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かる読み『源氏物語』 【少女】 ピュアな幼い恋人たちの周囲でバタバタする大人たち

どうも、流-ながる-です。『源氏物語』をもう一度しっかり読んでみようとチャレンジしています。今回は【少女】を読み、源氏が突然の教育パパになったワケについて考えてみたいと思います。

読んだのは、岩波文庫 黄15-12『源氏物語』三 少女をとめになります。【少女】だけ読んだ感想と思って頂ければと思います。専門家でもなく古文を読む力もないので、雰囲気読みですね。


【少女】に入って急になんだか面白くなったなぁとなった記憶

現代語訳などで『源氏物語』を読んでいた時代、少女をとめの帖で急にパキッと毛色が変化した感覚を得たことがありました。今読み直しても、正直この【少女】は面白いです。何が具体的に、と考えてみますと”わかりやすさ”なのかもしれません。少女では主な舞台が、成長した源氏の息子・夕霧ゆうぎりが育った大宮の邸となっています。そこでの夕霧と幼馴染・雲居雁くもいのかりの恋に大人たちがアタフタしている回ですね。

中高生の頃は、この帖のメインとも思われる二人の幼い恋人たち、夕霧と雲居雁くもいのかりをフォーカスして見ようとするんですけど、こうして読み直すとこの二人の周囲の大人たちが、読んでいて面白いんですよね。それが三条の大宮の邸で繰り広げられているといった印象です。ある家のドダバタというか、それぞれに思惑がずれたり、行き違いがあったり、ツッコミどころも多くあって、二人の初恋物語というよりは、それに勝手に騒いでいる大人たちの慌てぶりを楽しんでって感じにも見えます。

内大臣は登場人物の中の常識人である

三条の邸の人々について整理しよう

今回の話の人物を整理したいと思います。

  • 大宮
    邸のあるじ。孫二人の祖母。

  • 夕霧
    源氏の子息。大宮の姫・あおいの上を母に持つ。母は故人。雲居雁が好きでひっそり恋愛関係に。

  • 雲居雁
    内大臣の姫。元々は父と別れた実母のもとにいたが、母が再婚し、その後父の内大臣に引き取られ、祖母の大宮のもとで育つ。

  • 内大臣
    雲居雁の父。娘を東宮の将来の妃として考えたことをきっかけに事態を知る。

  • 夕霧の乳母
    当然ながら夕霧の味方。

  • 雲居雁の乳母
    内大臣側につく。実質、二人の壁となる。

他にもいるにはいますが、とりあえずというところでしょうか。内大臣が事態を悟ったのは女房たちの陰口からという中々にショッキングな場面が描かれます。読んでいて何とも居た堪れないですね。母・大宮のもとですくすくと育っている娘を見て東宮のお妃にというビジョンを語った直後に、もう雲居雁は夕霧と恋仲なのにという女房たちのこそこそ話を聞いてしまい、何も言えなくなるわけですね。立場上やいのやいのと文句を言えるわけでもなく、事態をなんとかしないといけなくなったという感じが漂います。

内大臣はちゃんと女房たちに指示を出していまして、雲居雁について十歳を過ぎたらちゃんと淑女として夕霧とは別の部屋で育てなさいと言っていたとのことです。父親としてごくごく当たり前のことを言いつけていたのに、あっさりと裏切られていたのでした。内大臣の立場になると頭を抱えたくなる事態ですね。そもそもの危惧のことを考えると、女房たちは約束を守っていないも同然です。ただ部屋を分ければいいというわけではないんですよね。

内大臣は夕霧も大切に思っている人である

内大臣は夕霧にも裏切られたような心地だったのではと思いました。妃にしようとする娘を掠め取られたと言えば、源氏と朧月夜おぼろづきよの例が頭に浮かびました。あの時は弘徽殿こきでん大后おおきさきが最終的に関係が切れたと思っていたら、まだ切れていないとブチギレて源氏が須磨へ行くことになったきっかけとなりました。もとより因縁があったということで、バチバチしていたわけですが、今回は違いますね。

"娘に手を出された父の反応として寛容だな"

そう思いました。さらに言えば、内大臣の言い分を聞いていると、夕霧の立場も考えての発言があります。貴族の家の子として幼い頃から一緒に育ってそのままずるずると結婚というのは、世間の目を考えると軽々しい、そう思われるのは二人にとって良くない! という論が基本です。

内大臣は夕霧のことも、父のような立場で見ているとよくわかります。何も知らない時の二人の様子を見てみると、夕霧がやってくれば親しげに話しかけて、近況を尋ねたりと、団欒の輪に入れているといった印象です。夕霧の幼少期をふまえると、内大臣からすれば母・葵の上を亡くし、父・源氏は須磨へとなると、自分が親代わりという感覚だったというふうに見えますね。だから夕霧のことも考えたうえで、二人を引き離そう、距離をとらせようとなったと考えられました。

「この姫は東宮の妃にするんだからお前はダメ!」という感じでもないですね。もうそれはあっさりと諦めて、夕霧と結婚させるならこうしないといけないというビジョンを考えていて、さらに言うなら、”夕霧が一過性ではなく末長く姫を想ってくれるのかちゃんと見極めないと”という実に父親らしい考えも巡らせているので、内大臣のやること言うこと、すべて「そりゃそうだ」となります。

乳母たちで取っ組み合いをしそうな場所の大宮の邸

面白い登場人物といえば乳母たちですね。彼女たちはそれぞれ”養い君”がいて、その味方であるわけです。しかし、内大臣にいろいろと言いつけられた雲居雁の乳母は指示された通りに、夕霧の妨害をします。それまではどうだったのかというとそこははっきりしませんが、彼女の行動から考えると、この邸の環境についていろいろと不満を抱えていたのでは、と思わせてきます。

大宮の孫二人は、孫という立場では同じです。しかし大宮の思考では夕霧が何が何でも優先で、優位なのです。大宮は二人の関係を内大臣から知らされた直後に、夕霧擁護満載の考えをこれでもかと見せてきます。「夕霧が望むならいいじゃない」といった感じですね。夕霧ならもっと高貴な人とも結婚できるのに、なんて思っているので完全に夕霧>雲居雁なんです。

この邸は大宮の邸なので、当然それは全体に浸透するので、雲居雁側の人たちは常にあちら優先という感覚を味わってきたのではないでしょうか。

夕霧のすることはなんでも許されて、夕霧が望めば全部その通りにする。夕霧が第一優先で、雲居雁はどう頑張っても次点である。そうなると雲居雁の乳母が内大臣に諭されて強気に出たのはそうした積み重ねからかもしれないなと思いました。

逆に夕霧の乳母は、雲居雁に夕霧と同じく主のように思ってきたのに、と言っていますね。これは余裕がある側の感覚のようにも思えてきます。この邸では夕霧が絶対であるという確信があるからこそ出てくるといった感じです。

そんなわけで、夕霧の乳母は夕霧と雲居雁の恋を応援し、雲居雁の乳母は夕霧を邪険にし、最後に夕霧のプライドを傷つける捨て台詞まで吐いて、二人を引き離すのです。この乳母の台詞は、夕霧にとっての大きなバネにもなっているともなりますが、こうした台詞が出るべくして出たという因縁が感じられてとても面白いです。雲居雁の乳母にとって夕霧は祖母に甘やかされて何もかも自分の思い通りになると思っている、調子に乗ったお坊ちゃんに見えたのかもしれません。

このエピソードの前に源氏の夕霧教育論が出てくるわけですが、なぜ源氏が夕霧に厳しく学問をさせ、祖母・大宮から引き離そうとしたか、その理由はこれです、と説明された心地です。

【少女】の帖、いろいろと盛りだくさんです。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

参考文献
岩波文庫 黄15-12『源氏物語』(三)澪標ー少女 少女をとめ

続き。本格登場した息子・夕霧ゆうぎりに対して源氏が教育パパになりました。

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