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モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”─歴史、科学、エンタメの交差点

「クローゼットの向こうには、コワいモンスターがいる」。
そう怯えた夜が誰にでもあるはずだ。

2001年、ピクサー映画『モンスターズ・インク』は、子供たちのほんの些細な恐怖を94分の壮大な冒険譚に仕立て上げた。
モンスターの暮らす街「モンスター・シティ」は、慢性的な電力不足に陥っている。ドアを使って人間の子供部屋に忍び込み、悲鳴を集める事でエネルギーとする会社「モンスターズ・インク」には、その問題を解決する重大な鍵が隠されているのだ。
そして、このモンスターズ社の成績優良社員であったサリーとマイクのコンビに脅かされ、そして恋したのは子供たちだけではなかったはずだ。

2009年、東京ディズニーランドにオープンしたアトラクション「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」。子供から大人まで楽しめるアトラクションでありながら、世界のディズニーパークの夢を受け継いだ記念碑的なアトラクションであることは、あまり知られていない事実である。

私はモンスターズ・インク!

モンスターズ・インクには輝く未来があります! 我が社にお任せください! 車の燃料も、ご家庭の暖房も、街の照明も──
「私はモンスターズ・インク!」
子供にぴったりなモンスターを選び、ハイグレードな悲鳴を原料に、クリーンでパワフルなエネルギーを作ります。スイッチをひねればすぐそこに。それが、モンスターズ・インクです。
「私はモンスターズ・インク!」
最近の子供は、映画やゲームなどの影響で脅かすのが難しくなっています。
「もちろん我が社では対策として、実力者を揃え、改善を重ね、新技術を研究しています」
「明るい未来は、私たちが作ります! 私たちはモンスターズ・インク!」
エム・アイ モンスターズ・インク 真心こめて脅かします

モンスターズ・インクはかつて、人間の悲鳴をエネルギーに変えていた。しかし、子供たちがモンスターを怖がるように、モンスターもまた人間を、触れてはいけない存在として怖がっていたのだ。
映画『モンスターズ・インク』で、サリーとマイクは人間の少女ブーをモンスター・シティへと迷い込ませてしまう。そこで二人が発見したのは、人間は安全であり、笑い声は悲鳴の10倍のエネルギーがあるということ。
モンスターズ・インクは“We Scare Because We Care”「真心こめて脅かします」の標語を撤回し、“It's Laughter We're After”「笑いは未来だ」へと変更。サリーが社長となって、人々を笑わせることでエネルギー会社として躍進している。

サリーは、初め怖がっていたブーと愛情を育んだが、ブーの部屋と繋がるドアを破壊されてしまった。その後、マイクの計らいでもう一度その戸を叩くことが叶った彼は、モンスター・シティにブーを招待してかくれんぼゲームを開催する。
それだけではなく、人間をモンスター・シティに招待していっしょに楽しむことを思いついたのだった。“Ride & Go Seek!”「ライド&ゴー・シーク!」とは、英語のHide & Seek「かくれんぼ」をもじったもの。私たちは、モンスターズ・インクやモンスター・シティの中をトラムに乗って駆け巡り、隠れているモンスターを探し出す。

ディズニーランドの万物を包含す

さて、「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」がオープンしたのは、2009年。この10年後の2020年には「美女と野獣 魔法のものがたり」がオープンすることになり、一方、2000年には「プーさんのハニーハント」がオープンしている。
もちろん、その間にも数多くのアトラクションがオープンしており、それぞれが時代の転轍点を生み出してきた。しかし、こうした大型アトラクションの登場が、手前10年をしめくくり、向こう10年を予想するのは常である。

そんな中にあって、モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”が持ち合わせるありとあらゆる特徴は、ディズニーランドの歴史正にそのものである。

ダークライド

ディズニーランドのアトラクションの歴史は、「ピーターパン空の旅」や「白雪姫の冒険」から始まる。これらは、ディズニーの映画を現実世界に描き起こした「ダークライド」と呼ばれるものである。

ダークライドは、ディズニーランドが生まれた環境そのものを象徴しているとすら言える。
ウォルトはディズニーランドを単なる遊園地ではなく、特定のテーマに基づいて整備された「テーマパーク」であると標榜していた。それは、これまでに存在した遊園地と全く様相の異なるものであり、夢物語であった。会社内外から理解の得られなかったこのプロジェクトは、厳密な意味でウォルトのプロジェクトであったと言われている。ディズニーランドにはディズニー映画の世界を立体にしたものをと考えていた彼だが、ウォルト・ディズニー・アニメーションの社員を使うことができなかったのである。
そこで彼は、アニメーションの背景や立体模型を作るチームから何人かを引き抜き、WEDというウォルト・イライアス・ディズニーという彼の本名からとったチームに引き入れた。

そこで彼らが考えたのが、ダークライドであった。
ダークライドとは、暗い通路にトロッコを通して、ブラックライトであちらこちらを照らし出すことで映画の名シーンを浮かび上がらせる乗り物である。そう、実際に「暗い」から「ダーク」ライドなのである。これにより、アニメーションを三次元に起こした際の違和感を極力抑えてシーンを紹介してみせるというものなのである。
このアニメーションの違和感といえば、漫画『鉄腕アトム』の主人公であるアトムは紹介するまでもないだろう。彼の髪型では、額の上あたりと首のあたりに小さなツノがある。これは、どの向きで描いてもこの位置にくるようになっていて、それは言い換えると立体的なフィギュアが作れないということである。どのように造形しても、見方によっては、必ずツノのない瞬間が現れてしまう。

オムニムーバー

この「ダークライド」というライドシステムは、次第に乗り物の形を変化させることで、多様な演出を実現するようになる。そして、全く対照的な二つのライドシステムに発展する。

そのうちのひとつが、オムニムーバーであろう。

東京ディズニーランドのオムニムーバーとしては、「ホーンテッドマンション」と「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」がある。これらのアトラクションでは、ゲストはベルトコンベアの上に設置されたライドに乗り込み、等速に進みながらアトラクションを楽しむ。日本にいれば、丁度「回転寿司」を想像すれば正にぴったりだ。我々は、回転寿司の寿司皿となって、建屋の中を一周しながらストーリーを巡る。

「白雪姫の冒険」のような初期のダークライドでは、ライドはレールの上を真っ直ぐに進んでいく。そのため、ゲストの視線は常に進行方向に固定されており、カーブの正面に注目させたいものを置くことで物語を演出していた。それは言い換えれば、ゲストの視線を進行方向の左右に振り分けるのは至難であることを意味していた。
しかし、オムニムーバーは、ベルトコンベア上にライドが設置されているので、それぞれのライドは独立してその場で回転できる。そのため、ライドは進行方向の右側、左側、はたまた後ろ側を向いて進むことができる。
例えば、「ホーンテッドマンション」のドゥームバギーは卵型になっていて、ゲストは繭に包まれるような乗り心地だ。これは、常に視線が正面に向くような形状である。そして、ゲストに見せたい方向へライドを回転させることによって、自在な視線誘導を実現している。特に「ホーンテッドマンション」は、ゲストの目線の位置を利用した視覚効果によって恐怖の館を演出しているため、この視線の制限は肝要になっている。

「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」のセキュリティ・トラムは、それぞれのキャラクターの方向に回転したりする。また、ライドには頭よりも高い壁がデザインされており、天井にも屋根が設置されているため、ゲストを見せたい方向に仕向けることができるのだ。こうした「視線を誘導して自在にシーンを演出する」という特徴は、オムニムーバーに近しいものであると言える。

ボートライド

オムニムーバーとは対照的なのが、「ホーンテッドマンション」と同時代にオープンした「イッツ・ア・スモールワールド」や「カリブの海賊」だ。これらはボートライドと呼ばれ、水の上にボートを浮かべ、水流で推進力を与えることで水路を進行させ、物語を体験させる。

さて、ボートライドがオムニムーバーと対照的なのは、オムニムーバーが「視線を誘導して自在にシーンを演出する」ライドであるならば、ボートライドは「環境の中でシーンを体感させる」ライドであるということだ。

「カリブの海賊」の逸話として、こんなものがある。
イマジニアたちは、海賊たちのセリフを考える中で、彼らの言葉をゲストがすべて聞き取れるか心配した。しかし、そこでウォルト・ディズニーが言うことには、「ゲストは全ての言葉を聞き取る必要がない。パーティでの会話のように、その断片があちらこちらから聞こえてくるだけでいいのだ」。そのお陰で、ゲストはボートに乗るたびに何度も新たな発見をすることになる。

このことは、ボートライドという形式にぴったりであった。

第一に、ボートライドはオムニムーバーと異なって、一隻のボートに多くのゲストが乗る。そのため、視線は360度どこにでも散逸し、特定の方向に注目させるのは難しい。そのため、ゲストはそこかしこから海賊たちの声を聴くことになる。
第二に、ボートライドは進む速度を制御するのが難しい。オムニムーバーでは等速であることがわかっているが、ボートライドは水中から水流を放出して推進させているため、その速度は完全に自然に任せている。また、ゲストが一切乗っていないボートと満員のボートでも、スピード感は異なってくる。そのため、「カリブの海賊」や「イッツ・ア・スモールワールド」では、象徴的なテーマソングが流れる中をくぐり抜けていく、彼の言葉を引用すればパーティスタイルのアトラクションとなっているのだ。

「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」でも、その様子は見ることができる。各モンスターは、ゲストがフラッシュライトを当てることで反応する。しかし、彼らは直接ストーリーラインに関わっているわけではない。それに、フラッシュライトを当てるのに夢中になっているゲストは、その反応を逐一見届けるわけではなく、次のモンスターに向かって行ってしまうこともあるだろう。逆に、他のゲストがライトを当てたモンスターの声を聞くこともある。彼らの声は、モンスターズ・インクやモンスター・シティの雑踏として、(カリブの海賊がパーティーでの会話のようだと言われたのと全く同じように)断片的な情報として耳に入ってくるのだ。
では、メインでストーリーを進めるサリー、マイク、ランドールという三人のキャラクターの物語はどうだろう。彼らの物語は、それぞれ交わりながらも個別に進んでいく。彼らは集団で行動しているわけではなく、モンスターズ・インクやモンスター・シティの中をかわるがわる移動しているのである。それによって、我々はそれぞれの台詞をはっきりと聞き取ることよりも、それぞれのキャラクターを視覚的に意識するに留まっている。

トラックレス攻勢

2000年、東京ディズニーランドの新時代を象徴する形で「プーさんのハニーハント」がオープンする。これは色々な意味で既存のアトラクションの常識を打ち破ったが、そのうちの最も明らかなものとして、「トラックレス」という概念を打ち立てたことがある。

従来のダークライドは、床面に線路を引いてその上を乗り物が進んでいく方式だった。しかし、「プーさんのハニーハント」では、乗り物は線路を必要としない。床面を滑るように移動し、位置情報を使って動きを制御している。これは後に、2001年にアクアトピアが登場した際も導入された(ただし両者の仕組みは全く違う)。

このトラックレスは、オムニムーバーともボートライドとも全く異なる性質がある。それは、全てのライドが一直線に並ぶ作りにないため、任意のライドを個別に停止できるということだ。「プーさんのハニーハント」では、各部屋の数カ所でライドが停止・回転しながら、それぞれのシーンを見せることに成功している。一方で、それぞれのライドは一直線上にないから、別の動きをすることが可能である。その影響で、他のライドの様子を断片的に視認することにより一部ではパーティスタイルの演出も可能になっている。
「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」は、そうしたトラックレスの最大の利点である「ライドの停止」を、ダークライドに取り戻す戦いだっと言って良いだろう。

上述の通り、「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」は、それぞれのシーンを演出するために、ライドを回転させて視線誘導を行なっている。それは、オムニムーバーに見られる演出方法ではあるのだが、このライドの欠点として、ライドが進むのを止められないというのがある。ライドはすべてベルトコンベアの上に乗っているから、全てのライドを停止させるか、進行させるかしかない。そして同時に、「プーさんのハニーハント」では目立たなかったボートライド的なパーティスタイルの演出も、遺憾無く発揮している。

そして、物語ははじまりへ──

「白雪姫の冒険」をはじめとして、ディズニーランドの初期型のアトラクションは、レールの上をトロッコで走るダークライドであった。それから、ダークライドを逸脱した様々な最新技術が開発されてきた。ライドの向きを自在に変化させることで視線誘導を行う「オムニムーバー」と会話の断片が興味を惹く演出になると主張した「ボートライド」はある意味で対極にある。更にそこで登場した「トラックレス」は、ライドの動きや停止・発進を自在に操ることができる自由度の高いものになった。

そんな中で、「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」は、「オムニムーバー」と「ボートライド」の中庸を取った全く新しい「トラックレス」の演出方法を、ダークライドというあまりにも古典的で原典的なライドの中に取り込むことに成功したと言ってよい。
2020年、「美女と野獣 魔法のものがたり」では、再びトラックレスライドが採用されており、まるでトラックレスのように振る舞うダークライドというのは稀有なものになっている。

また、他にもディズニーランドには、ゲストが自ら操作可能な要素を導入したインタラクティブなライド、例えば「ロジャーラビットのカートゥーンスピン」や「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」があり、「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」はフラッシュライトの搭載でこれに応えている。
そして、オープンからわずか一年後の2010年、数多くのモンスターを追加した上でフラッシュライトかくれんぼをよりわかりやすいゲームにするための改善が行われており、常にアップデートを繰り返すディズニーランドの迅速な対応力も問われている。

松下幸之助の夢

数多くの人々を魅了してやまないディズニーランド。しかし、従来にはない規模と新しいスタイルのレジャー施設を日本に導入しようとしたとき、その先行きに対する不安や懸念の声も多く、当時テーマパークのプロジェクトを進めていた人々の前には、いくつもの壁が立ちはだかっていました。そのディズニーランドの建設に、早くから応援と参加を表明したのがパナソニックでした。
パナソニックの協賛を求めて訪れた人々に、パナソニック創業者である松下幸之助は、「大賛成だ。日本には、そのようなレジャー施設は必要です」と語りかけ、協力を約束しました。
プロジェクト協力の相談を受けた際、松下幸之助は日本初のプロジェクトのもとになったディズニーランドについて自身で調べ、ウォルト・ディズニーが思い描き、実現した深い精神的な要素が込められていたことに非常な興味と関心を覚えました。テーマパークの中に生きる企業としての経営理念に深く共鳴した彼はその成功を願い、支援と激励を寄せたのでした。
『スポンサー活動の歴史 - 東京ディズニーリゾート®35周年“Happiest Celebration” - 東京ディズニーリゾート®とパナソニックの“夢を語ろう” Dream the Dreams - Panasonic』より)

現在、東京ディズニーリゾートには、ハウス食品や花王、JCBなどといった数々の有名企業が名を連ねており、逆に、UNISYSや新菱冷熱工業といった、パークから窺い知る企業の存在もある。

そんな中、パナソニックの存在は非常な異彩を放っていると言えるだろう。パナソニックが東京ディズニーランドに尽力した歴史について追いかけながら、「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」のコンセプトを深めていきたい。

未来と世界を夢見て

「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」の前、この場所には「ミート・ザ・ワールド」というアトラクションが建設されていた。

このアトラクションは、1964年のニューヨーク万国博覧会において、上述の「イッツ・ア・スモールワールド」と共に展示されたアトラクション「カルーセル・オブ・プログレス」を下敷きにしている。
「カルーセル・オブ・プログレス」とは「進化の回転木馬」の意味。アメリカ合衆国の電気メーカーであるゼネラル・エレクトリックが、ニューヨーク万国博覧会に向けてウォルト・ディズニーに依頼したものである。電化製品の進化の歴史を巡りながら、明るい未来が待っている=“There's a great big beautiful tomorrow”と歌うアトラクションだ。

さて、上述の通りディズニーランドに関して独自に調査した松下幸之助は、東京ディズニーランドの立ち上げに関わるスポンサーとして、このアトラクションの翻案を目指した。松下「電器」の彼が、ゼネラル・エレクトリックのこのアトラクションに興味を持ったのは、必然だったと言えるかもしれない。

東京ディズニーランド®の開園とともにオープンした、パナソニック最初の提供アトラクション。すでにウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート(米国・フロリダ州)にあったアトラクションの内容を日本向けに新たに開発したもので、ゲストは世界の国々や人々との出会い、さらに、日本の歴史を楽しみながら学ぶことができました。ディズニー独自のオーディオアニマトロニクス※1により、歴史の変遷や登場人物の姿をリアルで迫力ある実写と立体アニメーションによる映像で観覧できました。
『スポンサー活動の歴史 - 東京ディズニーリゾート®35周年“Happiest Celebration” - 東京ディズニーリゾート®とパナソニックの“夢を語ろう” Dream the Dreams - Panasonic』より)

このアトラクションでは、ゲストは日本の歴史を巡る中で、遣唐使や文明開花の瞬間を目撃し、最後には“We meet the world with love”と歌い上げたのだ。

It's Laughter We're After!

「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」は、2002年にクローズした「ミート・ザ・ワールド」の跡地に2009年にオープンした。

「ミート・ザ・ワールド」が日本の歴史を学ぶアトラクションであったにも関わらず、「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」はピクサー映画を下敷きにした娯楽アトラクションである

と断罪することもできるかもしれない。否、実際にそう断罪したい気持ちがつのる人もいるであろう。

ウォルト・ディズニー自身は、ディズニーランドに「リンカーン大統領との偉大なひと時」や「ホール・オブ・プレジデンツ」などのアトラクションを導入していた。また、西部開拓時代のカリフォルニアを再現したフロンティアランドや、仏領時代の残り香に与るニュー・オーリンズを再現したニュー・オーリンズ・スクエア、ボストンやフィラデルフィアをイメージしたリバティ・スクエアなどのテーマエリアも生み出している。加えて、冷戦の時代にあって、アメリカ合衆国の未来への憧れを宇宙開発や原子力と結びつけ、トゥモローランドのテーマが形作られていった。
本noteでも繰り返し述べている通り、ディズニーランドはアメリカ合衆国の建国神話を肩代わりしている側面があり、アメリカ合衆国の文化そのものの博物館とも呼べる様相を呈している。松下幸之助が「ミート・ザ・ワールド」で目指したのは、そうした自国への誇りを持てるエンターテイメントではなかったのか?

それは、あながち間違いではないだろう。否、むしろ的確であろう。
では、パナソニックがモンスターズ・インクと提携するのは誤りだったのか? 「ミート・ザ・ワールド」のクローズは無駄だったのか?

私はそうは考えない。

ただ「日本に誇りを持って欲しかった」のであれば、他に方法はあったはずだ。事実、松下幸之助は晩年に松下政経塾を立ち上げ、政治家の育成にも手を入れている。

松下幸之助が「大賛成だ。日本には、そのようなレジャー施設は必要です」と言い切るのには、もっと大きな理由があるのではないか。

モンスターズ・インクは映画の世界の後で、人間の世界のあちこちとドアで繋がり、子供たちを笑わせるエネルギー会社として生まれ変わっている。そして、ゲストである我々はモンスターズ・インクの社屋に招かれて、モンスターたちと楽しい一夜を過ごす。
世界中の人々が集まって、笑顔で未来を思い描くこと。それは、「ミート・ザ・ワールド」が思い描いた未来そのものであろう。それこそ、「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」がパナソニックの名の下に開催される理由なのではなかろうか。

モンスターズ社と日本

ところで、モンスター・シティにはハリー・ハウゼンという日本食レストランがある。映画では物語の鍵となり、アトラクションでも中に入ることができる、言わずと知れた(?)高級レストランである。
偶然か必然か、日本のディズニーパークにやってきた「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」は、映画『モンスターズ・インク』と日本の関係を再認識させてくれる。

映画『モンスターズ・インク』では、サリーやマイクなどのモンスターは、人間は危険で有害だと信じていた。しかし、実際は安全であるということが発覚し、悲鳴からエネルギーを作ることを止め、人間を笑わせてくれるようになった。
それは、欧米列強と競り合った日本が、第二次世界大戦を経た後、「ミート・ザ・ワールド」で世界へ再び戸を開くと謳ったことと全く重なるのである。
「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」は、映画の後の世界である。その理由は他でもなく、ドアを通して世界とつながるモンスター・シティの存在が、「ミート・ザ・ワールド」宣言の後に世界と繋がった日本の姿と重なり合うからではなかろうか。

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Your laughter brightens our world! Thank you for visiting Monsters, Inc. Ride & Go Seek!
笑い声は世界を明るくします。また来てね!

Panasonic

明るい未来は、私たちが作ります!

このアトラクションの魅力的な部分は、他にも挙げれば列挙して苦労しないだろう。魅力的なキャラクター、併設の「モンスターズ・インク・カンパニーストア」、映画の施設の精巧な再現。こうした点については、山々の書きたい気持ちをぐっとこらえた。

「クローゼットの向こうには、コワいモンスターがいる」。

そんな子供の想像から始まった物語は、笑いとサイエンスを巻き込む壮大なエンターテイメント哲学の入り口となった。クローゼットの向こうにいるモンスターもまた、子供たちがどんな反応をするか怖がってみている。だが、お互いに顔を合わせてみれば、結局笑顔が一番だ。モンスターたちだって、子供たちを怖がらせたいわけじゃない。子供たちを笑顔にすることで、モンスターたちも笑顔になる。それはまるで、ゲストとディズニーパークの関係のようではないか。
エンターテイメントを通して偉大な歴史や未来への希望を抱かせようとし、ゲストの笑顔から新たな物語を生み出そうと精を出すウォルト・ディズニーの作り手としてのマインドが、このアトラクションには注ぎ込まれている。
そうして、モンスターズ・インクは世界と世界を繋いでくれる。そこに必要なのは笑顔と、たったひとつのきっかけである。例えば、ドアとか、アトラクションとか。

モンスターズ・インクは今や、笑いをエネルギーに変える会社である。彼らに改めてこう言われたら。誰が疑問を呈するであろうか。

「明るい未来は、私たちが作ります!」

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