「どこに誰がいるのか」、正確にわかるはずがない。

私は片方の目が弱視で、もう片方の目が極度の近視だ。
だから、一番前の席が私の居場所。
前から2列目以降は、私の世界の対象外。

だから、「どこに誰がいるのか」、本当はどうでもいい。
でも、ここは中学1年、多感な子たちばかりの空間だ。
「どこに誰がいるのか」、アンテナを張らなくてはいけない。それが常識っていうやつだ。
「〇〇ちゃんが〜してた」ってあっという間にグループ内に広まる。
情報弱者では弱肉強食の世界についていけない。

だから、「どこに誰がいるのか」、後ろを振り向くことなく、状況を把握する。(この半年で次第にそれができるようになった。)

後ろを振り向いたところで、私はメガネをはずしているから、ぼやけていて何も情報は得られない。

振り返ったところで、たぶん本当は何も起こらない。

だけど、ここは多感な子たちが集まる空間、前を向いていた私が急に後ろを向いたらびっくりされるのではないのか、という不安。

私が後ろを振り向いて目が合っているにもかかわらず、私がぼやけていてアイコンタクトがとれないがために「たななこんぶがムシしてきた」と言われるのではないか、という不安。

だったら、潔く、ずっと前を向いていようじゃないか。

え? メガネをかけてみんなと交流すればいい?

残念ながら、それは違う。

私はコドク。1人で過ごす生物。もう集団生活つかれた。人間関係つかれた。

「誰がどこにいるのか」、《本当は》どうでもいい。
ずっとべったり、なんて、しんどくない??トイレまで一緒に行くんだよ??
おしゃべりぐらいはホントはしたいな。でも誰とだろう?私の友達ってどなた?
こころの中でボヤく。

べったりがイヤなら、興味がない「フリ」をしなければならない。
そう、本を読んでいる「フリ」こそが重要なのだ。

私は仲良しこよしのグループに入れない。優等生。ガリ勉。文学少女。違うのに。
ましてやメガネを持っている。

なんでメガネがいけないのかって?

ガリ勉というレッテルを貼られるから。でも、これは仕方がないとあきらめた。一番前の列に座る=勉強熱心の式に既に当てはまっているから。勉強は内申に影響するからきちんとして損はない。

なんでメガネをはずすか、だって?

視覚情報をシャットアウトして見なくて済むものを見ないようにしたいから。
仲良しこよしごっこ(「ねぇ見て?〇〇ちゃんあそこでなんかしてる。」「ほんとだ、うそ〜」)が始まったとき、「私には見えないや〜ごめーん」のセリフをいつでも使える環境にいたいから。

見えないのはラクだ。
私はぼやけた世界が好き。
メガネをはじめて作るまで、ぼやけた世界が私の世界のすべてだった。
メガネを作って、視力0.8ぐらいの世界を知ったばかりの小学4年の時に感動したのは事実だ。
でも、何かを失った感覚になった。
世界が違いすぎてショックを受けた。
みんな、こんなにくっきりはっきり顔を見て話していたの?
え、そんなイヤな顔するんだ? え、アイコンタクトで通信できるんだ?
特に班で机をくっつけた時、別の班にいる友達と授業中交流するなんて。
そんなこと、知らなかった。
知りたくなかった。
私には通信する友達がいない。仕方がないから勉強している。黒板を見つめる。

だから、ずっとかけっぱなしでもいいレベルの目の悪さでも、前を向いた授業中だけ、にしていた。
授業は見えないと困る。成績、テストに影響する。だからかける。


私は人より、コドクが好きらしい。

物心ついた時から、私はコドクだった。
友達(とかつて呼んでいた子)と遊ぶのは年に1回の大イベント、
町内に中学生以下は私1人、登下校なんか1人が当たり前。
習い事のそろばんだって、1人でずっと行っていた。家と近すぎて寄り道するところなんてなかった。
1人でなんとなく過ごすのが環境に強制されていると信じ込んで、環境を憎んできた。

私が1人でいるのは私のせいではない。
育つ環境が悪い。

かといって、孤独ほど1人でいる自信はないらしい。
陰口、うわさ、いじめ、気になる。

ああ、なんてめんどくさい。

つるむのがイヤなら、1人で過ごせというミッションがある。
それも、「さりげなく」1人で過ごしなさい、と。
いかにも中学生。

今日はテニス部Cちゃんの「もー!」って言う声が聞こえない。また仲間外れにされているのかー。

「どこに誰がいるのか」、それだけは常識に則って把握しなければならない。

はっきり見えない分、耳の感度が高くなった。

情報弱者は弱肉強食の世界についていけない。

本当めんどくさい世界だ。

私はコドクは好きだけど、中学1年、孤独でいてはいけない。環境がそう言っている。やれるもんなら孤独になりなよ。やっぱやめておく。


こうして、また休み時間が終わっていく。まもなく予鈴だ。

文庫本をしまう。同時に次の教科書、資料集を律儀に出す。


キンコーンカーンコーン♪

キンコーンカーンコーン🎵


先生が来る前に、ケースからメガネを取り出す。

そして、かける。スイッチオン。

「起立ー! 礼ー!」

午後一番は社会だ。

覚えることがたくさん。特等席で板書をする。男の先生らしい、カクカクの字がくっきりはっきり見える。

下敷をちゃんとノートにはさみ、重要用語は色ペンで、それだけでなく左手で定規を当てて右手でアンダーバーを引く。

私はいつだってきちんとしていなければならない。優等生。ガリ勉。文学少女。違うのに。

鎌倉時代、北条氏の名前がたくさん出る。ペンで「北条」と書きまくる。何をした人か、後でわかるように自分で補足メモも書く。

イキってシャーペンを使いはじめる中学1年、私にはまだ許可が出ていない。

1時限につき鉛筆1本、だから筆箱にはきちんと削られた鉛筆がキャップ付きで6本入っている。

これでまた1本、鉛筆を終了させた。よろしい。

5教科の中で一番雑談がうまく長い先生、みんなが笑う場面も、私は先生の目を見て笑う。

一番前の列の席の鉄則だ。内申にひびく。

今日は、中国人チョーさんのギョウザの話だった。

ちゃんと首を動かして適度に笑う。できた。

先生、今日も時間押してますよ、内心で心配する。


キンコーンカーンコーン♪

キンコーンカーンコーン🎵

「それではー終わりまーす」

「起立ー! 礼ー!」

起立の時に毎回椅子を机の下にちゃんと収めるタイプの私は、椅子を引いて座る。

それから、メガネをはずす。


ふぅー。

黒板が一気ににじむ。重要用語の蛍光の赤チョークの色だけがかろうじてピンク色で視界に入る。心地良い。そう思ってしまう自分がまたイヤになる。

ふぅー。

すぐにBGMはやってくる。「ギョウザ」ばっか聞こえくる。すぐに情報を共有しあう。

たしかにチョーさんのギョウザはおもしろかったけど。

私は振り返らない。前を向いたまま。私の友達は黒板。よく見えなくたって最も見つめるのは黒板だ。ここまでくれば友達でしょ?

優等生。ガリ勉。文学少女。違うのに。

日直はまだカラフルな黒板を消しに来ない。

もはや「北条」なんて見えもしない黒板と見つめあう。

あ、そろそろぼっーとしてるって言われそう。
孤独は敵だ。

水分補給をしてごまかす。
私は忙しい人。優等生。ガリ勉。文学少女。違うのに。

ふぅー。

ため息なのかひと息なのか、自分ではわからない。

私はひたすら教室の見えない空気に集中する。
「孤独なたななこんぶ」って思われないように。


え? コドクな者同士、帰宅部の子と友達になればいい?

ちょっとまって?

私、陸上部に入ってますけど?

り、陸上部!?

うん、私のクラスには陸上部は3人。私と、めちゃくちゃいじられる男子と、めちゃくちゃ人気のない女子。

互いに部活の話で接することはないです。

あ、ごめんごめん、帰宅部の子と、だったね。

うちのクラス、帰宅部、いないです。残念でした。
学年にいるのはいるんだけど、より強いサッカーチームに所属するため、とか、
部活にはない新体操とかバイオリンとかの練習のためとか、
とにかく部活のイシキが高いお方たちが帰宅部を許されるっていう文化です。

陰鬱な私とはわけが違う。


そんなこんなで、10分休み、なんとなく過ぎていく。

10分休みは短いようで長い。そんな時は文庫本を。
10分休みは長いようで短い。そんな時って教室移動で。

今日は教室移動がない日。5教科ばっかの日。みんなが「だるぅ」って嘆く日。
私は教室移動がなくて嬉しいんだけどな。

「いこー?」「ちょっとまってー!」

そんなやりとりも、私にはない。
私はやっぱり孤独なのかもしれない。

今日はなくてほっとしている。
もしかして私のおしりと椅子は親友なのかもしれない。



キンコーンカーンコーン♪

今日最後の予鈴が鳴る。

キンコーンカーンコーン♪

キンコーンカーンコーン🎵

今日最後の授業。みんな疲れてきてダルそうにしているのがわかる。見なくても、だ。

メガネをかける。スイッチオン。

「起立ー! 礼ー!」

数学。エックスが登場するようになった。「)(」って書く派か、普通に「×」と書く派か、が最近のトレンド。

室長R(野球部)が挙手して当たって、エックスの答えを黒板に書きに来る。

Rは「×」派、少数派だ。

「おい、R。お前のエックス、変だぞ」

ヤジが飛ぶ。

「ええ? なんだっていいじゃん。」

頭ぽりぽり掻きながら私の横を通って戻っていく。

エックスは違っていても、解としては合っていた。

私は、エックスも解も、みんなと同じようになっていた。

まだノートに「)(」って書くの、慣れないけど。

少しでもみんなと同じなら、それでいい。

この世界は、みんなと同じでいなければならない。常識ってやつ。かといって、丸かぶりではいけない。パクってるって言われてしまう。なんてギリギリなラインをチョイスしなければならないんだろう。

ああ、めんどくさい。でもひとつずつ、みんなと同じことはないか確認している。そして、どこかでほっとしている。

宿題のプリントが配られた。

もちろん、先頭の私は数学の先生から直接もらう。受け取る時は必ず首でお礼をする。

自分の分を取ったら、後ろへ渡す。両手で、でもできるだけ早く。
後ろの世界が見えてしまう。怖い。
だから急ぐ。前を向いて黒板を見る。先生より大きなRの字「×」がまだ残っている。



キンコーンカーンコーン♪

キンコーンカーンコーン🎵 

「終わりまぁす。」

「起立ー! 礼ー!」

私はまた机の下に入っている椅子を引いて座る。

メガネをはずす。


ふぅー。


帰れるものなら帰りたい。


優等生。ガリ勉。文学少女。違うけど、内申のために陸上部にも入った。

体育祭が近づいている。

ハードルが上がる。

もうイヤだ。逃げ出したい。

泣けるもんなら泣きたかった。

現実は、一度も泣けなかった。

泣きたくても泣けない、そんなふうに、いつのまにか、なっていた。

「たななこんぶは賢くっていいよねー!その頭脳ちょーだい?」

定型文句に加えて、最近はこんなことも言われた。

「たななこんぶは足はやくていいよねー!」

「そんなことないって!!」

謙遜じゃない。事実だ。
あなた、ソフトボール部で運動神経バツグンじゃん。そんな人に言われても。

ああ、泣けるもんなら泣きたい。
泣いて、「どうしたの?」って言われたい。

そんなことできるはずもなく、現実に目を向ける。

全員リレー、さすがにメガネかけないとやばいよな…

「どこに誰がいるのか」、それだけは常識に則って把握しなければならない。

バトンをもらう、前走の子。
バトンの色。
バトンを渡す、後走の子。

練習の時、全くわからなかった。
わかりたくないけど、ここはわからなくてはならない。

仕方がない。かけるか。

この午後練の時から、私はメガネをはずさなくなった。
孤独のくせにコドクだと強がっていた。


大学1年になった夏

キンコーンカーンコーン♪

キンコーンカーンコーン🎵

チャイムだけだ。

授業が始まる。

私は前から3列目に座っているけど、教室内では一番前だった。

「OK! Please open the textbook, page…」

かろうじてページが聞き取れ、教科書を開ける。

もちろんメガネかけているけど…かけていてもあんまり見えない。

英単語って、字がちっちゃいっていうより、そもそも見にくい。

私だけだろうか?

必至に板書して、課題を言われて終わる。

さすがにシャーペンを使ってちっちゃく英単語を書けるようになっていたけど。

優等生。ガリ勉。文学少女。違うのに、周りの勝手な思い込みのおかげで、大学生にまでなんとかなれた。

もうそろそろ、違うってはっきり主張してもいいよね。

もう、プリントをもらっても首でお礼なんてしないし、愛想笑いもしていない。色ペンでアンダーバーなんて絶対引かない。
無表情。この人何を考えているんだろうって絶対思われている。

最近はいつだって頭の中にモヤがかかっている。


キンコーンカーンコーン♪

キンコーンカーンコーン🎵

終了とともに、トイレへ駆け込む。

ふぅー。

今日は当てられなくてよかった。

トイレは私の逃げ場。孤独なのを誰にも見られたくない。

私はちゃんとメガネかけている。現実から目を背けてない。限界が近づいている。

よし、行くか。

気合いを入れて、カギを開けようと手を置いたら、人の気配を感じた。

置いた手をはなす。

「はっはっはっっ…はははははははっっっっ」

これはいけない。


出番か。

カギをそうっとはずして、彼女のもとへ行く。

「大丈夫だからね。落ち着いて?」

彼女の警戒心はMAXだった。

私もしゃがみ込んで、彼女と同じ目線になった。

彼女は、泣いていた。はっきり見えた、と思う。
もひとつ、言うなら、過呼吸だった。

彼女の気持ちに痛いほど嫉妬しているのをこころの奥底に隠して、私は唱えた。

「大丈夫だよ。 大丈夫だよ。」

ほんとは私が大丈夫じゃないのに。私が過呼吸になりたいくらいなのに。私だって泣きたいのに。

トイレの中が静かになった。

「大丈夫だから。 ね? 私、行くからね。」

優しい声のつもりで、私はトイレの手洗い場から離れた。
その後、彼女がどうなったのか、知らない。

ただ言えるのは、私が大丈夫ではなくなったことだ。

ずるい。羨ましい。私もなりたい。

この日、私は知らなくてもいい「過呼吸」を知ってしまった。見てしまった。

激しく揺さぶられた。

出もしない涙を期待して、私はメガネをはずした。
何にも見えない階段を足の感覚だけで一段ずつ降りていく。

私はコドク好きを通り越して、立派な孤独になっていた。

私なんか消えたらいいのにな。暇さえあれば頭によぎるようになっていた。

何にも所属していない秋


キンコーンカーンコーン…

近くで工場のベルが鳴っている。

私は扉を開けて診察券を出す。


「結果をお知らせします。ご存知だと思いますが、たななこんぶさんは話す時、下を向いて話しますよね。………」

そこしか覚えていない。
覚えられる量じゃなかったし、覚えたくはなかった。

ただ、冒頭部分が印象的だっただけだ。
もらった紙に書かれていたのは、「自閉症スペクトラムの傾向ががあります。」の文字。

無理やり受けさせられた、前のクリニックでの発達障害の検査。

そうでしょ、検査をする前から、「たななこんぶさんは発達障害で、問題行動の多い人で、うちのクリニックでは迷惑なんです」、それが言いたかったんでしょ。

デイケアのプログラムを過ごせても、時間になって、帰ることができない。
帰ろうと思っても動けないのだ。
私の居場所はどこだ??
意識にも及ばないところで必死に叫ばれていた。
私はここにもいてはいけないんだ。
私はここにいていいんだよって誰かに言ってもらいたいだけ。単なる甘え。

「発達障害ってわかった以上、大きな病院にお世話になろうと思います。」

「遠いでしょ? 通えるの?」

「大丈夫だと思います。」

こんなところにいたくもない。いてはいけない。
メガネをかけてはいるけど、下を向いて目を合わせないまま、平静を装って会話した。

この日を境に、私は、このクリニックに通わなくなった。

私の孤独は「緊急SOS」を出すようになっていた。私ですら、私の孤独に対応できなくなっているにもかかわらず、他の人には私の孤独を一切知らせていない。

もう終わった。私はより死を意識するようになった。人はこの状態を孤独とは言わない。それでも私は孤独だ、と密かに叫んでいた。


みんなは社会人と呼ばれる夏

もうみんなは社会人で、同窓会も何回かあったと聞かされてはいる。
私、同窓会なんて、一度も出席したことがない。

私は、といえば、コドクと孤独を行ったり来たりの生活だ。

今の病院に変わって、落ち着いている時はコドク、なんとなく毎日をやり過ごせている。

死にたい気持ちが強まって荒れている時は孤独、入院生活を送っている。

コドクと孤独を7回も行き来してきた。


キンコーンカーンコーン♪

キンコーンカーンコーン🎵


私の近所はチャイムだらけだ。

工場2か所、中学校1か所、防災無線2か所。

1日に何度もチャイムを聞く。聞かされる。

その度に、中学1年の秋を思い出す。

あの時、強がっていなかったら、どんな日々になっていたのだろうか。

もともと孤独だったんだよって13歳の自分に声かけできたら、受け入れてくれるだろうか。

たぶん、無理だろう。

もともと発達障害だったんだよって言葉を変えてみたら、受け入れてくれるだろうか。

たぶん、びっくりして、考え込んで、ちょっとだけほっとするだろう。

人よりコドクが好きなのは、内向的っていう性格なんだよ。

コドクがいけないわけじゃないんだよ。

でも、孤独はたしかにしんどいかもね。

孤独になってはいけないって察したこと、あながち間違いではなかったよ。

何事にも程度というものがあって、同じ「こどく」でも「孤独」はつらさが含まれているね。

つらい時はつらいって言ってもいいんだよ。

もしかしたら中学1年になるまでコドクって感じていた中にも孤独があったかもしれないね。

でも、それはそれでよく頑張ったね。

私には、視覚情報、ちょっと過激なだけかもしれないよ。

だからメガネをはずして見える世界が好き。
だからメガネをかけても下を向いて話してしまう癖。

メガネをかけて、まっすぐ見ようと頑張ったこと、私がよく知っているからね。

みんなと同じ社会人ではないけれど、コドクを強みにしていこうね!

そうやってこれからも鼓舞していくのだろう。







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