最新型の400年『スマホVSリア王』
劇団『カクシンハン』をご存じだろうか?
この劇団を始めたのは、演出家の木村龍之介さん。若き頃、バンドマンだった彼は「ロックで世の中を変える」という目標に向かって邁進していた。その過程で「長期に渡って活躍するロックミュージシャンには教養がある」ことに気づき、予備校にも行かず、完全に部屋に引きこもって勉強し、東大に受かってしまった。もう、ここが木村龍之介さんらしくて面白すぎる。
「普通はそうはならないでしょ?」を軽々とやってのけてしまうのが真の才能なのかも知れない。
911、世界を震撼させた同時多発テロ。衝撃を受けた木村青年は、「世の中の不条理」にどう対峙するか、道を模索し始めたという。そこで出逢ったのが、シェイクスピア作品だった。
人間が人間として生きる以上、次々と訪れる困難、理不尽、生きづらさ、悲しみ、喜び、希望を含めたあらゆる情動を核として「人間とはどういう存在であるか?」を400年前のひとりの天才が「戯曲」という形に封じ込めた。それは英語というグローバル言語の飛躍的進化をもたらし、今、我々が生きる現代社会にも大きな影響を与え続けている。
そんなシェイクスピア作品に魅了され、救われ、彼の世界観と格闘し続ける木村龍之介さんは、自身の劇団『カクシンハン』を率いて、毎日創造し、若き才能たちを触発し、演劇の先輩たちにも場を与える。書けば簡単だけど、こんなことをずっとずっとやり続けている。
11月26日、僕は岐阜から上京してきた友、杉山鉄男さんと共に、シアター風姿花伝に『スマホとリア王』を観劇に行った。いや「観劇」という言葉は相応しくないかもしれない。カクシンハンの皆さん、共演の皆さん、演出家の木村龍之介さんの生み出すひとつの「世界を浴びに」行ったのだ。
そこで見つけたのは、「全身全霊」だった。
舞台上の全ての役者さんが、ご自身の役割を本気で全うし、ぶつかり合ってはノイズを生み出し、調和してはハーモニーを生み出す。
400年前のシェイクスピアが書いた「リア王」と2022年末の最新型テクノロジーである「スマホ」、一見、ミスマッチにも思えるこれらの組み合わせが、実は本質的なところで繋がっていた。
剣も、軍隊も、財産も、スマホも、核兵器も、そして言葉も、それらを扱うのは結局のところ「人間」である。
それらを使って人を殺すこともできれば、人を生かすこともできる。
世の中を破滅させることもできれば、創造することもできる。
誰もがどっちにも振れる可能性をもった存在。それが人間なのであって、「時代」とやらも実は、人間が生きている条件に過ぎないのだと、声高にではなく、静かに悟らせてくれる。
そんな「古くて新しいリア王」を体感できた。
木村龍之介さんたちは、この演劇を僅か1カ月で完成に導くという、挑戦を続けている。あの木村龍之介さんのことだ。「演者として」はもちろんのこと、人間として、チームとして圧倒的成長を実現するためのトライアルであろう。
そしてそこの試みは素晴らしいエナジーを生んでいる。大抵のものに感動してきた、つまり感動の閾値がいつの間にか高くなってしまっている、スレッカラシの僕は、劇中何度も鳥肌が立ち、涙が溢れ、目の前で繰り広げる悲劇と喜劇の絶え間ない繰り返しに心打たれる自分を発見した。
自分の未来に真剣に向き合い、全身全霊の勝負をかける人たちがいる。
この事実を目の当たりにできて、本当によかった。
本気が未来を変えていく。カクシンハンの皆さんは演じることで自身の未来も創造しているはずだ。そして観た者の心を揺さぶり、新たなエネルギーを生み出している。それを何よりも喜んでいるのはおそらくシェイクスピア自身であろう。
カクシンハンの皆様、関係各位、そして木村龍之介代表、素晴らしいアートをありがとうございました!これからも心から応援しています!