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第23回 ステップ2「社内で共有浸透させる」

1 明確にした思いや理念を、まずは一度全員で共有してみる


 シリーズの第1回から第21回までを、前回と今回の2回で振り返っています。前回は第1回から第8回まで。「社長の思いはこうすれば伝わる」のステップ1に当たる「社長の思いを明確化し、わかりやすく言語化する」についてでした。今回は第9回から第21回までのステップ2「社内で共有浸透させる」についてまとめてみたいと思います。

 「社内で共有浸透させる」ための一歩は、明確にした思いや理念を、まずは全員に話して伝えてみることです。

 主要な部分については、暗唱できるようになってもらいましょう。そのきっかけとして「初期研修」の実施は有効です。

 残念ながら理念経営を行っているとおっしゃる企業の中に、ただ毎朝暗記した内容を唱和させて終わりにしているところが少なくありません。暗記して唱和すると忘れない、常に思い出せる、唱和しているうちにその気になってくるといった効果はあります。

 ただし社長の思いは現場の従業員が“行動”し、お客様に伝わってこそ初めて意味があります。初期研修は社長の思いや理念を共有し、行動に変えるための研修です。

 第9回に詳しく記しています。
 人が理解して自分の意思で行動に変えるためには、「まず判断規準を理解する」→「それに自分自身が共感する」→「自分ならどうするべきかを考える」というプロセスが必要です。これこそが理念経営が目指している姿であり、変化の激しい時代に求められる経営のあるべき姿です。

 「上司に言われたから、命令されたからやる」「やらないと怒られるし、自分に不利益になるからやる」では、多様で変化の激しい顧客の要望に応えることは難しいでしょう。あらかじめマニュアルにまとめたとしても、当てはまらないケースは山ほどあります。その都度盛り込んで分厚くしても、昨日や今日入ったばかりの社員やアルバイトの人に覚えられるわけもありません。

 どんな研修でも、あらかじめ目指す目的と到達目標をはっきりとさせておくことが大事です。これが明確でないと受けた本人は何を頑張ればいいのかわかりません。効果の程度も測れません。

 後ろ向きな研修担当者は目的や目標を明確にすることを嫌がるかもしれません。効果を測定されて悪い結果だと自分の評価に響く、だったらうやむやにしておこうと考えます。そこは“参加した人たちのために”“会社の将来のために”、目的と目標を明確にしておくべきです。

 初期研修での目標は、理念経営というものへの理解度など、会社や現場の人たちのスタート地点が異なるため、無理の無いところで設定することです。当社でお手伝いする場合に設定している目的や目標、プログラムの例は第9回をご参照ください。

2 「研修の効果は長続きしない」という前提で、継続の仕組みを考える


 いくら中身の濃い初期研修が行えたとしても、高揚感は長続きしないものです。よくて1カ月、いえ1週間。ともすると週末の研修から月曜日に職場に戻った時点で、気持ちは流されてしまいます。

 最近の研修ではプログラムの最後に「自分のアクションプラン」を宣言します。1人ひとりが「月曜日から○○するようにします!」と高らかに宣言するのですが、月曜日になると照れくさくて行動に移せない、「今日は忙しいから明日にしよう」となってしまう。

 でも初日には行動に移さない人が、その後に行動に移すことはまずありません。またたとえ初日に行動に移せたとしても、継続して行動し続けることのハードルがかなり高いといえます。これでは本人にとっても、経営的に見ても、お金と時間のムダになってしまいます。

 研修はやり方によっては大きな効果があります。初期研修をやりっ放しにしない、お金と時間のムダにしないためには「研修そのものの特徴を知る」ことです(第10回)。

・特徴1:研修の効果は長続きしない
・特徴2:直後に行動を変えられなければ結局は行動は変わらない
・特徴3:一度行動しても継続の仕組みがなければ続かない


 研修実施時と終了後には特徴1、2に留意して働きかけるとともに、特徴3を前提に他の施策と上手に組み合わせて効果を継続させることです。私はこの施策を「継続のための3つの仕組み」として整理し、頭文字を並べて「IDeA(イデア:理念)」と呼んでいます。

1.理解する(Identify)仕組み:理念に関する研修「初期研修」「継続研修」
2.実践する(Do)仕組み:「日常トライ&エラー」「事例ノウハウ共有」
3.褒める(Admire)仕組み:「表彰制度」「人事評価への反映」「褒める文化」


 「初期研修」はやりっ放しにせず、研修の持つ特徴を理解した上で、他の施策と組み合わせて効果を高め、持続継続させていくことが大事なのです。

3 「継続のための3つの仕組み=IDeA(イデア)」


1)理解する(Identify)仕組み


 「社長の思いを明確にした企業理念がなぜ必要か」「理念経営を行う意義は何か、それは従業員にとってはどんな意味やメリットがあるか」「当社の企業理念の内容、それぞれの言葉や文章が持つ意味は何だったのか」。

 記憶が薄れていく部分を改めて共有し直す。また根本的な理念は変わらないものの、時代とともに見直し修正を加える部分があれば全体で共有するために「初期研修」とは別に、定期的な「継続研修」を実施します。

 「継続研修」の大きな目標は理解について定期的に維持および更新することですが、「さらに理解を高める」という目標も持たせます。

 企業理念の内容は本来「こうしてはいけない」と行動を抑制するというより、「もっとこうしよう、こうしたら良くなる」と積極的に行動するためものです。すなわち“上には上がある”わけで、掲げる理想に限界はありません。もっと上を目指していくからこそ、会社は目指す理想により近づき、成長していくことができます。

2)実践する(Do)仕組み


 研修から帰ってきたメンバーは、「今日から変える行動」について部署のみんなに宣言します。上司も同僚も、その内容が少々大げさだったり、ずれているなと感じても冷やかしたりしてはいけません。まずは本人の気付きを尊重してやらせてみることです。それでこそ「初期研修」の効果は生まれます。

 例えば、このように声を掛けてあげてください。「なるほど、いいね! みんなで応援するよ。ぜひやり続けて、理念の実現に向けてもっと上を目指してください」と。少しずれていても、行動すればそのことに本人が気が付きますし、行動したうえで周りが少しアドバイスしてあげればいいのです。

 彼(彼女)が今日から行動を変え、周りもそれを前向きに捉えて刺激を受ければ相乗効果が生まれます。企業理念はこうして現場で少しずつ形になっていくのです。

 「理解する仕組み」は理論的に頭で理解し覚える「左脳理解」、「実践する仕組み」は感覚的にやってみて体で覚える「右脳理解」。両者は全社で理念を共有浸透させるためのエンジンであり“車の両輪”です(第11、第12回)。

 職場や全社といった組織で共有する仕組みを用意しながら、日々一人ひとりが何度も繰り返していくのです。成功体験を得られると、たとえ小さなものであっても人間は不思議と「もうちょっとやってみよう」と思えたり、他の仲間にも教えたりしたくなるものです。

 これを重ねながら、個人も組織もさらに高いレベルで理念を実現していくことが可能になるのです。反対になかなか成功体験が得られないと、つまらないと感じたり諦めたりしてしまいます。あるいは行動すること自体が苦痛となり二度とやらなくなってしまうのです。

3)褒める(Admire)仕組み


 顧客接点のある部署であれば、社長の思いや理念の実現に向けて頑張った結果、「おたくの商品いいね」「良い買い物ができた。ありがとう」とお客様から声をいただけたら、この上ない原動力となることでしょう。

 しかしながら、お客様が心の中で喜んでくださっていてもいつも感謝の言葉をいただけるわけではありません。まして顧客接点の無い部署ではそもそも期待できません。

 自分の努力に対して相手からの前向きな反応がずっと得られないと、人は同じことを継続できなくなります。いわんやもっと上を目指そうとは思えません。日常的に1人の仕事を認めてあげられるのは誰でしょう。そばにいる仲間です。

 上司や同僚が、努力や良い仕事に対して「褒める」ことができれば、それだけで本人の努力は報われ、自然と継続するようになり、もっと上を目指したくなるのです。

 全社で理念を共有浸透させるためのエンジンであり、“車の両輪”である「理解する(Identify)仕組み」と「実践する(Do)仕組み」に対して、「褒める仕組み」はそれを減速させることなく、加速させるための“アクセル”です。

 このことは第14回に詳述しました。

 とりわけ大切なのは、最初の褒める(あるいは認める)一言です。「いいね!」と言ってあげるだけで、人は周りから認めてもらえたとうれしい気持ちになれるもの。ところが日本人はこれまで、部下や仲間といった身近な人を褒めることが下手でした。

 「褒める文化」を持っている会社がいかに少ないことか。「褒める」ノウハウについては『第15回 あなたも“褒め上手”に変われます』をご参照ください。“褒める”のはタダですし、自分にとってもいいことずくめなのが分かります。それでもなかなか褒められない人は、「無理して褒めず、相手を基準に認めることから始めよう」です。

 トップや上司、従業員同士の褒め方のうまさやスタイルは、各社によって異なります。いわば会社という組織における「文化」です。「褒める仕組み」の進め方も、各社の「褒める文化」のありようを前提に考えるべきだと思います。

 「組織の文化が各社でそんなに違うものなの?」と思った皆さん。特に他社で働いた経験の無い方はそう思うのも無理はありません。第16回では私の体験したエピソードを紹介しました。

 いずれにしても間違いないことは、「褒める文化」を高めたければ、理念の実現と同じようにトップ自らその背中を見せることだと思います。


4 トップや経営陣はもちろん、上司も求め続ける、伝え続ける


 第13回の冒頭で「皆さんはこれまでに一度くらいはダイエットに取り組んだことがあるでしょうか」と質問しました。ダイエットでさえ何かと都合のいい理由をつけて続けるのが難しいのに、仕事で何かに取り組むことを続けるなんて不可能に思えます。

 ところが、会社が目指す目的として掲げる終わりなき理想に近づこうと、継続的に頑張っている会社が少なからずあります。何が違うのでしょうか。

 まず大前提として、「トップである社長や経営陣が言い続ける、求め続けている」という点です。毎日言い続けないといけません。

 現場は「あれ、昨日は言っていたけれど、今日は言っていないな」「先月は言っていたけど、今月は言っていないな」と気付いた途端に取り組みをやめてしまいます。

 上が本気でないことを、下の人はやりません。自分にとってメリットが無いし、目の前の仕事をこなすのに精いっぱいだからです。トップはしつこいほどに毎日言い続ける、求め続けるしかありません。それを伝える機会は本気で探せば、いくらでもあります。

 とはいえトップは普段はどうしても遠い存在です。普段は現場に影響のある部長、課長、係長など、現場の上司に当たる人が、社長や経営陣と同じように部下たちに言い続ける、求め続けることです。

 第13回で事例もご紹介しています。
 一旦現場に、理念に基づく行動が習慣のように根付いてしまえば、継続・発展させていくことはさほど難しいことではありません。本来理念に共感している人なら、その実現に向けて行動することは苦痛ではないし、本来はやりたいことのはず。

 自分が善かれと思って取り組んだことが手応えとして返ってくるなら、むしろ楽しくやりがいさえ感じられるはずです。

5 「褒める文化」を補う2つの制度「表彰制度」と「人事評価制度」


 なかなか定着しない「褒める文化」を補える仕組みがあります。「表彰制度」と「人事評価制度」です。

 「人事評価制度」は会社からの正式な「褒める」仕組みですが、一度導入すると変更したり修正したりすることは容易ではありません。また本格導入するには1年から2年を要します。せっかく個人の理念実現へのモチベーションが高まっても、そんなに長い時間は持ちません。

 そこで「表彰制度」をうまく組み合わせるのです。「表彰制度」は副次的、一時的な評価になりますが、「人事評価制度」に比べればすぐに導入できますし、その後の変更や修正も比較的自由です。

 第17回からはこの2つの制度についてお話ししてきました。「褒める文化」を推進したり、「実践する(Do)仕組み」を長く継続させたりすることは容易ではありませんが、表彰制度と一体化させることで事例を共有しながら互いを褒め合う機会が得られます。

 「表彰制度」が目指す目標は3つあります。「個人やチームの取り組みを“認める”こと」「事例を“共有する”こと」「会社全体に波及するように“促進する”こと」です(第18回)。

  頑張った取り組みがみんなの前で認められた、他部署の人までが褒めてくれた、他の人もまねしてお客様に褒められたとなれば、本人も頑張ったかいがあるというもの。継続はもちろん、もっといい取り組みをして褒められたい、広めたいと自然と思えるものです。

 表彰制度を大げさに考えずに、いわゆる「サンクスカード」の導入から始めるのも一考です。ただし1枚目を出してもらうまでが正念場。そしてどのように飽きさせずに定着させていくかは、いずれ必ず抱える課題です。解決のノウハウは第18回でご案内しています。

 表彰制度のハレの舞台は表彰式。全社や事業部単位で年に1度は大々的に開催したいものです。部、課単位なら毎月実施することも可能です。あくまで会のメーンイベントとして、より多くのヒーロー(ヒロイン)やグループを登壇させてあげてください(第19回)。そしてベストオブベストを選んで「自分も次はああなりたい」と思ってもらうのです。

 表彰状はぜひともオリジナルの文章で作成してほしいですが、賞金はゼロでも構いません。賞金を否定しているのではありませんが、目標はあくまで先ほど書いた3つだからです。第17回では、「ほら見て。ママ、会社から表彰されちゃった」とパートの女性も喜んだ表彰制度の事例をご紹介しています。

 「表彰制度」での実績が「人事評価制度」にも反映され、「頑張ったら頑張っただけ評価され、仕事も任され、生活も豊かになる」となればどうでしょう。

 「人事評価制度」には忘れてはいけない側面があります。「制度」と「運用」のギャップです。

 「制度」自体は文字となってしっかりと存在していても、事前設定のやり方や精度、レベルの個人差・部署差、実施期間での中間評価や見直しの有無、評価時の上司や部署による差など。「運用」は全く違うものになっているということが珍しくないようです(第20回)

 制度も実際運用するのは人間であるという前提に立って考えなければ、従業員にむしろ不満がたまることになります。

 人事評価制度は根本的に作り直すとなると何年もかかってしまいますが、「評価の“規準”を調整する」だけで既にある人事評価制度を生かせるケースが少なくありません。業績評価の部分の「評価の“規準”となるモノサシ」を、少しだけ理念の方向にかざしてみて修正すればいいのです。

 営業で言えば、「売り上げ」数字や達成率という1つだけのモノサシに、定性的な「お客様の心からの満足」というモノサシを掛け合わせた業績評価に変えるのです。検証と評価の仕方を含めて具体的な方法論は第21回でご紹介しています。

 「表彰制度」と「人事評価制度」。2つの制度の特徴を知り、使い分ける。足りない部分は上司や周囲からの褒め言葉や激励で補う。しっかりとやっていれば、最後はお客様からの「ありがとう」の言葉が支えてくれるはずです。

 以上駆け足になりましたが、シリーズの第9回から第21回までのステップ2「社内で共有浸透させる」を振り返ってみました。

 これらのポイントを押さえていくことで、社長の思いや理念は従業員一人ひとりに共有浸透し、行動となり加速度をつけて進んでいくのです。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回がシリーズ最終回となります。社長の思い、会社の理念を伝えていくことの意味を改めて振り返ってみたいと思います。

※不定期ですが随時更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2022年5月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

 

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