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本当は、みんな泣きたいし、吐き出したいし、壊したい

ふと我に返ったとき、ひどく顎のあたりが疲れているように感じた。

あ、い、う、え、お、と口を動かす体操をしたり、頬やフェイスラインを軽くマッサージしたり、「どうしたんだろう?」とあれこれ触っているうちに、自分が無意識のうちに歯を食いしばっていたことに気がついた。

最近、原稿を何度も読み返しているときに、誤字脱字がないように集中しすぎてしまうせいか、グッと全身に力を込めてしまう。また、不安や緊張が走ったときに、体がこわばってしまう。とくに噛み締めるのが癖になっているのか、ここ数日顎のあたりが疲れやすいなあと感じた。

気をつけないと。

あ、でも、あれもこれも気になるな。やっておきたいな。と頭の中に刻み込んでいる「今日のタスク」を考えてそわそわしてしまう。

また緊張が走る。



朝井リョウさんの『どうしても生きてる』を読んだ。

現代を生きる男女を描いた、6つの短編で構成されている作品である。

・祐布子が唯一安心感を得られるのは、死亡者のSNSアカウントを特定できた時だ。『健やかな論理』

・妻の妊娠を口実に夢を諦め、仕事に邁進する豊川。だが仕事に誇りを見出せず。『流転』

・派遣、契約、正社員、アルバイト。依里子はまず人の雇用形態を想像してしまう。『七分二十四秒目へ』

・異動後、痩せていく夫への心配と苛立ちを等分に抱えた由布子は、突如覚醒して。『風が吹いたとて』

・良大は妻の収入が自分のそれを上回った瞬間、妻に対しては勃起できなくなった。『そんなの痛いに決まってる』

・みのりはある夜夫と喧嘩になった。原因は、胎児の出生前診断をめぐる意見の相違。『籤』

引用:https://www.gentosha.co.jp/book/b12683.html

デビュー作『桐島、部活やめるってよ』から、ずっと朝井リョウさんのファンである。

現代人がなんとなく心に思っていて、でも公にしていない感情を、ぐいっと見せてくれる作風が、怖いけれど大好きだ。

ーーデビューから10年 。進化し続ける著者の最高到達点

そう謳われている『どうしても生きてる』を手に取ったとき、一体どんな世界が見られるんだろうかと、ワクワクとちょっとした怖さを感じながらページをめくった。

1つ、また1つと読み進めていくうちに、胸が、心が、えぐられる。

生きづらさを感じている人、こんなはずじゃなかった人生を歩む人、今あるカードで生きていくしかない人、本当は弱音を吐き出したい人。

そんな、現代人が抱えていそうなリアルをこれでもかと見せてくれる。

登場人物はみんな別世界の人たちばかりなはずなのに、なぜかどれも「これは私のことかもしれない」と感じてしまった。

自分と重ね合わせて、なんだか泣きたくなってしまう。本当は見たくなかった世界。見て見ぬふりをしていた世界。見たらきっと、私はどろりとした感情で溢れかえってしまいそう。苦しい。もうやめてくれ。でも読みたい、知りたい。この感情を抱いた先にどんな光があるのか見てみたい。

そんな気持ちがぐるぐると駆け巡り、読み終わったころには、ぼうっとしてしまった。

すんなりと日常生活に切り替えられないというか。フィクションなはずなのに、どれもすぐそこで起こっているように感じるというか。

登場人物たちの描写が、グサグサと胸に刺さり、この痛みにゆっくりと思いを馳せたくなった。

「羨望や嫉妬はいつだって、そうなれたかもしれない自分を打ち消すための毒ガスだ」(「流転」より)
「心のままに泣いても喚いても叫んでも驚かない人がひとりでもいれば、人は生きていけるのかもしれない」(「そんなの痛いに決まってる」より)
「なぜ、吐露した側はそこで悦に入ることができるのだろう。こんなにも醜い部分を曝け出せたという点を、自分の強さ、誠実さだと変換して勘違いできるのはどうしてだろう」(「籤」より)

『どうしても生きてる』は、朝井リョウさんの作品の中でも結構重めな作品だと思う。

覚悟して読んでね、とクッションをつけたくなるのだが、「読んでよかったな」という気持ちになる不思議。

胸がえぐられ、どうしようもない、やるせない、現代に生きるリアルさを感じるんだけど、でも、この感情を教えてくれてありがとうと言いたくなる。生きていこうという力をくれる。



本当は、みんな泣きたいし、弱音や怒りを吐き出したいし、“何か”を壊したい。

大人になればなるほど、それは逸脱した行為に思われてしまうから、ぐっとこらえて今日も笑顔を作っている。

なんともないように。メンタルが安定しているように。ポジティブであるように。

「大人だから」のルールに、どんどん“本当の気持ち”をぶちまけられない人もいるのではないだろうか。

「心のままに泣いても喚いても叫んでも驚かない人がひとりでもいれば、人は生きていけるのかもしれない」(「そんなの痛いに決まってる」より)

誰かひとり、誰でもいいからひとり。大人のルールから解放してくれる人がいたらいいよね。そんな人や、場所を、見つけられるようにしていきたいよね。

みんな、みんな、頑張っているから。



マッサージをしていると顎の違和感がだいぶ和らいで、ふうと息を吐く。

いろんな要素の影響で、本当は弱音を吐きたかったんだと気づく。

ぐっと力を入れてしまうのは、緊張が続いているせいかもなと思った。この緊張をいい具合に減らせる方法をこれから考えていかないと。きっと私に必要なことだと思うから。

今日も頑張った私に、そっと自分で拍手を贈る。

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