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青年期におけるアイデンティティ形成と読書が与える影響


はじめに

近年大学生の読書離れが注目されている。全国大学生活協同組合連合会の調査によると、2019年の読書時間の1日平均は30.4分。一方で、1日の読書時間が0分は48%、有限平均(読んだ人の平均)は61.0分であった。読書をする層としない層の二極化が生じているともいえる。ここで本の定義として、一般的には雑誌や漫画などは含まず、趣味のための本や書籍などが含まれるとする。近年の情報技術の発達やスマホの普及により、簡単にネットにアクセスできるようになり、膨大な情報に触れることができるようになった。しかし、ネットからの情報は本から得る情報と比べて深みが欠如しているのではないだろうか。現代人の集中力が低下していることを示す研究もある。2015年にMicrosoftが発表したところによると、現代人のアテンション・スパン(一つのことに集中できる時間)はたったの8秒。2000年には12秒だったものが4秒も縮むという結果が出ている。集中力の低下と読書離れの相関を示す詳しい研究はないが、関係していないとも言えないだろう。本レポートでは、青年期におけるアイデンティティ形成と読書との関連性を考察することによって読書がいかに人間形成に影響を与えているのかを明らかにしたい。また、読書と青年期におけるアイデンティティ形成の関連性をまとめたのち、本を読むことに対する自身の考えを述べたい。本レポートでは、まず青年期におけるアイデンティティ形成の定義やプロセスについて共通認識を図る。次に、読書から獲得できると予想されるものについて述べる。最後に、アイデンティティ形成と読書の関連をまとめたのち結論としたい。
 
 
アイデンティティ形成とそのプロセス

Erikson(1968)によれば、アイデンティティとは、自分が斉一性と連続性を持つ存在であるという感覚を持つことであると同時に、他者によってもその斉一性と連続性が認められねばならないという社会的側面も持つ。つまり、青年が決定した選択やイデオロギーは、特定の社会や文化における他者から承認される必要がある。そのため青年は、まず、他者と共有され得る考え方、欲求、意見、生き方などに気づき、さらにそれらを自分の持っているものと付き合わせながら取り込む作業を行う。これは、一方で自分の独自な視点に気づき、これを大切にしながら、他方で他者の視点を内在化する作業である。そこでは、しばしば自己と他者との視点の間に葛藤や矛盾が生じると予測されるので、この食い違いを解決することが要求されると考えられる。他者の視点を内在化するには、他者心理の理解や内在化する側の自己理解が重要である。
アイデンティティ形成のプロセスについていえば、青年は、自分と同じ文脈に生きる家族や仲間、恋人、教師などの身近な他者と相互作用しながら、これらの他者によって示された、その文脈が規定する範囲の選択肢の中から職業やイデオロギーを選択すると言える。このように身近な他者との関係性は、社会的文脈の中でのアイデンティティ形成について研究する際の最も基本的な単位であると同時に、全体的な問題にもつながる視点であるといえる。
アイデンティティはさまざまな学問領域において多義的に用いられているが、共通する重要な点は、アイデンティティ形成とは自己と文脈の間の相互調整のプロセスであるというものであった。Kroger(1989)はEriksonをはじめとする5つの自我発達に関する理論を整理し、アイデンティティは自己と他者の間のバランスの問題であると結論づけた。
また、杉村 ()は、アイデンティティ形成とは、自己の視点に気づき、他者の視点を内在化しながら、そこで生じた自己と他者の間の視点の食い違いを相互調整によって解決する作業であるとまとめた。そして、このことを踏まえ、アイデンティティ形成の作業である探究を次のように捉えた。すなわち、探究は、人生の重要な選択を決定するために、他者を考慮したり、利用したり、他者と交渉していくことにより問題解決していくことであるといえるのではないだろうか。
アイデンティティ形成の根本はやはり他者との関わりだと考えた。そして、そのプロセスの根本にあるものを楠見(1995)は、プロセスの根底にある要因は、認知能力の発達であると思われる。青年期の認知が児童期と異なる点は、脳・神経系の成熟を基盤として、情報処理の速度や正確さが頂点に達し、その結果として、高次の認知能力が発揮できる点であると述べた。
以上のことからアイデンティティについて自身の言葉でまとめるとアイデンティティの形成は、自己と他者の相互調整であると結論づける。他者と共有され得る考え方、欲求、意見、生き方などに気づき、さらにそれを自分の持っているものと相互作用させながら取り込む。そして、このプロセスの根底にあるのは認知能力の発達であると考える。
 

アイデンティティ形成において読書がどのような影響を与えるのか

Andrew Dewar(2012)は、読書を通して読者は幅の広い擬似体験を経験し、また異なる価値観に気づかせられるので、性格が影響されることになると述べている。つまり、読書という文化的体験を通じて人格形成に影響を与えるということが考えられる。読書をすることで人格形成において何かしらの成長やプラスな影響を与えるのではないだろうか。
青柳ゆきのら(2015)によると、感情移入的に本を読み、自分の現状と重ね合わせることで本の内容の擬似体験ができると考えられ、問題解決思考、自己理解、他者心理の理解は読書によって高めることができるのではないかと考えられると述べている。自己理解と他者心理の理解は人格形成と深い関わりを持つことは明らかである。
ここで一つ問題となるのが、本との接し方である。本の読み方にも、熟読、精読、速読などいろいろあるが、じっくり読むのとパラパラと眺めるだけではその効果も違ってくるように推測できる。ヘルマン・ヘッセは「書物を読んで自己を形成し、精神的に成長するためには、ただ一つの法則とただ一つの道があるのみである。それは、自分の読んでいるものに敬意を持つこと、他者の意見を認め、それを注意深く聞くような謙虚さを持つことである。・・・友人の言葉を注意深く聞くように読書する人に対しては、書物は心をひろき、その人のものとなる。」このことから、書物を読むことで自己形成をし、精神的に成長することは明らかであるが、ただ単に本を読むのではなく、謙虚さを持ち注意深く読むことが重要であると述べている。
以上のことから、アイデンティティ形成において読書がどのような影響を与えるのかをまとめると、読書という文化的な擬似体験を通してアイデンティティ形成に影響を与えることは明らかである。本に対して謙虚さを持ち注意深く読むことで自己理解や他者心理の理解をより深めることができると考える。


おわりに
読書は、思考力を高めたり、知識を増やしたりといった効果だけでなく人間力を高めたり、人格を形成したりといった効果も発揮する。本を読むことで、自己理解や他者心理の理解も深めるということは明らかである。近年の読書離れという言葉は、本を読む層と読まない層の二極化によって読まない層の増加が起因していると予想できる。つまり、このままいけばこの二つの層においてアイデンティティ形成の時期の差や思考の深みの差が生じてしまうのではないかと考える。
 

参考文献
・「読書の有用性についての一考察」 村田文生 (2018) p.71
(https://www.sai-junshin.ac.jp/junshin/wp-content/uploads/2018/03/no.3_pp.67-73.pdf)

・「読書が子どもの発達に及ぼす影響」 Andrew Dewar (2012)
(http://uchidoku.com/htdocs/?action=common_download_main&upload_id=2479)

・「青年期におけるアイデンティティの形成:関係性の観点からの捉え直し」 杉村和美 (1998)
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjdp/9/1/9_KJ00003368044/_pdf/-char/ja)

・全国大学生活共同組合連合会 第55回学生生活実態調査 概要報告
(https://www.univcoop.or.jp/press/life/report.html)

・「青年期の認知発達と知識獲得」 楠見孝 (1995)

・「読書する人だけがたどり着ける場所」 斎藤孝 SB新書 (2019)

・「読書と人生」 三木清  新潮文庫 (1974)

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