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【感想文】箱男/安部公房

「私以外私じゃないの」

上記は川谷というミュージシャンが我々に課した命題であり、この難問に解を与えるには本書『箱男』が有効である。

▼Ⅰ.命題の吟味:

まず「私以外私じゃないの」という字面を真正面から検討するとドグマに陥るため、それを回避すべく文意は変えずに表現だけを修正すると、この命題は「川谷本人(私)にとってベッキー(私以外)は川谷本人(私)ではない」と言い換える事ができる。したがって、命題が成立するには以下の条件を同時に満たさなくてはならない。
・条件①:私は私だ
・条件②:他人は他人だ
つまり「私」と「他人」という二項対立が成立するかどうかが問われている。

▼Ⅱ.箱男の特徴/認識上の制限:

箱男は、全身まで箱に入った男が箱に設けた覗き窓を通して他者を観察するため以下、認識上の制限が掛かる。
・箱男本人→箱男以外:覗き窓を通して認識できる。
・箱男以外→箱男本人:箱に隠れているため実体を認識できない。
・箱男X本人→箱男Y本人:同上。(Y→Xも同様)
以上のことから箱男は「実体が確定しない」という特性を持ち、その中身はカメラマン、医者、あるいは空箱か、何にせよそれはただ箱男と称し、本書はその箱男なるものが書いたノートである。その内容は <<書いているぼくと書かれているぼく>> という見出しが示す通り、整合を欠いており要領を得ない。よって次項では箱男を抽象化する。

▼Ⅲ.概念らしきもの/箱男システム:

前述Ⅱで挙げた箱男の特徴を踏まえると、箱男とは自他の芯が無い「何か」であり、それはまるで「差延(différance)※1」のように箱男という概念らしきものだけが表されているかのようである。そして「箱男は世の中に複数存在する」というノートの記述からして、これも前述同様、箱の中では自他を含むあらゆるものが対象として確定せず、といって、表象としても捉え難い「何か」が箱を経由してこの世にわだかまり続けているようでもある。ここで、ノートの後半に <<落書きは余白そのもの>> とあり、箱の内側は迷路のような構造なのだそうで、そうしてみると箱男に限っては「箱男システム」という箱男にのみ成立する枠組みが適用され、その中で彼は落書きのごとく「自由な存在」であるといえる。
※1…ジャック・デリダによる造語(概念というより世界観か)。差延により「対象」は常に延期され続けるため同定しない。

【命題の結論】

以上を総合すると、箱男は認識上の制限が掛からず、同定することの無い自由な何かである。したがって、箱男システム適用中は「私」が「私以外」でもあり、条件①を満たさないためこの命題は「偽」である。

といったことを考えながら、この結論をもって私は川谷氏に「いいかげんなことを書くな」と言いたいし、私自身に対してはさっき自分でそう言い聞かせた。

以上

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