見出し画像

鬼ごっこと、月と、バッタと。


小学6年生のある日のことである。放課後、校庭で友達と鬼ごっこだったか氷鬼だったかドロケイだったかをしていた時に、ふと思った。

「あぁ、今というこの瞬間は、もう二度とこないんだ。そして、そう思った今この瞬間の感覚を、私は何度も思い出すことになるような気がする」


言葉にしてみると、なんだか恥ずかしいのだけれど、あの時私は、確かにそう思った。思ってしまった。それだけは、覚えている。


まるでその瞬間に生まれ落ちたかのような新鮮さと、それでも身体は鬼ごっこをしている、という過去からの連続性を実感し動き続ける感覚が共存していて、奇妙だった。とても、奇妙だった。



忘れられない風景がある。忘れたくない風景、と言い換えることもできる。


あれも、小学生の頃だったように思う。

ある秋の夜、月が聴こえた。月、というと「見る」もののように思うかもしれないけれど、あの夜、私は確かに月が「聴こえた」。


私の実家の裏にはお寺があり、表には川が流れている。お寺からは、風に揺られて静かに歌うススキの音と、大きな大きな木のふくよかな笑い声が聴こえていた。少し離れたところから聴こえてくるのは、鈴虫か。かすかに、川の流れを耳で感じた。


寝室は家の角の部屋で、当時は家族4人ベッドを並べて寝ていた。ベッドの端から端まで、布団の中を懐中電灯と一緒に探検して遊んだり、弟が夜はしゃいでなかなか寝ないので、父が怒って弟を寝室から引っ張り出したり、母を主人公にしたお話を父が時々聞かせてくれたり、ベッドの寝る順番をどうするかを毎晩弟と喧嘩したり。もしかしたら、私にとって家族の象徴的な場所は、食卓よりも、居間よりも、寝室だったのかもしれない。

その秋の夜も、寝室にいた。


少し開けられた窓からは秋の空気が入り込み、音にならないような音までもが聴こえてくる。秋というのはなんと豊かな季節だろう。静けさによって、「そこにある」ということを祝いたくなる。そんなことを、当時も感じていたのだろうか。それともこれは、今の私が語る、「当時」なのだろうか。


ふと、窓から光が差し込んでいることに気が付く。それは、隣の家の灯りではなく、お月様の光だった。

その光は、「見る」というよりも「聴く」という動詞を贈りたくなるほど静かな光だった。目を閉じてもそこに在る、ということを感じるくらいに、聴こえていた。秋を祈るように、いやもしかしたら、秋が祈るように、お月様が存在しているということが、美しかった。


この思い出に何と名前をつけようかと考えてみた。「秋の記憶」だろうか、それとも、「月の美しさ」だろうか。


私はこれを、スケールの違いに気づいた瞬間なのだと結論づけた。


家族の一員としての私。弟と喧嘩する私。母の「おはよう」で目覚める私。父の語りと共に眠りにつく私。

そんな私が当たり前のように存在していた寝室で、私は「月と向き合う私」に気がついてしまった。「秋を祝う私」と出逢ってしまった。

それは、新しい自分が生まれた、と言うこともできるけれど、家族、という群れの中だけに存在している訳ではないことを思い出した瞬間だったように思う。月や秋といった、もっともっと壮大なひろさや遠さとの関係性とも共に、私は生きていた。



先述した鬼ごっこでの気づきも、ある意味での「スケールの違い」と捉えることもできる。鬼ごっこをしている自分と、その自分を小さな存在としてどこかから見つめるスケール。そして、それを大きな出来事として認識するスケール。様々なスケールの交差を、味わっていたのだろう。



昨日、母から「バッタがアフリカで大量発生しているらしい。」と連絡を受けた。巡りめぐって日本にも影響が出るかもしれない、とのことだった。


ちょうど昨晩、バッタの大群を追いかける研究者の本を読んだところだった。



筆者は、「バッタに食べられたい」とバッタへの愛(?)を表現しながら、アフリカで辛抱強くバッタとの出逢いを追い続けていた。バッタを通していくつものドラマが展開する。バッタをどうしても「気持ち悪い」と思ってしまう私でさえも、最後彼がバッタの群れと対面するシーンは胸熱だった。感動してしまった。


そんなこんなで、昨日は自分がバッタになっている想像をしながら眠りについた。空を飛ぶ。大勢の仲間と、空を飛ぶ。それはもしかして、すっごく気持ちがいいのではないか、なんて思う。すっかりバッタだ。


だから、バッタが大量発生している、と連絡をもらった時、自分がどの視点から返事をしたらいいのかがわからなかった。私は多分人間だけれど、人間中心の視点で考えることに固執してしまうことに、違和感を覚えたからだ。



今日も、私は生きている。

笹木家の長女として、学生として、神戸に住んでいる者として、人間として、あの人にとってはこんな存在かもしれないし、また別の人にとってはあんな存在かもしれないし、日本人として、地球人として、はたまた宇宙人として、ベランダの苺の苗にとっては育て主として、微生物にとっては住処として、宇宙の塵として、そして、生命として、生きている。


様々なスケールがあり、その「中心」なんてない。上下関係に置くこともできないし、私が一生気づくこともないスケールでも、私は存在している。



もしかしたらこの先、この世界の中心は人間である、とはもう誰も思えないような未来が待っているかもしれない。それは誰かにとっては喜びであり、誰かにとっては哀しみを伴うだろう。



でもそれでもきっと、月は美しいのだ。


でもそれでもきっと、生きてゆきたい。



そう願うのは、私中心すぎる、だろうか。



tama

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?