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第16回 “褒める”企業文化づくりは意外とカンタン?

1 「企業によって文化は違う」は本当か

 このシリーズの第8回から、「社長の思いを明確にした企業理念を、社内でいかに共有していけばいいか」、そして継続発展させていくための方法と仕組みについてお話ししてきました。

継続発展の仕組みはひと通り取り組んでもそのまま放っておくと、“手応えのなさ”や“マンネリ”から減速停滞しがちです。その状態から抜け出しアクセルを踏むためには「褒める(Admire)仕組み」が必要で、その基本は「褒める文化」にあります。

 歴史的、文化的に“褒める”ことが下手といわれる日本人にとって、どうやって“褒める”を進めていけばいいのか。そのヒントについて、まず“個人”について前回お話ししました。今回は“組織”として「『褒める文化』がこれまでなかった会社にそれをどうやって育てていけばいいのか」についてご紹介していきたいと思います。

 そもそも企業にはそれぞれ独自の文化があるといいますが、本当に違っているのでしょうか。本題からちょっとそれますが、この点をまず見ていきたいと思います。

 たとえば自動車メーカーでいえば、トヨタにはトヨタの、日産には日産の、ホンダにはホンダの文化が、三菱自動車、マツダ、スバルにも各社独自の文化があるのでしょうか。

 みなさんもマスコミや書籍でそう聞いていて、なんとなく違いを感じてはいるかもしれません。でも、直接確認したり比較したりしたことはないでしょう。

 改めて「本当に各社で文化は違うのですか」と聞かれると、「本当にそうなのだろうか。マスコミでいわれている印象で思い込んでいるだけなのではないだろうか。実際そんなに違わないのではないか」と疑いたくなります。

 同業界の大手各社を1人で同時に担当する機会はなかなかないと思いますが、私は以前、販促に関する新規事業を通して、ある業界の大手メーカー各社を同時に担当させていただく機会がありました。

 新規事業ゆえ各社の担当者も、私から明言はしないまでも1人で各社を担当していることは分かっていました。月曜日にはA社に行き、火曜日にはB社、水曜日は出張でC社、金曜日はD社を訪問といった感じです。そして各社を何度も訪問してお付き合いをしているうちに、各社の文化の違いを強烈に感じることができたのです。

 A社にある提案をすると、担当者は淡々と提案を吟味した後、実施した場合の成果とともにリスクについて詳しく聞いてきました。提案をするのはわれわれ外部であり、彼らはそれを評価して決裁することが仕事だとあくまで信じているようでした。

 一方でB社の担当者は私が提案しようとすると、それを制してまず自分が考えてきた案を出してきました。「僕もうちの商品が大好きで入社したんです。徹夜で考えましたよ、どうですかこの企画面白いでしょ」と。明らかに私の提案より練り込まれているのが分かりました。

 私は「すみません、もう一度だけチャンスをください」と告げて帰ってくるのがやっとでした。彼の提案を上回る提案を考えないと価値がない。他社も担当しながら、私は必死で次の提案を考えた記憶があります。

 ちなみにA社では当時、500万円以上の決済は役員承認になっていて、窓口の課長が「最終的には上の承認が必要なので」と説明していました。

 B社ではその20代の担当者(係長待遇)は「僕がいいと判断すれば、億の予算は動かせますのでご安心ください。だから僕をびっくりさせるような提案をしてくださいね」と自信と責任を持って私と対峙していました。マスコミや書籍などでB社の外から受けるイメージとはずいぶん違うなと感じたものです。

 A社との取引が始まってしばらくして、トラブルが発生しました。A社の数多くのお客様に影響があると分かり、私は真っ青になりながら他のチームメンバーと共に対処しました。ところが原因分析を進めると、原因は当社ではなくA社にあることが分かったのです。

 私は上司とも相談したうえで先方に正直に報告しました。たまたま同席した長年A社と取引のある某社の担当者は目を丸くしていました。ミスはA社内のキャリアにおいて致命傷だそうです。その取引先某社によれば、明らかにA社側のミスでも、自分たちで被るのが暗黙の了解になっているのだと。

 では取引先は泣き寝入りかというと、被った赤字は次の提案の見積もりに乗せればA社の担当者がなんとかしてくれることになっているそうでした。取引を継続したければ、大事なことはA社の担当者にミスという実績を残さないことだと。形こそ違えど、こうした暗黙の了解は各社それぞれにあるのでしょう。

 C社、D社も取引をさせていただきながら会社に入り込んでいくと、肌で感じる文化は外から見ていたイメージと違いました。C社はとにかく新しい提案を良しとする文化。異なる業界だろうと、他社が似たような企画をやっていると分かると顔を曇らせました。D社は新しい提案を良しとしながらも、歴史ある企業ブランドとして自分たちはどうあるべきかを常に判断規準にしているようでした。

 私はその新規事業を通していくつもの業界で同時に複数の大手とお付き合いをさせていただく機会がありましたが、その度に各社間に文化の違いを感じました。働いている当人たちは、その違いにあまり気が付いていないようでしたが……。

 転職を一度でも経験したことがある方は、思い当たる節があるでしょうか。会社は外から感じる部分、実際働いて感じる部分を含めて、印象がそれぞれ異なるものです。その違いの正体が、まさに企業文化の違いなのです。

 はたして各社の文化の違いはどのように形成されているのでしょうか。


2 個人の生活習慣の違いは、親の指導や環境の違い

 企業文化のつくられ方の前に、個人の生活上の文化といえる「生活習慣」のつくられ方について少し考えてみましょう。

 生活習慣も家庭によって結構異なるものです。小さい頃に友人の家に行って感じた経験はみなさんにもあるでしょう。私は親同士が一緒に暮らしたことのある親戚宅に泊まった際に、近い親戚でもこんなに生活習慣が違うのだと驚いたことがあります。

 結婚した経験のある方であれば、互いの生活習慣の違いもっと身に染みて感じていらっしゃるのではないでしょうか。たとえ毎日会って長年デートを重ねていても、いざ一緒に暮らしてみると、違いにびっくりするものです。

 一例を挙げれば、食べ物に対する考え方です。私は親に「出されたものは絶対に残すな」といわれて育ってきて、それが当たり前だと思っています。一方で「食べたい分だけ食べればいいよ」といわれて育ってきた人もいて、彼らは食べたくなければ途中で箸を置きます。

 好き嫌いというのもあるでしょう。私などは親に好き嫌いをいうとひどく叱られたため、基本的に好き嫌いはありません。大人になっても何でも食べられるし、それぞれおいしさを楽しむことができる。今では叱ってくれた親にとても感謝しています。

 しかし知人の中には野菜を食べない、あるいは肉を食べないといった人もいます。そのことを親に叱られたが貫いた、あるいは独立してからそうした人もいれば、小さい頃から叱られたことがないという人もいて、私からすれば驚きです。

 個人の生活習慣は、生まれた時にすでにそなわっているものではありません。親がテーブルに座らせて、左手に茶碗、右手に箸を持たせるからそうするのです。

 国が違えば座る場所も持ち方も持つものも違います。同じ日本の中でも、親に食べ方を厳しく指導されていた家もあれば、そうでもない家もあり、また食べ物に対する考え方も違います。個人の生活習慣の形成には、食べ物一つをとっても親の指導が大きく関わっていることが分かります。

 兄弟が多かった人であれば、彼らの影響も少なからずあるでしょう。だれも親のいうことに従っていなければ、弟や妹も従いません。周りが全員従っていれば、あまり疑うこともなく素直に従っていくものです。

 中高と全寮制の学校に通うことで、新たな生活習慣を身に付ける人もいます。が、やはりベースには幼少期からの習慣があるといっていいでしょう。

 こうして一度形成された個人の生活習慣は、基本的に大人になるまで変わりません。そして結婚して赤の他人と一緒に暮らすことになって、互いの違いに衝撃を受けることになるのです。


3 企業文化は創業者と受け継いだトップ、従業員たちでつくられる

 話を企業文化に戻しましょう。

 人が初めて社会に出て就職する時点では、個人の働く上での文化や習慣はまだ存在しません。初めての就職を「社会に出る」といいますが、これは人が社会に生まれるようなものです。

 みなさんが生まれて育つ中で個人の生活習慣を身に付けていったように、その会社で毎日過ごす中で企業文化が身に付いていくのです。

 ではその企業文化はどうやって形成されたかというと、やはり親だということです。親とは多くの場合は創業者です。創業者が自分の仕事における価値観を、従業員に伝えていたのです。

 創業時は人数も少ないので、箸の上げ下げに至るまで直接指導することができました。直接薫陶を受けた子どもたちは、その価値観が体の隅々まで習慣として身に付いています。

 会社も規模が大きくなってくると、創業者が直接指導できなくなります。すると彼の薫陶を受けた子どもたちが、その子どもたちに同じ価値観や習慣を伝えていくのです。

 長い歴史ある企業ではもう創業者はいませんが、子どもたちを通じて、創業者の価値観や習慣が受け継がれているのです。

 これが企業文化の正体です。

 企業によっては、創業者の考え方を今もそのまま受け継いでいるケースもあれば、経営トップがバトンを渡す中で少しずつ変容していることもあります。大きな経営危機を救った第二の創業者が、新たな価値観に軌道修正している場合もあります。

 私が多くの企業文化に触れてきた中で最も多いのは、「創業者の価値観の核の部分は頑固に守り続けながらも、それ以外は少しずつ変更している」というケースです。変更の背景は時代の流れも大きいですが、受け継いだトップの個性の違いもあります。

 私が二代目、三代目を任されようとする経営者からよく聞かれる質問があります。「企業理念(経営理念)は私が社長になったら変えてもいいものなのでしょうか」。

 すでにお話ししたように企業理念には経営者の価値観が色濃く反映されるものです。経営トップは一人の人間です。人が違えば価値観も違うもの……私はそう考えます。「人が替わるのですから、変えてもいいのですよ」と。

 もちろん大きく変われば従業員も取引先やお客様も混乱されるでしょう。でも個人の価値観はごまかせません、前任のものを我慢して踏襲していてもすぐに本音が出てきます。企業理念は「人(トップ)が替われば、変わるもの」なのです。

 では実際に大きく変わるかというと、多くの場合、意外とそうでもありません。理由は次代を引き受けることになった人は、引き受ける時点で恐らく先代の価値観や考え方に一定以上共感しているからです。

 息子であれば親が大切にしてきた思いをある程度認めているはずですし、一般社員の場合も共感したからこそ、この会社でずっと働いてきたはずだからです。

 結局は企業理念も、そこから生まれてくる企業文化も、コアとなる一定部分を良しとして、子どもたち(=従業員たち)が連綿と受け継いでいるのです。


4 今ある文化に、“褒める”文化を加えるには

 今回はちょっと前置きが長くなりました。さて、“褒める”文化です。

 これまでの話で、企業文化は創業以来、創業者と多くの人たちによって受け継がれて形成されてきたものだと分かっていただけたでしょうか。同時に、従来はなかった文化を新たに取り入れ、形成していくにはそれなりの意思と時間が必要であることも分かっていただけたでしょう。

 では“褒める”文化を付加していくことはとても大変かというとそうでもありません。お話ししてきた企業文化の形成プロセスをたどればいいのです。

 いの一番は経営トップが“褒める”ことを奨励することです。奨励するだけでは足りません。自らもどんどん積極的に褒めることです。しかも一度や二度でいいわけはありません。企業文化レベルにまで高めたいと思うなら、毎日何度も繰り返し、ずっとやりつづけなければなりません。

 従業員は常にトップの背中を見ているのですから。「お、やる気だな」と思えばついてきますし、「あれ、温度が下がったのかな」と思えば従業員の温度もすっと下がっていくものです。

 褒めてばかりでは社内の空気が緩んでしまうのではないか、という懸念もあるでしょう。それについては前回も書きましたが心配には及びません。

 ダメなときははっきりとダメと言えばいいですし、そもそも信頼できる従業員であれば、ダメなことは本人自身が分かっています。また“褒める”ことが当たり前になってくると、逆に褒められなかったり、一部だけ褒められた時には本人は相当反省するものです。

 次に大事なことは、トップだけでなく、幹部や上司も同じように積極的に“褒める”ことです。

 幹部が上司を“褒める”と、上司も部下を“褒める”でしょう。上司が部下を“褒める”と、部下も新人を“褒める”ことでしょう。こうして組織全体に“褒める”習慣が自然と身に付いてくる頃には、“褒める”ことが企業文化の一部になっているはずです。

 どうでしょう。それほど難しく、時間のかかることでもないなと感じていただけたでしょうか。


5 “褒める”文化が企業理念の実現を後押しする

 “褒める”流れをつくるためには、経営トップが照れている場合ではありません。

 「自分は“褒める”のが下手だから、“褒める”のは幹部や上司に任せるよ」などと言っていては、いつまでたっても“褒める”文化は根付かないでしょう。“褒める”のは日本人の多くはみんな苦手なのですから、経営トップがいつまでも逃げていてはいけないのです。

 経営トップが“褒める”ことのない会社では、“褒める”文化を育てることは期待できません。従業員の関心は“褒める”べき成果より、失敗の方に目がいくことでしょう。そして上に行くために、互いに足を引っ張り合うようになっていくのです。

 マイナス評価の会社で生き残る最大の知恵は、余計なことをしないことです。目の前に顧客の声やニーズがあっても、だれも積極的に拾いに行こうとはしません。これでは市場や顧客ニーズの変化の激しい時代に、組織として対応していくことは不可能でしょう。

 他方、“褒める”文化が根付いた組織では、従業員は失敗よりも成功に目がいくようになります。

 成功が評価されるのですから、なるべく失敗しないようには考えますが、たとえ失敗しても成功につながるようなトライをしようと考えます。そしてより成功した人をより“褒める”ことで、従業員は“もっと上”を目指して前向きに課題に取り組むようになっていくのです。

 社長の思いや企業理念を共有し、継続発展させていくには、“褒める”企業文化を醸成していくことが重要であると分かっていただけたでしょうか。企業の文化は外から見るより、中に入ると各社で随分違います。そしてそれは創業者にさかのぼり、企業の歴史とそこに携わった先達たちによって形成されています。

 そこに“褒める”文化を加えることは、これまでの文化を否定するものでは決してなく、むしろ継続発展させていくことに役立つはずです。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回は、“褒める”文化の促進に役立ち、社長の思いや企業理念の実現に向かってとても重要となる2つの制度についてお話ししたいと思います。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2021年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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