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リストランテ・ディ・カナレットでディズニーシーを感じよう

東京ディズニーシーには、豪華でグレードの高いレストランが多数存在する。

しかし、「マゼランズ」をはじめとした最上級のレストランは、どうしても値段が高くなりがちだ。なんで、一食にチケット一枚分払わねばいかんのだ。おかしいじゃないか。そういう声があるのも、まあわかる。
500円のワゴンフード、1000円のピザ、1500円のセットメニューは物足りないけれど、5000円のコースはちょっとお高い。そんなあなたにおすすめなのが「リストランテ・ディ・カナレット」である。それだけではなく、おまけに東京ディズニーシーの様々な顔が一度に楽しめるからなんともお得だ。

本日は、リストランテ・ディ・カナレットを楽しむためのいくつかのポイントに触れ、東京ディズニーシーに欠かせないこのレストランのストーリーに迫っていきたい。

リストランテ・ディ・カナレット

まるで貴族の邸宅のようなイタリアンレストラン

運河沿いにある趣のあるレストランで、窯焼きピッツァやパスタをワインやビールとともにお楽しみください。お店の名前はヴェネツィアの風景を描いた画家カナレットにちなんだもので、繊細な彼の作品が店内の壁を美しく彩ります。

【公式】リストランテ・ディ・カナレット|東京ディズニーシー|東京ディズニーリゾート

パラッツォ・カナルって何?

ジョヴァンニ・アントニオ・カナルは、ヴェドゥータと呼ばれる風景画を描いて名を馳せた18世紀の画家で、父親のカナルと区別するために“カナレット”という愛称で呼ばれていたそう。カナルはイタリア語で「運河」と同じ単語で、カナレットは「小運河」を意味しています。運河に囲まれた「リストランテ・ディ・カナレット」にぴったりの名前だと思いませんか?

【公式】小さな運河で楽しむ、こだわりの食の旅|東京ディズニーリゾート・ブログ | 東京ディズニーリゾート

「リストランテ・ディ・カナレット」と聞くと、ディズニーファンの読者諸氏の頭の中には「パラッツォ・カナル」の名が浮かぶのではなかろうか。
イタリア語においては、語尾に-ettoをつけることで、小ささを表現することがある。画家の「カナル」と、運河を意味する「カナル」……それぞれ-ettoがついて、前者は小カナル(息子のカナル)、後者は「小運河」と解釈できるというわけである。

“宮殿の運河”を意味するここ「パラッツォ・カナル」には、いくつもの橋がかかっています。

【公式】小さな運河で楽しむ、こだわりの食の旅|東京ディズニーリゾート・ブログ | 東京ディズニーリゾート

さて、「パラッツォ・カナル」は「宮殿の運河」を意味するエリアである。先ほど見た通り「カナル」は「運河」であるから、ここではむしろ「宮殿」と訳されている「パラッツォ」に注目したい。

パラッツォ(Palazzo)とは、英語のパレス(Palace)に通じる単語である。
現在イタリア共和国とされる地域では、中世からルネサンス期にかけて多くパラッツォが建設されており、宮殿これに限らず富裕層の邸宅や公共施設まで幅広くを「パラッツォ」と呼ぶ。時代や場所にもよるが、特徴としては、およそ三階建てで建てられ、階が上がるにつれ段々と高さが減少していくというのがよく言われる。このことは、東京ディズニーシーでも見られる。

右側に見えている建物全体が「リストランテ・ディ・カナレット」である。川に面して白い壁面を見せているこの建物は、実際にヴェネツィアに存在するパラッツォ・ダーリオをモデルにしていると思われる。

「リストランテ・ディ・カナレット」
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パラッツォ・ダーリオ(『カ・ダーリオ - Wikipedia』)

ところで、「リストランテ」とは音の通り「レストラン」ということだが、これがイタリア料理店では最上級に当たることをご存知だろうか。一般的に、ワインと軽食のみを提供するオステリア(osteria)、大衆向けのトラットリア(trattoria)、そしてドレスコードを含むコース料理を提供するリストランテ(ristorante)に分かれているとされているのだ。オックスフォード大学とパラヴィア社による”Oxford Paravia Il Dizionario”では、それぞれオステリアはtavern(居酒屋)、トラットリアはeating house(飲食店)、リストランテはexclusive, high class restaurant(高級レストラン)と説明されている。

ちょうど、東京ディズニーシーのメディテレーニアンハーバーにも三種の異なるイタリア料理レストランがある。最も安価で、1000円〜2000円でお腹いっぱい食べられる「ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテ」、予約は不要だが他の高級レストランに迫るリッチメニューを展開する「カフェ・ポルトフィーノ」。どちらもワイナリーと魚網修理場を改装した、メディテレーニアンハーバーの人々に愛されるレストランだ。
だが、価格帯で言えば更にその上位に位置し、要予約という正にexclusive(排他的)なレストランが「リストランテ・ディ・カナレット」なのである。レストラン名のリンクはそれぞれの店舗メニューへと通じているので、よければ確認してみて欲しい。

「パラッツォ・カナル」の「リストランテ・ディ・カナレット」。「パラッツォ」と「リストランテ」がそれぞれ高級感を示しており、「カナル」と「カナレット」には不思議な縁を感じさせる。正に、このエリアを象徴しうるレストランであるのだ。

南欧の失われた18世紀

カナレットが活躍したのは18世紀であると、公式ブログには記載がある。
しかしこの18世紀は、メディテレーニアンハーバーにとって大事な時期とは言い難いのが実情だ。

例えば東京ディズニーシーの最高値レストランとして冒頭に紹介した「マゼランズ」があるのは、同じメディテレーニアンハーバーでも「エクスプローラーズ・ランディング」という要塞の中である。この要塞は、16世紀にスペイン国王から譲渡されたという設定だ。

「ヴェネツィアン・ゴンドラ」上から
世界一周を敢行したマゼランを讃える「マゼランズ」

15〜16世紀、大航海時代や大交易時代と呼ばれたこの時代、スペインやポルトガルの船が世界中を航海し、世界を繋いだ。

では、メディテレーニアンハーバーで次に登場する時代はどこか? 「ソアリン:ファンタスティック・フライト」の舞台となっているファンタスティック・フライト・ミュージアムが建設されたのは19世紀になってからである。

設計は1807年
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開業は1815年

メディテレーニアンハーバーの舞台は1901年。ファンタスティック・フライト・ミュージアム2代目の館長であるカメリア・ファルコが生まれてから100年後である。実際には矛盾した年号もあるが、これは2001年の東京ディズニーシー開業当初から変わらない前提のようだ。

では、消えた18世紀は一体どんなものであったのか? いわゆる「無敵艦隊」であるスペイン海軍は、16世紀の末端に当たる1588年、アルマダ海戦でエリザベス一世のイギリスに敗北した。このことにより、17〜18世紀の覇権はイギリスとオランダにもたらされ、ディズニー映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』が描いたような東インド会社の支配へと潮目が移っていく。このことにより、メディテレーニアンハーバーのモデルとなったイベリア半島の国々(スペイン・ポルトガル)が、声を潜めていくことになったのである。

ここで、舞台はイギリスに移ることになる。

ヨーロッパで一、二をあらそう富裕国家となったイギリスの人々はしかし、文化面でもそうなったとは考えていませんでした。不思議なことに、たしかにそれまでのイギリスは、各時代のヨーロッパ美術を代表するような芸術家を一人も出していませんでした。

池上英洋『西洋美術史入門』82ページ

18世紀のイギリスでは、上流階級の子息たちが学業の仕上げとして、ヨーロッパ文明の始まりの地であるイタリアを訪れることが流行しました。この旅行は「グランド・ツアー」と呼ばれ、当時一大現象となりました。カナレットらによるヴェネツィアやローマの都市景観図は、そうした旅行者が好んで持ち帰ったものです。(以下略)

"MASTERPIECES FROM THE NATIONAL GALLERY, LONDON" 73ページ

カナレットが描いた風景画は、言わば「ポストカード」のような形で彼らに買われていった。上述の解説は、国立西洋博物館で行われた「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」の簡易図録から引用しているのだが、カナレットをはじめとした画家の作品はこのような手順でイギリスに蓄積されていったのである。

上述の池上氏はこれを「大英帝国が抱えていた(文化的)コンプレックス」と表現しているが、裏を返せば当時のイタリアの文化資本の豊かさを意味している。そして欧米世界が、古代ローマに端を発したヨーロッパという世界観の中にあることに気付かせてくれるのだ。その点、ヨーロッパの基礎的世界観が、18世紀のカナレットの活躍を通して、メディテレーニアンハーバーに発露していると言える。ちなみに、18世紀というイギリス・オランダの時代に名を馳せたジョヴァンニ・アントニオ・カナルは、イタリアで描いた後に遂にイギリスに渡ることになった。

「折角旅行をするなら、一度に三箇所はどうでしょう?」

さて、古代ローマをオリジンとしたヨーロッパの世界観を、カナレットという画家が端的に描き出していたとするならば、その絵はどのようなものであっただろう。

彼の絵は全く反対の二つの点で評価されるのだが、これら両者は決して矛盾してはいない。

ひとつはその写実性である。
上述の通り、カナレットの絵は特にイギリスで好まれ、旅行の土産として美しい風景を持ち帰るためのものだった。彼は、カメラ・オブスキュラと呼ばれる「カメラ」の原型となったものを使用して絵を描いていたと言われ、ヴェネツィアの運河を遠近感あるリアルな構図で描いていたのである(カメラ・オブスキュラは正に、エクスプローラーズ・ランディングで見られる)。
また、大航海時代とルネサンス、そしてプロテスタントによって行われたキリスト教会の宗教改革などが重なって、絵画を宗教の話題から引き離すことに成功したことで、この時期からは特定の説話に基づかない純粋な風景画が存在感を持ち始めたとも言える。

さて、もうひとつは写実性と反対、即ち、理想的な構図を求めて現実世界に手を加える手法にある。

ヴェネツィアの画家カナレットはこうした都市の景観画を得意としました。本作では、本来見えるはずのないリアルト橋を奥に小さく配し、そこに構図が収斂するように、巧みに遠近法を工夫しています。

"MASTERPIECE FROM THE NATIONAL GALLERY, LONDON"「ヴェネツィア:大運河のレガッタ」79ページ

彼の画のいくつかは、巧みな構図で複数の名所を一枚に収めたものや、本来あり得ない配置図で描かれたものがしばしばある。「旅の土産として好まれた景観画」という立場を勘案しても、これはごく自然なことであろう。

 18世紀の西洋絵画に「カプリッチョ」という潮流があります。
 イタリア語で奇想や気まぐれを意味するカプリッチョは、いわば「空想の景観図」。画家が空想を羽ばたかせ、各地の有名な古代遺跡や彫刻を一つの場面に描いたものです。
 背景には、当時盛んに行われた「グランド・ツアー」があります。主に英国の貴族の子弟が、学んだ古典教養の知識を実際に目で見て確認するためヨーロッパ大陸を旅行したのです。
 旅の思い出にカプリッチョを発注し、家に飾って楽しんだのでしょう。描かれているモチーフが何かを当てる謎解きのような要素もあったと思います。

コラム/私のイチオシコレクション/空想の景観図 国立西洋美術館-朝日マリオン・コム-

東京ディズニーシーのエントランスは、トスカーナ地方のフィレンツェの都市がモデルとされている。増築されたホテルの下を潜ると目の前に広がるのはプロメテウス火山。メディテレーニアンハーバーは大きく分けて「ポルト・パラディーゾ」「パラッツォ・カナル」「エクスプローラーズ・ランディング」に分けられるわけだが、それぞれポルトフィーノとローマ、ヴェネツィア、そしてスペインの要塞をモチーフとしている。

ヴェネツィアの運河、トスカーナの「ヴェッキオ橋」、ヴェスヴィオ火山を模した「プロメテウス火山」、スペイン風の砦

2001年から2006年まで公演された「ポルト・パラディーゾ・ウォーターカーニバル」は、メディテレーニアンハーバーの伝説を祝うカーニバルを模したショーであった。そこでは、「海の向こうを夢見る想像力」が主題の一つとなっており、「みなさん、イマジネーションの翼を広げてください! さあ、一緒に旅立ちましょう!」という一節がある。
あるいは、「ソアリン:ファンタスティック・フライト」でも、カメリア・ファルコは「空を飛ぶことへの情熱と、限りないイマジネーションを力に、心の赴くまま世界の空を巡って」きた。その成果として生まれたドリームフライヤーに、我々ゲストは乗ることになる。そして、「夢を見る力とイマジネーションに身を任せ、素晴らしい空の旅」へと出向くことになる。
カプリッチョの説明に用いられる「画家が空想を羽ばたかせ」というのを見れば、両者の切っても切れない関係が感じられるだろう。

ディズニーシーを感じよう

東京ディズニーシーの1周年を迎えた2002年から講談社が発行した『ディズニーリゾート物語』という雑誌。その中に、「達人が見たディズニーリゾート」という触れ込みで"Expert Talk"というコーナーが展開されていた。

2003年の13号のテーマは「ヴェネツィアン・ゴンドラ」だったのだが、”Expert Talk”には料理研究家の有元葉子氏が登場した。

それにしても、ここは不思議なところだ。ポルトフィーノを左に歩いていくとヴェネツィアにたどり着き、ポルトフィーノを右に歩いて角を曲がると、突然トスカーナに迷いこむ。トスカーナの小路の様子など、もう少しワインを飲んで、もう少し暗くなったときに歩いたら、私は完全にイタリアにいると思い込んでしまうだろう。「ヴェネツィアン・ゴンドラ」から見る風景も絶景。ヴェネツィアの街並みの間から、ナポリにあるはずのヴェスヴィオ火山(本当の名前はプロメテウス火山というらしいけど)が見えるのだ! これは札幌の街並みの向こうに富士山が見えるようなもの。なんて、面白いんでしょう。ここをつくった人たちは、どんなに楽しかったことか。ここを訪れた人たちを驚かせるために、喜ばせるために、ものすごく緻密な計算をして、つくられている。ここは大人の遊びの集大成。強く、それを感じる。

『ディズニーリゾート物語』13号、18〜19ページ

このことは、メディテレーニアンハーバーに限った話ではないはずだ。橋を渡って向こう側には20世紀初頭のニューヨーク、火山の奥には南太平洋の孤島、足を伸ばせば時空を超えた未来のマリーナへと道は伸びている。リアルティを追求しつつ、世界中の魅力的な港を集めて再構成した東京ディズニーシーは、さながらカナレットの描いた絵画のような「カプリッチョ」な世界であると言えよう。

あなたも「リストランテ・ディ・カナレット」で、東京ディズニーシーの世界旅行に想いを馳せてみてはいかがだろうか?

参考文献

特記がないもののみ記載

Wikipedia『カ・ダーリオ - Wikipedia』
世界史の窓『無敵艦隊/アルマダ』

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2022/05/20
画像を大幅に差し替え、体裁をnoteの新エディタにて作り直しました

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