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61年目が大事だ。ブルワリーを起点とする、ホップ生産地・遠野の次なる挑戦。

国内随一のホップの生産地・岩手県遠野市で、日本産ホップの再興に取り組んでいる株式会社BrewGoodの田村です。

昨年、遠野市でホップの栽培が始まって60周年を迎えました。この節目の年を、関係者やファンの皆さんと共にお祝いできたことは本当に嬉しかったです。記念ポスターや記念冊子の制作、4年ぶりの遠野ホップ収穫祭や記念式典の開催、新規就農者の募集など、盛りだくさんの1年でした。

60周年を迎えた私たちが発信したメッセージは「今年も、これからも、挑戦は続く」です。改めて、60周年記念ポスターに書いた言葉を掲載します。

今年も、これからも、挑戦はつづく。
岩手県遠野市でのホップ栽培は、1963年から始まった。当時は、ビールが貴重だった時代。ビールの消費量が増えていく未来を見据え、希望を持った農家がホップ栽培に参入した。それから60年。台風の被害や病虫害への対応など、さまざまな困難の連続を乗り越えて、今がある。生産者の減少という危機はまだ終わっていないけれど、私たちには明るい未来が見え始めている。それは、どんなときも課題から目をそらさずに向き合ってきたから。多くの仲間もできた。諦めず、仲間と共に挑戦を続けることが私たちの強みだ。だから、次の10年、その先を目指し、これからも挑戦していく。日本のホップ産業を変えるために。

このメッセージ通り、自分たちの強みを再認識し、ホップを再び地域の産業として育てていく決意を新たにした1年でした。60周年の企画全般をプロデュースしていた立場から見えたのは、農家、行政、企業、民間事業者などの関係者の結束力が高まった様子でした。新たな挑戦に向けての土台が固まったことが一番の成果だと思っています。

61年目が大事だ。

これは関係者の一人が、今年に入って語った言葉です。60周年を迎えたことをお祝いだけで終わらせず、新たな決意や結束力を持って、61年目にどんなアクションを起こせるのかが、さらに10年後の未来を左右すると考えています。

私たちのプロジェクトは、多くの関係者の努力と挑戦によって成り立っています。誰か一人ではなく、皆が思いを持って取り組んでいます。

昨年は天候の影響で残念ながら不作となってしまいましたが、昨年の課題を振り返り、今年は収穫量を増やせるように農家の皆さんは互いに助け合いながら栽培に取り組んでいます。

作業が遅れてしまった畑をみんなでサポート

4月からは新しく4名の仲間がホップ栽培に加わってくれています。彼らも私たちのビジョンに共感し、日本産ホップを盛り上げるために移住して挑戦を始めています。行政や企業も、民間事業者も、自分たちの持ち場で何ができるかを考え、行動に移してくれています。

4月に着任した4名の研修生

プロジェクト全体をプロデュースする株式会社BrewGoodや私の61年目の挑戦は、遠野市に新しいブルワリーを立ち上げることです。そして、そのブルワリーによって、日本産ホップの未来を変えたいと考えています。

現在、遠野市にはズモナビール(上閉伊酒造)と遠野醸造の2つのブルワリーがあり、私たちが準備しているのは3つ目となります。 私は2016年に遠野市に移住した後、ホップに魅せられ、2017年に仲間と遠野醸造を立ち上げました。現在も遠野醸造の役員ではありますが、今回の新しいブルワリーは株式会社BrewGoodで準備を進めています。

新しいブルワリーの立ち上げは数年前から計画していましたが、昨年末頃から物件や資金調達の方向性が決まり、現在、計画は具体的に進んでいます。現在のステータスとしては、資金調達の目処がたち、物件改修工事の計画、醸造設備の選定を進めている状況です。年末から今まで、事業計画の策定や資金調達、その他さまざまな調整に仲間と奔走しています。

新しいブルワリーがどんなビールを製造するのか、ブランドの概要、遠野市の既存のブルワリーとの違いについてはもう少し後で公開したいと思います。今回は、「なぜ新しいブルワリーを立ち上げるのか」「新しいブルワリーによって何をしたいのか」を書きます。既に遠野市に2つのブルワリーがあり、さらに自分自身も1つのブルワリーの経営者である状況のため、よく聞かれる質問です。

遠野産ホップ・日本産ホップの現状

まず、遠野産ホップの現状から説明します。私のnoteでは何度も紹介していますが、遠野市のホップは、栽培面積、栽培量ともにピーク時から大きく減少しています。これは遠野市に限ったことではなく、全国的に同じ状況です。国内の耕作者数は100名を割っています。ちなみに、全国ホップ連合会の令和5年版資料によると、国内で大手ビールメーカーの契約栽培を行っている市町村は全部で17箇所あり、そのうち11箇所は耕作者数が5名以下です。数年以内に耕作者がいなくなる可能性がある市町村も多い状況です。

日本産ホップ全体が衰退している理由、その構造的な課題については、2020年に下記のnoteにまとめました。

当時から状況も変わっている部分はありますが、以下が課題を要約したものです。

  • 耕作者が減った結果、農地が点在し、作業が非効率である。

  • ホップの乾燥に使用する施設や機械が老朽化。故障によって栽培ができなくなるリスクが高まっている。また、施設や機械の修繕費増加と耕作者数の減少により、一人あたりの負担が増えている。

  • 生産地の衰退は新規就農者を増やすだけでは解決できず、栽培・経営モデルからの見直しが必要。

他にも、資材の高騰、繁忙期の人員不足、耕作者数が減ることによる生産組合の維持の難しさなど、課題をあげればきりがありません。

遠野市ではこれまで、上記の課題に向き合い、解決に向けて進めてきました。もちろん全て順調に解決できたわけではありませんが、関係者の努力によって、少しずつ進捗しています。

具体的には、以下の内容です。

  • ふるさと納税の制度を活用して課題解決に必要な資金を集めている(令和元年〜5年で集めた寄付金による財源は約7500万)

  • 寄付金を乾燥施設の改修工事や、農繁期の人手不足解消、生産量アップに向けた補助制度の立ち上げに活用

昨年には、長年の課題であった乾燥センターの大規模改修工事(第1期)に着手することができました。日本のホップ栽培において、乾燥施設が最大のボトルネックになりかねない状況を考えると、大きな一歩でした。あと3回の大規模な工事が必要であり、これからも寄付金を集める必要がありますが、全ての工事が完了すると、持続可能なホップ栽培の実現にまた一歩近づきます。

また、数年前に研修を開始した若手が、本人の努力や先輩農家のサポートによって、ホップ農家として独立できるケースが出てきました。新規就農者のホップ生産量は遠野市のホップ生産量の3分の1以上を占めるまでになっています。さらに今年の春から新しい研修生も加わり、栽培現場は活気づいています。

新しいブルワリーによって何をしたいのか

紆余曲折あり、時間もかかりましたが、ようやく明るい兆しが見えてきました。収益構造の改善、栽培環境の整備などは引き続き進めていますが、現在の取り組みの延長線で本当に持続可能なホップ栽培は実現できるのか?を考えなくてはなりません。そして、5年先、10年先を見据えて、これから課題になりそうなことに対して先回りをしてアクションを起こすのが、プロデューサーである私や株式会社BrewGoodの役目です。

少し先の未来を見据え、私たちがこれから取り組みたいことは以下の3つです

  1. 新規就農者の継続的な採用と定着のために仕事の魅力を高める

  2. 法人によるホップ畑への投資

  3. ホップの付加価値を上げる研究によって非連続な成長を生み出す

これらを実現しようとした時、新しいブルワリーの存在が必要だと強く感じたことが、立ち上げを具体的に進めようとしたきっかけでもあります。

順番に説明します。

1.新規就農者の継続的な採用と定着のために仕事の魅力を高める

地方で新規就農者を集めるのは簡単なことではありません。地域の担い手が不足すると、外からの移住者を誘致する必要がありますが、「移住」と「就農」の2つのハードルを超えるのは難しいことです。また、「ホップ」という農作物の認知度も低く、日本でホップ栽培を行っていることを知らない人も多い状況です。

私たちは「ホップ農家」のブランディングも進めており、少しずつ新規就農の希望者は増えています。ただし、現在進行中の衰退を止め、生産量を増やしていくためには、継続的により多くの採用ができる状態をつくらなければなりません。毎年1人採用することと、5人採用するのでは、ホップ産業の再興に向けたスピードは大きく変わります。

そして、忘れてはいけないのが採用だけでなく定着です。新規就農者にとって、ホップ農家という仕事が面白くなり、モチベーション高く栽培を続けられるようにしたいと考えています。もちろん、収益構造の改善など、安定した収入が得られるようにするのがベースの取り組みとしては大切で、現在も仕組みとしての改善活動を進めています。それに加え、新規就農者がやりがいを持って栽培ができる環境を整えることも、採用や定着率を考える上で大切だと思っています。

ブランディングの表現や見せ方だけではなく、実態としてもより魅力的な仕事にしたいのです。

新しいブルワリーでは、ホップ農家がビール造りに関われるような環境を整えます。遠野市は、ホップ栽培地であるので、元々醸造家とホップ農家が近い関係にありますが、もっとホップ農家が醸造側に踏み込めるようにしたいと考えています。現在はそのような場所が遠野市には無いので、新しく作りたいのです。

ホップ農家、醸造家、研究者が交わる新しい醸造所のイメージ

新しいブルワリーに設置する小規模の醸造設備を活用したり、BrewGood社が行っているホップの研究にも参画できるようにします。そうすることで、「ビール造りにも関わるホップ農家」という仕事に変わり、魅力が高まると思っています。それは、今後の新規就農者の採用数増加や定着率の向上にも繋がっていくはずです。そして、農家と醸造の距離が近づくことによって、生産現場へのフィードバックも生まれ、ホップの品質向上にも影響があると考えています。

2.法人によるホップ畑への投資

新規就農者が増えていくと、次は新しいホップ畑の整備が必要です。これまでの新規就農者は辞める畑を引き継ぐモデルでしたが、新規就農者が多く増えていく未来を考えると、ホップ畑が不足してしまいます。また、課題の一つである「農地が点在して非効率」を解決するためには、ある程度の広さで集約して整備することが望まれます。現在、行政と連携しながら、ホップ畑を新設する場所の選定を始めていますが、建設費用の問題があります。ホップ栽培には5mの高さの専用の棚を建設しなければなりません。

ホップ栽培に必要な専用の棚

現在、ふるさと納税による寄付金を活用して棚の建設費用の一部を補助する制度を立ち上げており、既存農家が畑の拡張に活用する予定です。これは新規就農者も活用できる制度ではありますが、研修後にいきなり広大な畑を多額の投資によって新設することは誰もができることではありません。遠野市に現存するホップ畑のほとんどは、1970年代後半の栽培が急拡大していた時期に国や県の補助事業で一斉に整備されたものです。耕作者の減少が続いている現時点においては、昔のように補助事業で広く整備することの難易度も高い状況です。

ホップ畑が整備できたら、新規就農者の採用や独立に向けた支援にも良い影響があるはずです。「ホップ畑をどのように整備して広げていくのか」は、次の大きなテーマであり、産地として再興できるかの分岐点にもなると思っています。現在も関係者で議論を進めており、様々な方法を模索していますが、BrewGoodとしてもアクションを起こしたいと思っています。

その案が、私たち自身が法人として、ホップ畑に投資して整備を行い、若手農家に貸し出す仕組みをつくることです。ブルワリーの立ち上げによってビール事業に参入し、そこで得た利益をホップ栽培に投資をしていくということです。ビール事業で利益を出し続けることは、簡単な話ではありません。それを分かった上でも、私たちの役目として、このテーマに挑戦をしなければならないと思っています。

また、その先には、法人としても少しずつホップ栽培にも参入できないかと考えています。設備投資や資金調達の面では、個人ではなく法人だからできることもあります。日本産ホップを守るプレイヤーとして直接的に農業に関与したいのです。新規就農者などを支援する役割を担いながら、栽培量を増やすことにも直接的に貢献する計画を立てています。

3.ホップの付加価値を上げる研究によって非連続な成長を生み出す

1と2の取り組みは、衰退を止め、栽培量を増やすことに直結した取り組みでした。一方、この研究の話は非連続な成長を生み出すための取り組みです。ホップの研究には、その可能性があると考えています。

私たちはこれまでに元大手ビールメーカーの研究者である村上博士と共に、新品種ホップの開発に取り組んできました。詳しくは以下のnoteにまとめています。

現時点で2つの新品種を所有していますが、交配と選抜も継続して進めていますので、数年以内にはまた新しい品種も誕生する予定です。

また、まだ詳細を一般に公開できないのですが、「ホップの加工技術」に関する研究開発も進めています。収穫後のホップに特殊な加工を施し、ホップが本来持っている香りを従来の加工方法よりも引き出すことができる技術です。

これらの新品種ホップや加工用の海外品種ホップは、大手ビールメーカーの契約栽培外として、弊社で試験的に委託栽培を行っており、今年から栽培面積も拡大しています。新しいブルワリーで醸造するビールに積極的に活用するためです。新しいホップでどんなビールを造ろうとしているかはまた別途まとめたいと思います。

例えば、「世界に誇れる新品種ホップ」や「世界初となる加工技術」を生み出せたら、今まで想像できなかったようなPR、関係者の増加、資金の調達ができるようになるかもしれません。そして、それは日本産ホップの再興に向けた重要なピースになる可能性もあります。小さな企業ではできることは限られますが、村上博士や仲間と共に研究を続けながら、その可能性に賭けています。

これらの研究を進めるうえで欠かせないのが「試験的な醸造ができるインフラ」の整備です。研究所の役割を担う場所としても、新しいブルワリーが必要なのです。

以上が、私たちが日本産ホップの少し先の未来に対して、新しいブルワリーを通じて実現したいことであり、大事な61年目の挑戦内容です。

新しいブルワリーができることで、その場所が新しい観光の目的地になり、地域の観光振興にも繋がります。遠野で実施しているビアツーリズムのコンテンツに組み込んだり、地域の飲食店や民宿が気軽にオリジナルビールを醸造できるようにしたり、やりたいことはたくさんあります。ホップ農業の課題解決だけでなく、地域の課題解決にも繋がるブルワリーとしての構想を進めています。

ここまで書きましたが、自分自身でも本当にできるか不安な部分もあります。無謀な挑戦かもしれませんが、挑戦しないと始まりません。遠野ホップ栽培60周年を仲間と共に過ごし、未来を語り合ったことで、私自身も日本産ホップ再興に向けた思いが強くなりました。1億円以上の資金調達を行い、リスクを取りながら、挑戦したいと思っています。

最後に。遠野での活動が中心にも関わらず、「日本産ホップの未来」と主語を大きくしているのは、私たちの挑戦が他の産地にも良い影響を及ぼすことができると思っているからです。私たちの挑戦による成功も、失敗も、日本産ホップ全体の再興に向けた一つの道筋になるはずです。

JOIN US!!

私たちの日本産ホップの未来に向けた挑戦に興味を持っていただける方がいれば、一緒に遠野で働きませんか?

様々なプロジェクトが同時進行で動いており、正直に言うと人が足りていません!新しい仲間が増えることで、ここにまとめたビジョンの実現可能性が高まります。あなたも、日本産ホップの未来を変える一人になりませんか?現在、以下のポジションで仲間を募集しています。

◆醸造担当者

ホップ博士の村上氏や、現在醸造を学んでいるホップ農家(神山拓郎さん)と共に新しいブルワリーで醸造を担当するポジションです。募集概要は下記のビアQに掲載しています。

◆農業と地域のプロデューサー

プロデューサーとして活動している私と共に、ブルワリーの立ち上げだけでなく、様々なプロジェクトを推進するポジションです。プロデューサーという仕事は分かりづらいのですが、このnoteにまとめたようなビジョンを描いて旗を振り、ゴールまでのプロセスを組み立て、多くの関係者を巻き込んで調整をして、成果を最大化することがミッションです。そのために、栽培現場の課題解決に向けたプランニングや、地域のブランディング、官民連携組織の運営、観光施策と連動したツアーやイベントの企画など、多岐にわたって活動を行います。 とても大変な役割ではありますが、描いたビジョンが実現していく様子を最前線で感じられる経験は刺激的です。

応募方法は以下の記事にまとめています。少しでも興味がある方はまず仮エントリーをお願いします。希望者にはBrewGoodの活動を個別に紹介する面談も実施可能です。

10/7 追記 2024年度の農業と地域プロデューサーの募集は終了しました。

◆次世代ホップ農家

遠野市では今年もホップ農家を募集しています。私たちのプロジェクトは、農家がいないと始まりません。研修体制も充実していますので、農業の現場で活動してみたい方はぜひご検討ください。

応募方法は以下の記事にまとめています。少しでも興味がある方はまず仮エントリーをお願いします。

10/7 追記 2024年度の農業と地域プロデューサーの募集は終了しました。

◆観光まちづくり(DMO)人材

遠野市では観光推進基本計画の中で、他地域より優位性があり、遠野を知る入口となるエントリーテーマを「カッパ(妖怪)」「ホップ・ビール」に定めました。観光という側面から、日本産ホップの再興や、地域全体の観光振興に取り組む人材を募集しています。詳細は、下記ページの④観光まちづくり(DMO)プロジェクトの欄をご確認ください。

ご応募お待ちしております!

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今年も遠野ホップ収穫祭が8月24日(土)・25日(日)に開催されます。ホップ生産地・遠野の盛り上がりを感じてみませんか。昨年の様子は以下の記事にまとめています。

今年のイベントの詳細は決定次第、以下の公式アカウントで告知しますので、フォローをお願いします!

遠野ホップ収穫祭公式SNSアカウント
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◎書いた人◎

田村淳一
株式会社BrewGood 代表取締役
株式会社遠野醸造 取締役
観光マネジメントボード遠野 副会長
遠野ホップ収穫祭実行委員長
岩手クラフトビールアソシエーション 幹事

2016年にリクルートを辞めて遠野に移住し、遠野醸造というマイクロブルワリーと、BrewGoodという会社を経営しています。BrewGoodでは遠野を拠点にホップとビールによる新しい産業づくりに挑戦中。

twitter : https://twitter.com/tam_jun    
CONTACT:https://japanhopcountry.com/contact/

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