フォウ玉次郎

🌴冷やし中華はじめました🌴

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    小説・権左衛門伝(その壱)

    権左衛門は右頬に大きな痣があった。それは天保五年の大火事の時にできた。木材に挟まれて身動きできない七歳の孤児を助けたのがその後育ての親となった木偶坊の勘助。普段は橋の袂でぼうっとしている川原こじきのひとりであるが、何を隠そう元は伊賀の抜け忍とも言われ、鎖鎌、鉤縄のつかいに長け、権左衛門も見よう見まねで十五になる頃には昼は川原の大道芸、夜は勘助の貰い受けてきた仕置仕事をこなすまでになっていた。 師走の夜のことであった。いつもの辻にはここのところ目にしなかった蕎麦の屋台が立って

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      • ゲージュツは爆発だ

        TAROMAN最終回。ラスボスはやはり太陽の塔。昭和後期に生まれた僕らの世代には進歩と郷愁を同時に感じさせるレトロ・フューチャーの象徴。#おっさんホイホイ https://youtu.be/ONcDWfTzm9M (前編) https://youtu.be/uL_KA0gmBn0 (後編) [TAROMAN]最終回後編、最後の引用は岡本太郎の著書「自分の中に毒を持て」より。「人類全体の運命もそれと同じようにいつかは消える。それで良いのだ。無目的に膨らみ、輝いて、最後に爆発

        • ダサいYMO、「過激な淑女」と「禁句」、1983年の夏

          ところで昨日はYMOの「過激な淑女」発売39周年だったそうだが(1983年7月27日発売)、当時中2だった僕は発売日に近所のダイエーでシングル版を購入、小脇に抱えて出口を出ると傍を横切った女子学生数名に「ダセー」と言われたのを覚えている。当時YMOファンであることとアニメ・ファンであることはあまり格好良くなかった。「YMOと書いてなんと読む。イモだ。(スネークマン・ショー)」の世界だ。 ところで「過激な淑女」は細野晴臣がもともと中森明菜のために書いた曲だ。なんらかの理由

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            Ryuichi Sakamoto B-2 Units Live (1982)

            この録音は貴重である。YouTubeにアップされたのも確か2回目。1982年当時NHKのサウンド・ストリートの一環で公開収録されました。 抽選にはずれこそはしたが、中1のぼくはラジオの前にかじりつき、いつもより奮発したTDKのクローム・テープで番組をエア・チェック(ラジオ番組を高音質で録音すること)。 以後しばらくウォークマンでテープがすり切れるまで聴いたものでした。 坂本龍一のセカンド・アルバムと同じバンド名、B-2 Units。ただしバンド名は複数形のユニッツ。1981年リリースのアルバム、B-2 Unitは、XTCアンディー・パートリッジ・プロデュースによるロンドン録音でした。 バンド一番の話題は、当時初のソロアルバム「H」が出るか出ないかの頃の元プラスチックス、ギター担当の立花ハジメ。ソプラノ・サックスが初々しい。タイトル曲「H」では、教授が自らドラムを叩く。この後ニューウェーブ界隈で話題になる鈴木慶一の元妻、鈴木さえ子もドラムで参加している。 テクノデリックと浮気のぼくらの合間で、ブラス・セクションの入った生バンドでテクノ以外の可能性を模索する試みが新鮮でありました。 観客から赤ちゃんの鳴き声が聞こえたり、アンチ(?)の人たちが鳴らす爆竹が聞こえたりするのもご愛嬌だ。夜ヒットや、戦メリ、ひょうきん族で国民的中年アイドルになる寸前のとんがった教授の姿が目に映るようです。 白眉は後でハジメのHmにも収録される「Arrangement」とYMOのBGM収録の「Happy End」(後ろでシャカシャカ鳴っているのはハジメの自作楽器アルプス一号)。 1984年に教授のソロ、「音楽図鑑」に入るレプリカの原曲も入っています(二曲目、Demo 4)。 Playlist: 1 Foto Musik 2 Demo 4 (Replica) 3 The Arrangement 4 Happy End 5 Thatness Thereness 6 Demo 6 7 H 8 Robin’s Eye View of Conversation 9 Piano Pillows 10 Saru To Yuki To Gomi No Kodomo 11 Dance 12 Epilogue 13 In E

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            プロトの輩

            もう何十年も帰っていない故郷の新杉戸駅には友達の他所くんが迎えにきてくれていた。 僕の家族がはじめてこの街に越してきた半世紀前からある、駅前の泉書房がまだあった。書店のおばさんが僕のことを覚えているらしい。他所くんのドローン車の中でもう一人の旧友と一緒に、今ある近所の本屋の話になった。出版不景気の中で、本屋は今でも立ち読み者の憩いの場になっているのであろうか。 ドローン車は直接両親の住むマンション(今では光輝く尖塔の群れになっている)には向かわず、裏道のハイウェイを音もな

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            奇書との遭遇①:ドグラ・マグラ、桂枝雀と1988年

            高校時代、熱々の風呂の中で、何度ものぼせて意識が朦朧としながら、夢野久作のドグラ・マグラを読んだのを覚えている。 同じ頃、布団の中で蛍光灯の灯りで読んだのはガルシア・マルケスの百年の孤独。活字が小さく、睡魔に襲われ、文字がぐるぐる眼の前を踊り出し、意識がなくなるまで、毎晩読んだものである。 1988年に作られたドグラ・マグラの映画には正木博士役で桂枝雀が出ているが、この翌年自殺未遂から意識が戻らず他界している。 桂枝雀といえば笑える古典落語で一世を風靡したものである。人

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            音楽評論・デビッド・ボウイのOutside(1995)

            デビッド・リンチの映画、ロスト・ハイウェイ(1997)で使われたデビッド・ボウイのI’m Derangedは昔から好きな曲だ。 シンプルで軽めのジャングル・ビート(当時UKではやっていた)に断片的なピアノと、おそらくブライアン・イーノのアンビエントなシンセ、そしてその上で喘ぐようなボウイのクルーナー・ヴォイスがかぶさる。(映画の導入部ではボウイのアカペラからはじまる。) ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーの編纂した同映画のサントラはリンチ映画の中でも屈指の音響空間を創り出している。2010年代以降、レズナーは映画音楽を多くこなすようになるが、この作品はその先駆けともいえる。 Derangedの入っているボウイのアルバムOutsideは映画の二年前の1995年にブライアン・イーノによるプロデュースで発表された。 デビッド・リンチのツイン・ピークスに触発されたフィルム・ノアールなナレティヴ(物語)が歌詞に散りばめられている。 Outsideはニュージャージー州の架空の街、オックスフォードが舞台、ネイソン・アルダー捜査官が、十四歳の少女、ベイビー・グレースの殺人事件を追いかける。容疑者は謎のアウトサイド・アーチスト、リオン・ブランク… Outsideという題名はOutside Artも意識しているのだろうか。ティモシー・レアリーのOutside, Looking Inという名言も思い起こされる。 Outside Artは精神病者のアートである。無意識の中で、受け手のことをいっさい想定せずに創り出したされる芸術だ。無垢の心(純粋な邪悪性も含めて)が紡ぐ原初のアートだ。 ボウイは映画版のツイン・ピークス(ローラ・パーマー最期の7日間)にジェフリー捜査官としてもカミオ出演している。

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            映画批評・ゴッド・アーミー/復讐の天使(1998)

            『ゴッド・アーミー/復讐の天使』(原題:The Prophecy II) ゴッド・アーミー/復讐の天使は傑作だ。一作目のミルトンの失楽園的ホラーにベルリン・天使の詩的なヒューマン・タッチを加え、凄くいい。特にアジア系大天使ダニエルと恋に落ちるジェニファー・ビールスが愛おしい。自殺狂のぶっ飛んだティーンエージャーを演じる故ブリットニー・マーフィーがいい味出している。「ゴッド・アーミー」シリーズはキャスティングが白眉である。大天使ガブリエル役の主演クリストファー・ウォーケンは言

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            映画批評・ザ・ノースマン

            The Northman (2022) The Northmanを見た。Robert EggersはThe WitchやThe Lighthouseの監督だ。前二作の北米ニューイングランド的なゴシックの延長で、今回はアイスランディックなバイキングの話でミュージシャンのビヨーグもシャーマンの役で出てくる。 北欧的なペーガンでヘレティックなところはAri AsterのMidsommerにも似ていた。Eggers監督の全作品に言えることであるが、観客を異世界に誘うビジュアル的な

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            The Great Statue of Buddha is Blind

            “The great statue of Buddha is blind. It requires a surgery,” Mr. Hosono in a brown suits proclaimed and showed us a dissection diagram of the statue’s eyeball. The diagram showed how the black iris part of eyeball was constructed with laye

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            円形の脱獄

            この廊下をいくつ左に曲がれば外に出ることができるのであろうか。最後に円座して幾千もの囚人たちとくさい飯を食ったのが遥か昔のような気がする。真っ暗な迷宮。いつになっても外の光が見えることはない。追っ手が放たれた気配もしないが、ここまできた以上引き返すこともできない。通路には緩やかな勾配が上がったり下がったりしている。空腹と睡眠不足で頭が朦朧としていることすら忘れる。はるか向こうの通路の終わりにうっすらと巨大な人影が見える。牛頭だ。

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            文芸批評・謎ときサリンジャー

            謎ときサリンジャー―「自殺」したのは誰なのか―(新潮選書)著: 竹内康浩 著: 朴舜起 「謎ときサリンジャー」面白い。というわけでナインストーリーズ三十余年ぶりに原書で読んでいる。それからネットっで見つけたサリンジャー翁の遺作、Hapworth 16, 1924。七歳のシーモア・グラスが二歳年下のバディーの作家としての将来を予言し、自分の死をも予言すること以外に色々早熟な批評をする。予言に関して言えば、ナインストーリーズのテディーにも似ている。サリンジャーの一筋縄ではいかな

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            映画批評・クローネンバーグの「未来の犯罪(2022)」

            David Cronenberg’s “Crimes of the Future (2022)” 哲学の隠喩[1]が現実化したらどうなるか。クローネンバーグの新作、「未来の犯罪」[2]はそういうシーンのてんこ盛りである。 二十年前の「イグジステンズ」(eXistenZ, 1999)はバーチュアルな空間というクッションがおかれていたから、観念の表象はあくまでも虚空間内での二次創作であったが、今回はその上を行く。 最初から最後までクローネンバーグの脳内で起こるファンタジーの

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            Film Review: Killing (2018)

            “Killing (Zan)” is the latest film directed by Shinya Tsukamoto from 2018. This low-budget film took me by surprise. Tsukamoto’s first jidaigeki (a period piece usually about samurai worriers) has almost the same theme and structure as his commercial debut film “Tetsuo” from 1989. Tsukamoto himself appears as a supporting character who seduces and initiates the protagonist to become a merciless sword fighter much like the similar character Tsukamoto played does to Tetsuo to become a killing machine in his classic film. But this time Tsukamoto portrays Sawamura, a bad-ass swordsman reminiscent of Zatoichi. Hyperkinetic sequences of his sword fighting is pure bliss. I am not sure if Tsukamoto’s recurring theme is the glorification or the critique of the violence but when his message comes through visually there definately is a divine cinematic catharsis. It is a pure, primordial urge, which is perhaps inhuman in its nature. Also this film happened to be the last film Chu Ishikawa scored for before his passing in 2017. Ishikawa has been an integral part of designing the soundscape for Tsukamoto since the beginning of his career. Some of the memorable scenes from “Killing” are those quiet and still scenes which are accompanied by Ishikawa’s haunting scores. Guillermo del Toro’s review of the film is spot-on. “KILLING by Shinya Tsukamoto. Brutal fable about the Samurai as weapon- the purpose of the sword. Of a piece-thematically- with his punk Tetsuos.” Highly recommended.

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