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【感想文】リア王/シェイクスピア

『道化に関する珍説のご紹介』

やっぱし気になるのは「道化が唐突に居なくなった件」である。

第三幕第六場において、道化は <<それなら俺は、日が昇り切ったら寝かせてもらおう。>> という台詞を最後に突如として物語から消えてしまう。それまで目立ちまくっていたにも関わらずである。これは明らかに何かしらの意図があっての操作であろう。というわけで今回、多くの読者が採り上げて考察している「道化退場問題」について私も参戦することにした。

で、早速だけど、道化が退場した理由はなんと以下の五説に絞られた。

▼道化退場の理由

【分身説】道化は実はコーディリアの分身だったから。
【人手不足説】上演の際に劇団員が少なく、役者に道化とコーディリアの一人二役を演じさせる必要があったから。
【そもそも道化いらんがな説】中盤のセリフ回しがややこし過ぎて便宜的に道化を排除した。
【オイディプス王とカブっとるやんけ説】ソフォクレス『オイディプス王』との差別化を図るべく道化を排除した。
【道化極悪説】道化がリア王への仕打ちを達成したから不要になった。

上記五点の内、【分身説】と【人手不足説】は既出であり、まあまあ有名な説なので割愛するが、残る三点は私が発明した新説なので順に紹介する。

▼そもそも道化いらんがな説

中盤からリアは不可解な発言を連発する。エドガーは逃亡中、自らを「気ちがいトム」と偽って不可解な発言を連発する。さらに、道化の発言は、(真理めいているが)一見して不可解である。以上の三バカトリオが、第三幕第二場から徐々に絡むのだが内容が複雑で、話者を入れ替えても気付かないんじゃないかっていうぐらい分かりにくい。不親切だ。これを改善するには登場人物を減らせばよい。とはいえ、主人公のリアをこのタイミングで消すのはあり得ないし、エドガーも終盤のキーマンなので消すことはできない。なら、物語の本線に直接影響しない道化を消せばよいということになる。だがこの説は所詮、珍説でしかない。

▼オイディプス王とカブっとるやんけ説

道化はリア王の内面描写だったり、行く末を見通したりといわゆる「預言者」ともいえる。で、『オイディプス王』を読まれた方ならご存知かと思うが、テイレシアスという預言者がオイディプスに与えた言葉により彼は徐々におかしくなる。『リア王』も道化の発言が増すほどにリアがおかしくなる。また、『オイディプス王』のテーマをバチクソ簡単に言うと「悲運なる子ガチャ」であり、『リア王』もリアからしてみれば子ガチャ失敗談だろう(三姉妹視点では親ガチャ失敗談ともいえる)。って感じで、設定がなんか似てるので、パクリがバレないよう差別化のために道化を第三幕で早々に排除したのだろう。だがこの説もやはり珍説でしかない。

▼道化極悪説

アポロンに誓って、私はこの説を推したい。
これは道化が「リアを狂気に導くための存在」とする説である。つまり、道化は根っからの「悪」なのである。そもそも「道化」なるものについてだが、これは著者の他の戯曲にも多く登場し、例えば『真夏の夜の夢』のボトムなんかは生粋のバカであり笑わせ屋・笑われ屋として機能しており、これぞ道化である。が、一方で『リア王』に登場する道化は、(矛盾する言い方になるが)やけに知性の高いバカであり、道化がリアにかける言葉はもちろん皮肉もあるが、それ以上に辛辣(特に第一幕第五場の道化の言い回しは冗談というより単なる悪口だろう)、そして的確である。作中、道化はリアを愚者として扱い、非難し続け、そして第三幕第六場の時点でリアがすっかり狂気めいた愚者になったため、目的を達成した道化は御役御免となったのではないだろうか。これをきっかけとして、以降の第四幕第七場では、リアは自身を <<愚かな老いぼれ>> と称し、つまり自らを愚者と認めた上でコーディリアに許しを請う。もし、道化による「愚者への後押し」が無ければ、リアは正気を保ったままゴネリル&リーガンと全面戦争したであろう。しかし、実際は道化の辛辣な言葉でリアは心を折られ、そのために陰惨な最期を迎えた。この点からして『リア王』の道化は、もはや道化というよりも「悪者」という役割を与えられた異端な存在という見方もできると思う。

といったことを考えながら、私は前述の「悲運なる子ガチャ」というフレーズをけっこう気に入っている。

以上

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