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放課後の音符まとめ

山田詠美さんの「放課後の音符」を読んだ。

あまりにも美しい言葉が散りばめられていた。僕もいつかはこんな言葉で文章を飾りたい。

少しでも学びを得るために、今の自分は山田さんのどんな言葉を美しいと思ったか、それを記録しておこう。

記録してみたら、まるで色とりどりの花が咲き誇る公園のようになった。

美しい公園を心ゆくまで散歩していたい。

皆さんも是非山田さんの言葉の魅力を堪能していってくださいませ。

因みに僕が特に好きなのはCrystal Silence。恋に落ちるのに言葉は不用な時もある。それを極限にまで儚い表現で描いてくれているから好き。

見えているものが全てじゃない。聴こえてくるものだけが全てじゃないんだ。


以下、山田詠美さん「放課後の音符」より抜粋

Body Cocktail

視線が止まった時には、もう心も痛いのよね。

男の人って、みんな違うのよ。だから、そのたびに悲しくなるんだわ

新しい男の人のための新しい涙なのかなあ。

まつ毛の上に雨が降っているように、瞳だけで泣いている。

カナは、男の人のために泣くことに慣れている。

体を合わせて愛し合うようになるってことは、と私は思いつく。時々は、その人のために泣かなきゃいけないっていうことなのかしら。王子様の側にいるための足をもらった人魚姫が言葉を失ったように、何かをなくさなくてはいけないのかしら。

それは、手首に出来るくぼみと見分けが付かないくらいに繊細だ。彼女が耳のピアスに触れる時に初めて美しさを発揮する。そのくらいに、はかなくきらきらと光っている。

年齢に似合った場所で、年齢に似合わない心を持て余している彼女を知ることはないのだ。

どんなに愛し合ったって、体が離れれば、他人同士に戻るし、心が、通じ合っていたって、そのつながれた心って簡単に切り離されちゃうこともあるのよ。だけど、だから、男の人と愛し合うの、私は好き。他人同士があやういもので結ばれてるのって、すごく繊細なことだと思うの。そうね、お酒のカクテルみたいなものかもしれないって近頃、思う。一種類のお酒だけじゃ、強くて飲めないけど、色々甘いのやら、苦いのやらを混ぜると、おいしいカクテルになるでしょ。

ここに、今、あるのよ、おいしいカクテルが。私、まだ、それを捨てたくない。

Sweet Basil

彼女は、明るくて、おしゃべりな女の子だったけれども、純一を見詰めている時、言葉を忘れていた。

何もかも忘れてしまったかのように、純一だけを見ている。素敵な絵を見た時のように、あるいは美しい音楽を聴いた時のように、感覚の一番敏感な部分をぎゅっとつかまれて、立ちつくしている。

彼らは、私の細心の注意にもかかわらず、出会ってしまった。しかも、私のスカートのひだの下で。

彼の瞳には、あの男と女の間の面倒を、わざわざ好んで追いかける者、特有の色が浮かんでいた。苦しいのに見詰めずにはいられない、人を好きになってしまった者の特徴を彼は、素早く身に付けていた。

Brush Up

男と女が愛し合う時には溜息の会話がかわされるってこと。

子供の頃から持っている安物の宝石箱を彼女に渡した。「灰はここにね。吸い終わったら、ふたを閉めておいてね」

恋愛すると、相手の男や女が食べ物になってしまうんだろうか。でも、食べ物をいとしいとは思わないし、人間の体は食べることが出来ない。そういうもどかしさを、いとしいと言うのだろうか。

Crystal Silence

夏に恋が似合うだなんて、いったい誰が決めたのかしら、とマリは言う。

真夏の話題は、いつも少し子供っぽくて、ノスタルジックで、私たち女の子の気持ちをなごませる。ソーダ水や苺のアイスクリームや、そんなふうに色の付いた飲み物やお菓子に一番よく似合う。

「えー、何してたのよ、そんなど田舎で」「男の子に恋してた」

「ね、マリは何飲むの?」「ジントニックをください」

たとえば、彼は耳が聴こえなかったわ。でも、私の息を吹きかければ、私が何を望んでいるのかがすぐに解るような耳だったわ。

唇もそうよ。音は出なかったけれども、それ以上に私に色々なことを話しかけて来た。

でも、離れた所から、彼の姿を見つけるでしょ。真っ黒な顔で私を見て、すごく嬉しそうに笑うのよ。その時の白い歯を見ると、私の胸、痛くなった。心にも体にも、あれで噛み跡を付けて欲しいって思ったわ。いても立ってもいられないの。男が欲しいって、こういうことかって思った。立ってるだけで、私を涙ぐませた奴なんて初めてよ。私、ちょっと口惜しかった。初めて、男の子に負けることの気持ち良さを味わっちゃったんだもの。それも、何も持ってない男の子によ

生暖かくて、すごくだらしない甘い味。太陽って、ずい分、いやらしい味を作るものだと思ったわ。だって、私、噛みしめた砂糖きびの味が舌の上を流れて行った時、どうしても、彼にキスしたくなっちゃったんだもの

彼、知っていたわ。女の子の舌は、砂糖きびの茎のように噛みしめるものじゃないってこと

Red Zone

明らかに彼女、綺麗になっている。特に口許が、だ。やっぱり、吐き出される言葉によって唇は美しさを変えるのかしら。

金もくせいの匂いがする 甘くて歯が痛くなりそう 秋には恋に落ちないって決めていたけれど、 もう先に歯が痛い 金もくせいを食べたの 金もくせいも食べたの だから 歯の痛みにはキス

彼を待つ訳じゃないわ。自分のことを、待つのよ。

本当の大人の赤い唇って、絵の具箱の中のあの色みたいにあどけないんだ

彼にはカズミの気持、わかったかしら。赤い紅で、予約済みのスタンプを残した女の子の気持。

Jay-Walk

さりげないとか自然体とか、そういう誉め言葉をもらいたいから、どうやってさりげなくしようかと心を砕き過ぎて、結局、皆と同じ格好になってしまう。

Salt and Pepa

夕陽がさせば、すべて、周囲が夕陽の色に染まるように、雪が降れば、恋している二人は雪の色に照らされる。

そうか、二人でキスをするということは、こういうことなのだ。男が女にするのではなく、女が男にされるというのでもなく、愛し合っている二人がキスをするということ。言葉のない内緒話。何を囁くのだろう。溜息だけで、愛を語り合うことが出来るのかしら。音を持たない筈の気配が、私たちに伝わるように、人を愛すると、言葉を持たない愛情が耳や口に流れ込む。

Keynote

もしかしたら、恋って、生まれる側から、記憶を後に残して行く代物なのかもしれない、とそんなふうに思うのだ。これから、私は純一と会うたびに、記憶を落し物のように残して大人になって行くのだろう。

「どこで、どう変わったと思う?」 「さあ。放課後に、キスをすることが、必要になった時からかなあ」 「好きな人のいない放課後なんて変よね。私、ずうっと、変なことして来たんだ」

こうやって一部を抜粋するだけでも、それが作品となる。この境地にまで辿り着いてみたい。

終わり


ここまで読んでいただきありがとうございます。