紫本2-2 逃げるの肯定
「弱さ」と聞いてはじめに浮かぶキーワードのひとつは「逃げる」ではないでしょうか。
かなり無理矢理な設定ですが「ある日突然、宇宙人がUFOに乗って地球を征服しにやってきた」としましょう。
「あいつらは何者なんだ?」「UFOが着陸したエリアの村全体が壊滅した!」「宇宙人たちは次から次へと首都に向かっている!」地球全体が予想外の事態にパニックに陥る、そんな状況です。
我々、地球人は彼らと戦って勝てるのでしょうか?
「我が軍隊が負けるはずがない、宇宙人なんて蹴散らしてやるぜ!」その意気込みは、命令ばかりしている権力者の方々にお譲りするとして(オマエガタタカエ)、冷静に考えれば「宇宙人がUFOに乗って地球にやってくるテクノロジー」を有している時点で彼らに勝てる可能性はほとんどゼロに近いでしょう。
地球人は宇宙人が地球に近づくまで認識さえしていなかった、しかし向こうは地球をターゲットとして虎視眈々と征服を狙っていた。戦う前から、宇宙人と地球人には埋めようのない圧倒的な差があるわけです。
では、正体不明、戦略不明の宇宙人が襲ってきたとき、我々はどうすればいいのでしょうか? もちろん、最初から武器でガンガン宇宙人を攻める方法もあるでしょうし、被害が小さいうちに食い止めることも重要です。同時に闇雲に攻撃すればこちら側の犠牲も大きく、かえって宇宙人側に手の内を明かすことになりかねません。
正体不明の敵に対しては「まず逃げる」、つまり空間的距離を取り、時間的な猶予を稼ぐことが得策です。相手を観察し、情報を集積して解析するために、まずは「安全圏の確保」が必要です。
ちなみにこのような宇宙人と地球人の対決の話は、「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」「バットマン」「チャーリーとチョコレート工場」など数々の名作を世に送り出している鬼才、ティム・バートン監督の映画「マーズ・アタック」でコミカルなタッチで描かれています。
宇宙人を平和の使者と考える楽観主義者、「叩きのめしてやる」と血気盛んな軍隊の若き兵士、歴史に名を刻むチャンスと考える大統領、ビジネスチャンスに利用したい不動産王……。
宇宙からの侵略者襲来に対し、様々な反応や思惑が入り乱れるなか、地球を救ったのはなんと、認知症のおばあちゃんでした。
彼女の「他の誰も思いつかなかった方法」含め、興味のある方は、ぜひご覧になってみてください。
ここでは未知の対象を「宇宙人」としましたが、「災害」であれ、「新型ウイルス」であれ、「弾道ミサイル」であれ、想定外の危険に直面したとき、あるいは自分の力ではどうしようもないと直感したときは、「まずは逃げる」を肯定していいのだと思います。
ある時、ラグビーのワールドカップの試合映像を観ていてふと気がついたことがあります。ラグビーのトライは「逃げ切る」の芸術的な極みであるということです。
選手がキープする木の実のような形の「ラグビーボール」を「大切なものの象徴」だと考えると、それを手にして逃げ切る。次々と襲ってくる困難や妨害に「対峙」せずに「対応」する。
ボールを持った選手は、相手チームの選手との接触をギリギリで避けながら、相手も自分も身体的に傷つけないコースを選択していく。ぶつかりあいも辞さない覚悟と共に。仲間が逃げ切るために周囲はベストを尽くし、ゴールは「逃げる」を全肯定した先にあるのです。
フォワードはしっかりスクラムを組んで最前線を堅持し、さらなる前進をめざす。スクラムは真っ向勝負であり、「絶対に逃げてはいけない」完全対峙の場面です。個々の屈強なるパワーを、繊細なる微調整で同じベクトルに集約させ、全体としてひとつに調和する。全力で立ち向かわなければならないときに、逃げてしまっては相手チームに潰されてしまいます。
刻々と変化する状況の中で「立ち向かう」「静観する」「逃げ切る」「仲間に託す」「相手に譲る」などの最適解を瞬時に判断し、パフォーマンスに変換しながら「逃げずにガッツリ戦い、戦わずにアッサリ逃げる」ラグビー。
たいへん遅ればせながら、人間の生存戦略の凝縮のような奥深い競技だと理解しました。
ここで述べている「逃げるの肯定」は、「逃げるを奨励する」という一面的なものではありません。
「逃げる」をきちんと認めることで、
「ここは一度完全に逃げて、立て直したほうがいい局面だな」「逃げると見せて、油断を誘ってガツンとやる」「負える範囲を超えているから誰かの力を借りよう」「大きく距離をとって、俯瞰してみよう」
など選択の自由が生まれますし、同時に「ここは絶対に逃げてはいけない」の判断能力の向上にもつながります。
「逃げる=弱い」と簡単にイコールで結んでしまう前に、(時に「弱い」と捉えられたとしても)「状況に応じて臨機応変に適切な距離をとる」ことは、命や健康、心の平穏、人間の尊厳などを守る行為です。(強さの磨き方 第2章 ~弱さの見つけ方~より)
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