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真っ赤な手袋【才の祭】

人生って幸せと不幸のバランスが上手く調節されているのかもしれない。私の人生、19歳までは常に幸せの自己記録更新だった。

小学4年から想いを寄せていた1個上の先輩、舜くんと中学1年の時に付き合い始めた。付き合った1年目の誕生日にくれた真っ赤なミトンの手袋。白猫の刺繡がされている手袋。可愛いくって、嬉しくって、舜くんに

「なんでこの絵柄にしてくれたの」

って聞いたら

「この前一緒に帰ってた時、黒い猫の絵が描いてあるトラック見て、『黒猫も可愛いけど、私は白派かな』って言ってたの思い出してさ」

だってさ。

えっ、そこなんだって思ったけど、些細な一言も覚えていてくれる優しさに心も温かくなった。

そんな大切な手袋を、片方の手袋無くした女の子にあげちゃった話をした時、舜くんは私の片手をぎゅっとして、

「手袋してない方の手は俺が温め続けるよ」

って言ってくれた。とっても優しい舜くん。その言葉どおり以上の優しさで、私の体も心も温め続けてくれた。私が19歳になるまでは。

私の誕生日は11月25日。その1か月後の12月25日が舜くんの誕生日。舜くん20歳の誕生日。

中学生の頃なんて、20歳なんて、憧れのアイドルよりも年上で、すっごく大人な印象だったのに。

ついにその大人に舜くんは成った。

凄くめでたい事だから、いつもより盛大にお祝いした。私はまだ飲めなかったけど、お酒が飲めるレストランで食事した。

舜くんは大好物のグラタンも注文してた。

熱々のグラタン。

舜くんは冷ます仕草も見せず豪快に頬張った。

案の定、熱さに口がタコのようになってた。笑った。

その後も舜くんは学習もせず何度も熱いグラタンを口に入れた。舜くんに食べ物を冷ますという概念はないのかしら。

そんな時でも、舜くんは

「こうして20歳になった瞬間も大好きな光莉と一緒にいれて、俺はとんだ幸せ者だ」

って相変わらず甘い言葉を私にくれた。

けどそれが最後。そこが幸せと不幸の転調点だった。

そこから私の人生の不幸は始まった。天高くまで広がっていた空がいつの間にか手が届きそうな程低くなっていた。

クリスマスから数日後、舜くんと初詣に一緒に行こうと約束していたのに、舜くんは現れなかった。現れないどころか、連絡すら帰ってこなかった。既読すらつかなかったから、何かの事故に巻き込まれたのかと思って舜くんが下宿しているアパートを訪れた。

そしたら大家さんが、

「そこの部屋の子突然アパート解約して出ていっちゃったよ」

って特別に教えてくれた。もう頭の中はこの時点でぐちゃぐちゃ。髪も化粧もぐちゃぐちゃ。脚だけはすたすた。

気づいたら舜くんの実家に到着していた。淡い期待は淡いまま泡となった。実家にも舜くんは居なかった。舜くんの弟で同級生だった聡は居たから、舜くんの居場所を尋ねたんだけど、

「ごめんな、三好。兄貴の意向で、兄貴が今どこにいるか教えられないんだ」

って言われて私はやり場のない感情を聡にぶつけてしまった。

「なんでよ、なんで教えてくれないのよ、兄弟揃って最悪ね」

なんて悪態の悪魔が口から飛び出ていた。

舜くんの両親も同じようなことしか言ってくれなかった。

私は諦めきれなかったから、舜くんと交友があった人達を尋ねて回った。2ヶ月大学にも行かずに舜くんを探すだけに時間を費やした。髪、ボロボロ、脚もボロボロ。それでも有力な情報は得られなかった。

舜くんを探し始めて2ヶ月くらい経ったあの日。冷凍庫なんかなくても全ての食材が凍っちゃうんじゃいかと思う程に寒かった日。私は舜くんの高校時代の友人に逢いに行くために駅の構内を早足に歩いてた。そしたら段差もないのに転んだ。

手をついた銀白色の床は氷柱のように冷たくて。

その時だ。

私は舜くんに真っ赤な手袋を貰って以来初めて手の冷たさを感じた。

そして気づいちゃった。

舜くんはもういない。

私の手を温め続けてくれると約束した舜くんはもういない。私は捨てられたんだと。

その事実が私の心に正面衝突してきて感情が外に弾き飛ばされた。

そこからの10年は抜け殻だった。笑うし、泣くし、怒るし、悲しむのに、それは私ではない誰かが操作していて。それに従っているだけで、私という者は、ここには無くなっていた。


そして私は今年30歳になった。その年のクリスマスイブの夜、夢の中で舜くんの声がしたんだ。

「光莉!光莉!!俺は…」って叫んでいて。

途中で目が覚めた。

ベッドの横に一枚の手紙が転がっていることに気が付いた。

私は徐にその手紙を読み始めた。



光莉へ

この手紙を光莉が読んでくれている時、俺の生命は無くなっているだろう。急に何を言っているんだと思うだろうけど、最後まで読んでほしい。まず始めに、あの日突然姿を消してしまって本当にごめんなさい。だけど姿を消したのは俺の真意では無いんだ。あの日、光莉が俺の人生で最高の20歳の誕生日デートをプレゼントしてくれたあの日。その翌日に両親に呼び出されてこう言われたんだ。「お前はサンタクロースなんだ」って。笑っちゃうよな。俺がサンタだなんて。でも両親は真剣に俺に説明し続けたんだ。「我が三田家は人間が産まれてくる前から、サンタとしてこの地球の子ども達を幸せにする責務を真っ当している」「サンタの子は20歳までは人間と同じように生活するが、それ以降はサンタとして生きてもらう」「人間との恋愛も断じて禁ずる」だなんて続けるんだ。俺はそこで両親の話を遮って、「そんなのは嫌だ。それなら俺はサンタになんかならない」って言ったんだ。でも両親は聞く耳持たずで、俺をとある場所に軟禁して、そこからみっちり1年かけてサンタとはどんな存在なのか。サンタとして生まれたことがいかに尊いことなのかを叩きこまれた。

俺もだんだん悟ってきちゃたんだよ。サンタとしての役割を果たすのが俺の宿命なんだって。それに子ども達を笑顔にできるのは間違いなかったからな。だから光莉の存在はその時井戸の奥底に閉じ込めてしまった。

それから10年間、俺はサンタとして子ども達にプレゼントを配り続けた。サンタの良いとこはさ、子どもだけじゃなくて、元子どもだった人達からも感謝してもらえることなんだ。あの時、サンタさんから貰ったぬいぐるみを今も大切にしています。サンタさんに聞いてほしい話が沢山あります。なんて手紙が何通も何通も来てさ。そりゃもう涙が出る程に嬉しかった。

嬉しかった。嬉しかったのに、何か肝心なものが満たされなかった。それが何なのか自分では解っていた。

それが光莉。君の存在だ。

勝手にいなくなって、一回存在も自分の中で消したはずなのに。

消えない。消えないんだ。君への想いが募っていくばかりだったんだ。

それで俺は決意して今こうして君の目の前にいる。宿命を破る決意をして。サンタって奴は特別な魔法を授けられいる一方でしがらみも多くてさ。人間への愛の言葉を叫んだだけで生命をもぎ取られてしまうんだ。でもそれで良い。

こうして君への想いを偽って生き続けるくらいなら、俺は死を選ぶ。

何故なら俺は

光莉、君のことがどうしようもなく愛しいんだ。

10年約束守れなくてごめん。でもこれからは約束どおり光莉の手を温め続けるよ。ごめんね、

愛...            三田舜より



最後の部分は舜くんの涙で滲んで読みとれなかったけど、舜くんが何を言いたかったのかはわかる。

そして手紙の横に落ちてたこの片方だけの真っ赤な手袋。これが舜くんだともすぐ解ったよ。生命を取られても私を温めたいと願ったあなたの最後の姿なのね。

私ね舜くん。舜くんと中学から何年もいてさ、気づいたんだ。舜くんって優しいだけじゃなくって、バカだって。今回も飛び切りバカな選択をしちゃったね。私なんかを選択しないでよ。子ども達を幸せにし続けてあげてよ。

バカ。バカ...

だけどね、どうしよう、優しいだけの舜くんより、

優しくてバカな舜くんが愛おしいよ。



それから数か月後。三好光莉は決意した。彼女なりのやり方で周りの子ども達に幸せを配ることを。

そう決意した三好光莉。その意志を継いだ者が、ほら。

今もあなたの側にいる。

終わり




現在、才の祭という素晴らしいイベントが開催されています。この小説は、このイベントに合わせて、ピリカ文庫用の『てぶくろ』という作品の後日談という形で書いてみました。

はい、そうです。宇宙かっちーさんのてぶくろシリーズが素晴らしかったので、僕も真似してみました。

ピリカ文庫運営のピリカさんも、才の祭に参加されています。5000字の物語なのに、するすると読めてしまいます。流石です。

こうやって皆が各々の作品を持ち寄って、そこから作品が紡がれていく。このイベント自体がクリスマスの贈り物のようですね。

個人的にも最後まで楽しみたいと思っています。

PJさん始め運営に携わっている皆さんに感謝を添えて。

#才の祭 #才の祭小説

ここまで読んでいただきありがとうございます。