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短編小説(2000字〜5000字)

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私が書いた恋愛以外のジャンルの短編小説です。ヒューマンドラマが多いと思います。2000字から5000字くらいです。
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記事一覧

短編小説『幸せなワンダフルタイム』

短編小説『幸せなワンダフルタイム』

「六郎ー。今日、みんなで日本シリーズ観るけど、来ないか?」
「パス」
「ほっとけよ。六郎はさあ……」
「ああ、そうだったな」
友人たちが、笑いながら去っていく。
ひとり教室に残された俺は、ため息をつきながら帰り支度をする。
ふと、腕時計を観る。
「5時過ぎてる!? やべ、早くしないと……!」
俺は、ダッシュで家に帰った。
「母ちゃん、姉ちゃん、ただいま!」
「おかえり、六郎」
「姉ちゃん、シャワー

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短編小説『猫妄想』

短編小説『猫妄想』

レジ袋を持ちながら歩いていると、ジーンズの尻ポケットに入れたスマホがしきりに震える。
おおかた、こんなメッセージが届いているのだろう。

『先に飲んでるー』
『ミツオが俺の酒まで飲もうとしてる!』
『ゆっくりでいいよ、ハジメくん』

どうして、みんなでしゃべるのって面白いんだろうな。
答えが出せないまま、俺たち四人は今夜も集まった。

「よお、遅れてすまない」
「かまわないよ、ハジメちゃん。入って

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短編小説『最高の復讐』

短編小説『最高の復讐』

「あのね、こういうハッピーキラキラストーリーはいまウケないの、わかる? よくこんなキレイな台本を書けるよね。毒、入れなよ、毒! きみさ、人を信用しすぎだって言われない? もっと人を憎むといいよ」
いますよ、ひとりくらい。
画面の向こうのあんただよ。
ああ、元号が変わるからって普通じゃないことをしちゃいけなかったんだな。
『平成最後の創作イベント。大物シナリオライターが生配信で、あなたのシナリオを添

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短編小説『あいさつロード』

短編小説『あいさつロード』

知らない道には秘密がある。
……いや、秘密ではなくて、僕がいままで気づかなかっただけなのだけれど。

日曜日の午後。無言で家を出る僕に、母が声をかけた。
「悟、どこ行くの?」
「テキトー」
僕は長い長い散歩をした。
散歩は僕の趣味だ。まだ歩いたことがない道はたくさんある。生まれて17年で『街の道を全部歩きました!』という人間は、そんなにいないだろう。
国道からそれて、裏道の裏道のそのまた裏道……と

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短編小説『私、配信女子』

短編小説『私、配信女子』

凹んでなんかいられない。みんなが待っているんだから。
息を短く吸って、ゆっくり吐く。私、中田美雨はスマホの画面をタップした。スマホに接続していた小型の卓上マイクのランプが赤く点灯する。
「こんばんは、みうです。みうちゃんねるはじめます。今日は顔出しできなくてごめんね」
ちょっと前まで泣いていて、顔面がメイクで誤魔化せないくらいひどくなってしまったからだ。
「いわちゃん、まなちゃん、いちろうさん、い

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短編小説『もずくスープだけが知っている』

短編小説『もずくスープだけが知っている』

商品バーコードをスキャンする。さきいかに、たこの酢漬けに、缶ビール二本。これで終わりと思ったら、後ろからやってきた女性客が、カゴのなかに何かを入れた。
「たっちゃん、これも買って」
「おお」
『たっちゃん』と呼ばれた男性は、尻ポケットに入れていたチェーンのついた焦げ茶色のブランドロゴの長財布を取り出す。ここのコンビニ客がよく持っている財布だけど、ブランドに疎い僕にはどこのだかわからない。
たっちゃ

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短編小説『美しい日本から美しい日本へ』

短編小説『美しい日本から美しい日本へ』

頭の大きな漫画のキャラクターのような棒人間が立つ。手には三叉の杖。獣らしきものも彫られている。
ここは北海道の道央圏にある洞窟だ。最寄り駅から離れているので、貴重な歴史遺産だが観光地としては有名ではない。
札幌の大学で北海道論を学んでいる僕は、夏休みの課題を書くために洞窟を見に来た。道内の施設を見学してレポートを提出しなくてはいけない。おおかたの学生が市内か札幌近郊の施設で済ませるだろうと目論んだ

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短編小説『日曜の菓子』

短編小説『日曜の菓子』

カステラを持って、あいつの家に行く。
あいつ、高田は甘いものが嫌いなのに、カステラだけはよく食べる。
右手に土産の袋を下げ、左手で幼い娘の手を引いた。高田の家までは早足で十五分。娘と歩くなら、二十分はかかる。
娘のふたつに結った髪が、歩く度に揺れた。毎朝、妻が娘の髪を束ねようとすれば、「赤いリボンをつけてね」と駄々をこねる。
まだ四歳なのに、おしゃれさんだ。
「おとうさん。そのカステラ、あたしも食

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短編小説『花の雨』

短編小説『花の雨』

僕は姉が唱える呪文を聴いたことがない。
「声に出さずに口を動かすだけよ。魔法なんて簡単、簡単」
と、姉はいつも言っていた。
弟の僕には、魔力の手ごたえなんてちっともわからない。
春川家の魔力は、母の母の、そのまた、母から……と女性だけに受け継がれていくからだ。
だから僕の姉、春川茜は『魔女』
僕、春川譲は『魔女の弟』であり、『普通の男』だ。

僕らは、施設で育った。
あ、きみは歴史の授業で学んでい

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短編小説『このピアスは俺たちのバトン』

短編小説『このピアスは俺たちのバトン』

人は皆、生まれ落ちると平等にスタートに立つ。そして、死というゴールに向かって生きていく。

高校一年生のときに、朝登はそんな残酷な真理に気づいた。高体連の地方大会。スターターが合図する前、朝登を含めた走者が一斉に並んだ瞬間。「俺って毎日、何十回も人生を繰り返してきたようなものなんだな」と、気づいたのだ。
(でも、ちがうのは……)
この『人生』は何度も生まれ変わる。過去を反省して、次に生かせる。本当

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短編小説『その友情に×印』

短編小説『その友情に×印』

(ねえ、和香。覚えてる? 私にあんなことしたの。あんたの体のどこかに、きっと私と同じように……)
『切る』たびに、沙羅は和香を思い出した。

あかりなんていらない。スマホの画面がまぶしいから。
沙羅はベッドに潜り込んで、スマートフォンをいじっている。ブルーライトなんて平気だ。目がさえて夜更かししたって、いまは夏休みだ。
「今夜はだれを切っちゃおうかなあ……」
顎にある2センチくらいの×印の痣をかき

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短編小説『桜逢瀬』

短編小説『桜逢瀬』

――――――――――
晃へ

あなたは口数が少なく本ばかり読む子だから、おばあちゃんは少し心配しております。
いまのあなたに必要なのは、誰かのあたたかさにふれることです。書物もそのあたたかい心から生まれたものですが、人はやはり、人そのものと交わるべき生き物です。

晃。あなたはまだ若い。
世界にはね、文章に表せなかった物語がたくさんあるの。ずっと、ずっと、昔から。

これは、大人になったばかりのあ

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短編小説『雪とオパール』

短編小説『雪とオパール』

オパールにふたつと同じ石はない。
"母さん"は言っていたっけ。
隙をついて、そのオパールを飲み込んでしまいたい。俺がいつもそんなことを考えていたなんて、知らなかったよな……。"母さん……"

―――

「幸坂、幸坂!」
廊下で、クラス担任に呼び止められた。
「明日の全校スキー授業に早見も行くことになったんだが……」
早見とは、幸坂のクラスに数日前に転校してきた生徒だ。
「気をつけてくれ……というか

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短編小説『比率』

短編小説『比率』

電車、洋服、家。
今では、狭い、小さいと騒ぐことはない。
僕たちが変わればいいのだ。
縦、横の比率を。
『比率調整許可制度』が2040年に制定された。2034年に開発された比率剤を、国民全員に注射する制度だ。
これにより、日本国民は全員、自らの体型の比率を好きなように変えられる。

通学に利用する満員電車。……いや、もう満員ではない。どんなに人が多くても。鉄道会社が天井の高い電車を運行させているの

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