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昨日、動けなかった人へ

動けないということ程、
人の心を惨めにさせるものはないかもしれない。

今日こそは、今回こそはと思いながら、と思いながらも、手足がまるで自分のものではないかのように動けない。

やりたいこと、やらなくてはいけないことがあるのにと心では分かっているのに。

そして、全く動けないのは嫌なのか、本筋とはあまり関係無いことに体と頭を動かしていく。

ネットで動画見ちゃったり、部屋の掃除したり、昔読んだ本を読み返したり・・・

でも、本当に動きたいことで動いてないから、結局は一時的な逃避でしかなくて、一日の終わりに後悔してしまうのだ。

そしてまた、明日こそはと思う。

動けないというのは本当に心にクる。

自分がまるでダメで価値が無いように思えてしまう。
そう言えば昔もそうだった、とか、
このままじゃきっとこの先も、とか、
勝手に過去と未来まで引きずり出して沈んで行ってしまう。

この根底にあるのは、たぶん、というか間違いなく恐怖だ。

失敗したらどうしよう、恐い目に会ったらどうしようという不安。

これさえなければと思うけれども、
たぶん、不安や恐怖というやつは、どうしようもない。

これが無くなってから行動しようとすると、たぶん一生動けないままだ。

だから、自分は恐がりだ、臆病だということをはっきり自覚して、動くしかない。

恐怖を無くしてから一歩を踏み出すのではなく、怖がりながらでも踏み出すしかないのだ。

たぶん大丈夫。失敗するかもしれない、怖い目に会うかもしれないけれど、死ぬことまではないはずだ。たぶん。

結局、なるようにしかならない。
ただ、そうは頭では理解はできても、心の底では必死に足を止めようとしている自分がいる。

必要なのは、動けない自分を責めることじゃなくて、大丈夫だと言ってあげることだと思う。

今日動けなかった人へ。
明日も、もしかしたら動けないかもしれない。
でも、前へ進もうとする意志だけはどこかで持っていてほしい。

それが苦しいのは分かる。それでも苦しみながら、ほんの少しでも先へ進めた人のことを本当にすごいと思う人は、きっと世界中にいるはずだ。

だから、怯えながらでも進もうじゃないか。

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