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紫本10 運動の延長としてのテクノロジー

 想像からの創造により、私たちは運動の延長としての高度なテクノロジーを獲得してきました。

「人類最初のテクノロジー」は石器といわれています。

我々の直接の祖先であるホモ・サピエンスは20万年前に「道具を改良する能力」を発揮して、用途に合わせて多種多様な道具をつくり出してきました。手足の延長として、脳の延長として、人間の創造力をエンパワーするものとして、テクノロジーは今も進化し続けています。

 人間とテクノロジーについて考える際、「サルに道具を使う訓練を行うと脳の一部が膨張した」という興味深い研究結果があります。

  理化学研究所の入來篤史チームリーダーらは、野生では道具を使わないニホンザルに、「熊手」を用いて少し遠くの場所にある食料を自分で取る練習をさせました。サルたちは10日ほどで熊手を十分に使えるようになり、20日ほど経過した段階で脳のMRI画像を撮影したところ、大脳の頭頂間溝部皮質(とうちょうかんこうひしつ)、上側頭溝部皮質(じょうそくとうこうぶひしつ)、および第2体性感覚野の体積の膨張を示す信号が確認されたのです。

 ある個体では最大17パーセントの膨張が確認されており、これら脳の部位は、「感覚の情報をまとめ、行動を制御する役割」を担っていて、人間では道具の使用、概念やイメージ、言語などの高度な機能に関わる部位に相当します。

 さらに小脳脚部(しょうのうきゃくぶ)という大脳と小脳を繋ぐ、軸索が集まる連絡通路のような場所にも信号の変化が認められました。つまり、道具の使用によって脳そのものが変化したのです。

 ニホンザルに起きた脳の変化は、人間が他の生物を圧倒する存在になったヒントをもたらしてくれます。道具やテクノロジーとの関わりという観点から見た場合、人間にはどのような特徴があるのでしょうか?


1)道具の使い方が複雑である

 人間は道具の使い方が複雑であり、道具にまつわる運動の種類が豊富な点が挙げられます。

 たとえば中世の騎士ならば、兜を被って頭部を守り、甲冑を着て胴体を守り、片腕には盾を持って防御に使い、もう片腕には剣を持って攻撃する。武器も防具も含めて「複数の道具を同時に使いこなす」スキルが求められます。

 自転車を乗りこなすのも、停止時の足の接地、走行時のバランスの維持、ハンドル操作、ペダルの踏み込み、環境や速度に伴うこぎ方の変化(立ちこぎ、座りこぎ、下り坂ではこがない、など)、ギアチェンジ、転倒回避、転倒時の危険ではない転び方など、少なくとも走行に必要な技術の獲得が必要不可欠です。

 さらに自転車で公道に出るとなれば、交通ルールの理解、危険の察知、安全の確保、歩行者の保護、などなど「約束事という制約を理解した上での道具の使い方」が求められます。これは単に「自転車に乗って移動する」のとは全く違う高度な理解と判断が必要になります。

 そして興味深いのは、道具(自転車)へのアクセスなしにはスキルを獲得できないという点です。もし自転車という道具に触れる経験が全くなければ、自転車に乗ったときの振動や圧、筋、腱、靭帯や骨にかかるテンションといった深部感覚、スピードと受ける風の感覚、バランスが崩れかけたときのリカバー時の身体の使い方、路面が粗い時や雨で滑りやすい時の走行の不安定さ、などの情報を入力することができないからです。


2)道具を応用する

  採取した木の実を割って中身を食べるために「石と棒」を組み合わせたハンマーのような「石鎚」は、敵が襲ってきたときの武器にもなれば、小動物を狩るための道具にもなります。肉の塊が固くて食べにくいときには、叩いて砕くことで肉をミンチ状にすることもできますから、石鎚は調理器具にもなるわけです。

  さらに、片方が鋭く尖った細い石を、石鎚を使って木に打ちつけてみたところ、尖った細い石が木にめり込んで固定された。そんな経験は、やがて釘やネジ、鋲、金槌といった金具や工具に発展していった可能性が考えられます。 石鎚の先を鋭利な石に変えれば「斧」になりますし、全体のサイズを片手でコントロールできるくらいに小さくすれば、「包丁」になります。



それぞれの用途に合わせてそれぞれ全く違うものをゼロからつくるというよりも、つくったもの、すでにある構造、仕組み、型をアレンジする、私たち人間にはそんな基礎を応用する能力があります。


3)道具をつくるための道具をつくる

 ボルトやナットを含む、いわゆる金属製の「ネジ」は、それ自体ですぐに役立つ道具ではありませんが、何かを組み立てる際にはとても重要な役割を果たします。

  ふと日常生活を見渡してみても、「もしネジがなければ成り立たない機械や道具」は数え切れないくらいあるはずです。もし世の中のネジが一瞬にして消えてしまったら、高層ビル、鉄道、自動車、飛行機、コンピューター、気象衛星、人工呼吸器に至るまで、機能不全を起こしてしまうのは間違いないでしょう。我々は「ネジ」をつくり、「ネジをつくるための金型」をつくり、「ネジを大量生産する機械」をつくり、さらには電動ドライバーのような「ネジを止めるための道具」もつくります。面白いことにそれらの機械や電動ドライバーにもネジが使われていて。我々人間は、「道具そのもの」だけではなく、「道具の部品」や「部品をつくる道具」もつくってきたのです。


4)すでにある道具を組み合わせて、新しい道具を発明する
  先の石槌も「石」と「棒」と「縄」を組み合わせて、それぞれにない機能、それまでにない機能をもたせた発明品ですし、「棒」と「縄」に「針」を組み合わせれば「釣り道具」になります。「石」と「縄」と「船」を組み合わせれば、小舟を停泊させるアンカーにもなります。

 現在、多くの人々が手にしているスマホも、「無線電話(スピーカーとマイク)」と「デジタルカメラ/ビデオ」と「パーソナルコンピューター」と「タッチパネル」が手のひらサイズに収まっています。高性能なアプリケーションがスマホの機能をさらに拡張しています。

 私たち人間は、ある道具が発明されれば、それを使用し、共有し、応用し、組み合わせ、シンプル化し、新たな使用法を考えたり、次なる発明のベースにしたりします。(強さの磨き方 ~強さと人間理解~より)

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