まつ

九州出身。大阪在住。社会人3年目。何者でもない気まぐれnote

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  • 日記 (Osaka)

  • 新しい「こと」や「もの」

  • 本が教えてくれたこと(Book)

    「いいなっ」て思った本たち

最近の記事

余裕と幸せの基準

3年前、ある人に「最近の若い世代は余裕があるよね」と言われた。意味がわからなかった。 余裕ってなんだろ...余裕とかないし...とほんきで思っていた。 でも、最近なんとなく余裕の意味を感じるようになってきた。たしかに、余裕があるのかもしれない。 ------------- 余裕がなくて生きることに精一杯な人が、今の現代人をみたらきっと幸せだと感じる。 物も食料も情報もやすく豊富に手に入る。選択肢もたくさんある、こんな便利で素敵なことはないと思う。 はたして、今が

    • やっているのは、私ではない。とゆう感覚

      • 現実を見ろ。 といったって現実なんて見えてこない。そもそも事実とゆう言葉には、空想的事実と、現実的事実とがあるのだ。 どちらも事実であるし、どちらもうそである。

        • 極端な感情があるから保つことができる。 あの人を越したいと思うから今の私がいる。 この感覚に迷いはない

        余裕と幸せの基準

        • やっているのは、私ではない。とゆう感覚

        • 現実を見ろ。 といったって現実なんて見えてこない。そもそも事実とゆう言葉には、空想的事実と、現実的事実とがあるのだ。 どちらも事実であるし、どちらもうそである。

        • 極端な感情があるから保つことができる。 あの人を越したいと思うから今の私がいる。 この感覚に迷いはない

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        記事

          区別

          恩赦妄想 世界の美しさは切り取り方なのか。 本当はいつも美しいし、綺麗なのだ。 でも、それらを心底感じてはいない。生きることが当たり前、明日には仕事に行くと思っている。 底から湧き上がる、自分が声に出したかさえも分からない「綺麗だ」「美しい」と感じる時こそ、本当の意味できれいなのだ。 それは、知ってるだけではわからない。体験でしか得ることができない領域なのだ。 ある人は世界を無色透明とし、 ある人は世界を灰色にした。 わたしは、どう見る。

          ドロドロの世界

          話している言葉や、見ている世界の不思議さ。 「いくことから離れて行く者はありえない。もし、行く者が行くとしたら、ふたつの行くがあることになる。「行く者の行く」と「行くことの行く」である。」 普段、僕たちは何気なく「歩く」という言葉を使っているが、実際には「歩く者(歩く山田、歩く鈴木)」がそこにいるのであって、決して「(歩く山田から離れた)歩く」という何かが実態をもってそこに存在しているわけでは無い。 本来、歩く者から「歩く」だけを分離する必然性などありは無い。

          ドロドロの世界

          たこ焼き屋

          たこ焼き屋のおじちゃんに泣かされた。 ただ買いに行っただけだったのに ただいつの味を味わうだけだったのに ただの、たこ焼き屋なのに... たこ焼きの焼き方をずっと眺めながめながら おじちゃんのはなしをきく、ほんの数分の出来事だった。 全然話すつもりもなかったし、たこ焼き買って帰るだけのはずだった。 自分の学校をやめたいです。て相談ばっかりうけてるんですよ。 私が発した訳では無いが、その一言が始まりだ。 事は、自分によって変化する。 自分が変化すれば相手も変化する。

          たこ焼き屋

          秘密があるから保たれる

          女の子が言った。 私、正直者だから秘密なんて持ってないんだもん。 男の子が言った。 僕、嘘つきだからたくさん秘密にしてるんだ。 どちらが、正直者で嘘つきなのかわからない。 試験の時、完璧に勉強したことを秘密にする。 内緒で何かをはじめたことや、誰かと会ったことを秘密にする。 どこか遠くへ行ったこと、何かを終えたことを秘密にする。 一度秘密状態を味わうと秘密がない状態の方が、つかれる。 嘘をつく状況と似ているのかもしれない。 素の状態には秘密の自分もいるから、

          秘密があるから保たれる

          理想と現実の話。

          理想と現実どちらを先に考えるのか。 今日はそんな話をしていた。 最近よく、ギャップに苦しんでいる。 理想と現実との間に発生する空間だ。 朝起きれば、理想を抱く、 期待しすぎてはいけないと今日の理想のハードルを下げる。大抵この事をする日はうまくいくのだけど... それでも、そんな事をしない日が大半なので、 現実が目の前に現れると理想とのギャップに幻滅する。 目の光をなくす。 感情を無にする。 でも、また寝て覚めたら今日の理想がリセットされる。 それでまた落ち込む。

          理想と現実の話。

          やりたい!と思った仕事は最後までやる。 面白そう!と思った仕事は最後まで面白くする。 「たい」「そう」を「やる」「する」へ変換するのだ。

          やりたい!と思った仕事は最後までやる。 面白そう!と思った仕事は最後まで面白くする。 「たい」「そう」を「やる」「する」へ変換するのだ。

          「なりたい」と「在りたい」。

          「在りたい」だと落ち着く。 「在りたい」は、「なりたい」よりもなんとなく近い。「なりたい」は、なんとなく遠くて不安になる。 この違いはなんだろう。。。 最近、ずーーーーと頭の中でぐるぐると渦巻いている言葉だ。 * 自分がどうなりたいのか? 自分がどう在りたいのか? 「在りたい」は、他者が入るイメージ、「なりたい」は、自分のイメージ。 いや、むしろ逆なのか? 「在りたい」は、自分。「なりたい」は、他者を意識しているのかもしれない。 ✳︎ 私は、あんな美人で性格

          「なりたい」と「在りたい」。

          コミュニケーションって難しいよな。って言葉の先にある、コミュニケーションのあり方は、意外と多様なんだろうか。だからこそ、何を選択していくかが大事な気がする。

          コミュニケーションって難しいよな。って言葉の先にある、コミュニケーションのあり方は、意外と多様なんだろうか。だからこそ、何を選択していくかが大事な気がする。

          綺麗に書こうとしなくていい。 綺麗に書けないのだから。 とりあえず思った事をまずは、書いてみよう。 そうやって洗練させるのだ。

          綺麗に書こうとしなくていい。 綺麗に書けないのだから。 とりあえず思った事をまずは、書いてみよう。 そうやって洗練させるのだ。

          コンクリートとアナの話

          先日、コンクリートと穴の話になった。 すごい素敵な話だったんだけれど、 すごい素敵なコンクリートだし、 すごい素敵な穴だった。 人には何かしら一つは穴がある。 なんとなく思っている仮説だ。 でも、たまに、コンクリートな人が目の前を塞ぐ。 アナがある人はコンクリートな人によって、うろたえる。アナ、、、、。 自分の中で思っている穴って幼少期に培われた。 中高上がったとしてもその穴は収まることがなかった。むしろ、その穴を共感できる人で固めていた。 たまにコンクリート人間が

          コンクリートとアナの話

          けいぶんしゃ。

          『左京区男子休日』 台湾男子がこっそり教える!秘密の京都スポットガイド/男子休日委員会 大阪に引っ越してきて、右も左もわからなかった時。ある方がくださったこの本。この本の序盤に出てくるのが、タイトルにある「恵文社」なんだけど、 この本を読んでから左京区と恵文社がずーっと気になっていた。 そこから、調べて行くといろんな記事が出てくる。 京都の中心から結構遠いのに、なぜこの場所や本屋は人を惹きつけるのか。 気になって仕方がなかった...他の人とも恵文社の話しになることがあ

          けいぶんしゃ。

          情報過多の時代に情報を吸収しすぎて、枯れ果てる。

          タイトル通り、枯れ果てています... インプットのしすぎで枯れた現状について 毎日毎日、インプットをする。止まらないインプット欲。知りたい...見たい...聞きたい...誰かの情報が気になって、朝から夜遅くまで本を読んだりネットサーフィンするのが日課になっている。 色んな情報を見るのが楽しい。Twitter/note/News Picks/Webメディア/Instgram/Youtube/Facebook/読書/どこかのコミュニティー... でも、ある時気付いた。イン

          情報過多の時代に情報を吸収しすぎて、枯れ果てる。