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第18回 「表彰制度」はお金よりも、認めて褒めること

1 「表彰制度」で良い取り組みを“認める”“共有する”“促進する”

 前回は「褒める(Admire)仕組み」であり、「褒める文化」の促進をも後押しする2つの制度、「表彰制度」と「人事評価制度」の特徴とその生かし方について触れました。

 改めて「表彰制度」導入に当たって留意するべきポイントについて整理しておきましょう。「表彰制度」が目指す目標は3つあります。「個人やチームの取り組みを“認める”こと」「事例を“共有する”こと」「会社全体に波及するように“促進する”こと」です。

 「表彰制度」の導入に当たっては、ともすると最初に「賞金は1人いくらくらいがいいか、全体予算はどれくらい取ればよいか」といった質問をいただくことがあります。

 私からすれば、「表彰制度なんて予算ゼロでも始められますよ」と申し上げたい。むしろ賞金がちらちらし始めると、お金が目的となって暴走してしまうケースが少なくありません。

 給料を例に挙げれば分かりやすいでしょう。転職希望者が給料の高さを一番の理由に自社を選んだとしましょう。その後、もう少し高い給料を出すよという会社が現れたら、彼は迷わずにそちらのオファーを受けることでしょう。

 賞金が悪なのではなく、人間は欲求を一旦お金のほうに振り向けてしまうと、より高い賞金を求めてしまう性(さが)があるということです。

 表彰制度の導入目的は、「褒める(Admire)仕組み」を取り入れることで、社長の思いや会社の理念を共有浸透させ、継続発展させていくことでした。であるなら、目指すは理念の実現に向けた個人やチームの取り組みを“認める”“共有する”“促進する”ことであるべきです。

 賞金を否定しているわけでも、金額は抑えるべきだと言いたいのでもありません。大事なのは3つの目標とのバランスです。3つの目標を最大限目指すために有効なら、相応の賞金も用意してあげればいいのだと思います。

 さて、今回は「表彰制度」が目指す3つの目標を意識しながら、2つの代表的な導入例についてそのノウハウをお伝えしていきましょう。


2 「サンクスカード」からノウハウが生まれ、マニュアルさえできる

 「表彰制度」といえば、最初に浮かぶのはいわゆる「サンクスカード」の導入でしょうか。すでに何年、何十年も前から導入して成功されている企業もあると聞きます。「ありがとうメッセージ」「スマイルカード」「GOOD JOB賞」など、名称は各社で独自に工夫されているようです。

 「サンクスカード」は、まず文字通り“感謝”の気持ちを伝えるためのもの。目指す理念の実現に向けて手助けやアドバイス、勇気づけてくれた仲間や上司などに対して一言気持ちを添えて渡します。同時に同じ従業員として刺激となった素晴らしい仕事に対して、「素晴らしい、元気をもらった」という気持ちを込めて渡します。

 またあえて失敗した話を共有してくれた仲間にも、サンクスという言葉は掛けやすく、幅広く良い取り組みを見いだしていくのに有効な仕組みだと思います。

 「サンクスカード」は、業種を問わずどんな企業でも導入効果が大きいと思いますが、特にサービス業では効果的です。サービス業の日々の現場にはノウハウがあふれているからです。現場で起こるさまざまなケースに対して、その都度本部が一方的にマニュアルを分厚くしても、忙しく走り回っている従業員はなかなか対応しきれません。

 これに対し朝のミーティングなどでサンクスカードの内容を伝え合い、「このケースでは何が大切で何がポイントなのか、理念に書かれた項目に対してどのように判断した結果なのか」を共有できるとどうでしょう。同じようなケースがその日にあれば、「あ、今朝話に出たあれだ」と思い出せます。

 マニュアルには指示はあっても「なぜそうするべきなのか」までは大概書かれていません。「サンクスカード」の内容を1日5分、10分と伝え合い共有するだけで、一人ひとりにノウハウと判断規準が蓄積されていくのです。

 逆に「サンクスカード」から出てきたノウハウをマニュアルに盛り込んでいるケースは少なくないようです。できれば、新たな項目には提案者の部署と名前を添えるといいでしょう。

 提案した本人は、表彰状や賞金をもらうよりもうれしいかもしれません。そのノウハウをどんどん周りに伝えていくことでしょう。本部からの押し付けではなく、現場から出てきたノウハウだと分かれば、信用してやってみようと思う人も多いのではないでしょうか。みんなで作るマニュアルです。

 私がご支援しているあるメーカーでは、「ときめきカード」という名称で導入しています。“感謝”も含めて“感動した=ときめいた”ことを伝え合うのが趣旨です。企画開発部門が面白いアイデアを思いついたら「ときめいた!」と伝えられますし、生産部門がより効率の良いやり方を思いついたときも「ときめいた!」、営業部門がお客様から感謝されても「ときめいた!」と伝えることができて便利なようです。


3 ただし問題は、1枚目をどうやって出してもらうか

 「サンクスカード」を導入すること自体はとても簡単です。

 デザインの心得のある社員にカードの仕様作成をお願いし、ルールを決めて全社に広報すれば今日から始められます。さあ、早速たくさんのカードが行き交う光景がそこここで見られるでしょうか。

 残念ながら初日は何も起きないかもしれません。開始のセレモニーを大々的にやって、例えば推進本部役の人事部長や社長が1枚目を書いて誰かに渡すようなパフォーマンスを見せたとしても、状況は変わらないでしょう。

 「サンクスカード」が定着するかどうかのカギは“1枚目”にあります。

 実は「サンクスカード」に限らず、従業員に何かをしてもらうという新しい制度を導入したときは大なり小なり同じようなものです。このコラムですでにご紹介した例でいえば、「褒める文化を広めたいので、今日からみなさん褒めてください」というのと変わりません。ほとんどの人がやったことがないし、照れくさいから今までできなかったのです。

 ではどうやって“1枚目”を出してもらうか。

 強制的なルールを導入するのは1つの方法です。例えば「全員が毎月最低5枚以上を書いて誰かに渡すこと」とします。

 強制的にやらされると聞かされた瞬間、従業員はますます嫌がることでしょう。なかなか“1枚目”が出てこない状況は変わらないように見えます。しかし月末が近くなるとルールのことが気になり始めます。

 そこで身近な仲間に「もう出した?」と聞いてみる。「出したよ」と言う仲間がいれば詳しく話を聞いて、「じゃあ自分も出してみるか」となるでしょう。

 いなければどうか。「じゃあお互い書くか」となるかもしれません。とはいえ良いところを見つけないと書けません。そこでコミュニケーションが生まれ、互いのこの1カ月の仕事を振り返ることになります。

 実際一度やってみると「なんだ、そんなに難しく考えなくてもいいんだ」と分かるでしょう。

 たとえ身近な仲間とのバーター(交換条件)だったとしても、自分が頑張ったことを褒められて悪い気はしないと分かるはずです。食わず嫌いも一旦克服してしまえば、次からは進んで食べるようになるもの。形は強制的でも本人が進んでやっていれば、やらされ感は次第に弱まっていきます。

 その意味でも「全員が毎月最低5枚以上を書いて誰かに渡すこと」「できれば5枚とも異なる人にすること」といった強制的なルールは、浸透させるための選択肢の1つになるはずです。

「上司から始める」というのも1つです。

 上司が部下の行動を見ていて、これはいいなと思える取り組みを見つけたら「サンクスカード」を書いて渡す。定例ミーティングで発表し、チームで共有する。そして「ぜひ全員が1枚以上もらえるように頑張ろう」と激励するのです。

 上司は一人ひとりをよく観察しなければなりません。部下は上司が見てくれていると分かれば、頑張りがいもあるというもの。こうして「サンクスカード」に慣れてきた頃に、全メンバーに広げるのです。

 メンバーはすでに「サンクスカード」がどういうものかも、もらってうれしいことも実感していますから、スムーズな導入が可能になるでしょう。


4 ポイントで見える化して、もっと上を目指させる

 「表彰制度」としての「サンクスカード」を、“認める”“共有する”“促進する”目標に向けてさらに応用してみましょう。

 例えば「サンクスカード」を2種類用意します。1つは通常用、もう1つは特別な1枚です。「スペシャルサンクスカード」とでも呼びましょうか。月決めであれば、毎月日常的にいいなと思えた取り組みに通常の「サンクスカード」を書いて渡す。

 そしてその月の中でもピカイチだなと思えた取り組みがあれば、「スペシャルサンクスカード」として書いて渡すのです。褒められるのは何にしてもうれしいもの。

 「サンクスカード」でもうれしいところに、「スペシャルサンクスカード」をもらったらさらに気持ちが高まります。次第に「もっと良い取り組みをしよう」と上を目指すようになっていくことでしょう。

 「サンクスカード」は1人毎月何枚以上出しましょうと勧めつつ、「スペシャルサンクスカード」も1枚以上とする。あるいはスペシャルについてこれはと思った取り組みがあったときだけにするなど、各社の状況に合わせて決めればいいでしょう。

 「サンクスカード」を導入済みの企業では始めているところも多いと思いますが、カードを点数(ポイント)化するのは、“慣れ”を防ぐためにも有効です。

 褒められることは何回あってもうれしいものですが、次第に慣れも出てきます。そこで数値化して自分の成長度や他のメンバーとの違いを見える化するわけです。「サンクスカード」=1ポイントに対して、「スペシャルサンクスカード」は2ポイント以上とし、内容次第で幅を持たせるのも一考です。

 月ごとに集計して、ポイント上位の人や「スペシャルサンクスカード」対象の素晴らしい事例を取り上げて特別表彰するのもいいでしょう。ただあまり数字、数字と言いすぎると、良い取り組みを互いに見つけて“認める”“共有する”“促進する”という趣旨からそれてしまいます。

 1枚1枚の「サンクスカード」を大切に考えると同時に、みんなでもっと増やしていこう、質を高めていこうというムーブメントを損なわないようにしたいものです。


5 「表彰式」には多くのヒーロー、ヒロインを用意する

 「表彰制度」が目指す3つの目標を意識した導入例として、「サンクスカード」とともにご紹介したいのは「表彰式」についてです。

 「サンクスカード」の導入の有無にかかわらず、会社としては理念の実現に向けた個人やチームの取り組みを見いだしていきます。それを全体で共有する際には、認めた証しとして実際に表彰してあげてほしいのです。

 全体の場で表彰することはとても大事です。その瞬間、表彰された人はヒーローやヒロインになれるのですから。表彰される側は、これまで体験したことのないような喜びを感じ、「次もまた表彰されたい」と思うもの。そして拍手を送り、見ている側にも「次は自分も表彰されたい」と思ってもらうのです。

 こうなれば良い取り組みはどんどん“促進されて”いくことでしょう。まず「表彰式」は全体の会議の片手間ではなく、メーンイベントの1つにするべきです。

 片手間にやると、表彰された側も「忙しい会議の中で時間を使ってしまってすみません」という気持ちになって、心から喜べませんし、見ているほうもありがたみをあまり感じません。そうではなく、メーンイベントの1つであり、表彰のために部の全員、社の全員が集まったということが重要なのです。

 次に表彰する項目ですが、1回に1人ではなく複数人を表彰したいところです。それもベテランだけでなく、若手も頑張れば手が届く項目などをいくつか用意しましょう。

 例えば営業部門であれば、いつも私が申し上げているように「理念の実現のためにはまず自社の商品・サービスを買っていただくこと」が必要なわけですから、売上高No.1の人を表彰することに異論はありません。売上高ではなくシェアを重視している会社であれば、シェアNo.1の人になるのかもしれません。

 しかし絶対額で戦えるのはどうしてもベテラン中心となりがちです。営業なのだからと売上高No.1の人だけを表彰していては、式を見ている側は「次は自分も表彰されたい」と思えません。

 自分が表彰されている姿が想像できず、人ごとになりますし、まして理念実現の方向に向かって良い取り組みを“促進する”ことにはならないのです。

 売上高に占める新規率、新規受注社数、商談数、あるいは個人目標額に対する達成率でNo.1などを表彰項目に加えてはどうでしょう。新たなお客様に買っていただくことも会社にとっては理念実現に近づける方法です。若手は新規を中心に回っているでしょうし、達成率にすれば目標額がもともと高くないのでベテランに伍して戦えます。

 またいくら営業とはいえ、売上高No.1の人が営業担当者の中でNo.1というわけでもありません。顧客満足を目指している会社なら、定性的な表彰項目として最も満足度の高かった事例の営業担当者も取り上げましょう。

 営業以外の部門では、こうした定性的な表彰項目が中心となることも多いでしょうか。他にも個人があらかじめ掲げた達成目標に対して高い達成度が見られたケースなども、表彰対象としてはどうでしょう。

 これら複数の表彰項目を何にするかは、各社の目指すところに合わせて選択すればよいと思います。

 表彰されるとその瞬間、ヒーローやヒロインになれると申し上げました。1人のヒーローに選ばれるのはかっこいいですが、ヒーローがたくさんいてもいいじゃないですか。毎回の表彰で多くのヒーローを出す。ヒーローの中のNo.1ヒーローも1人決める。

 そうすれば、見ている側も「次は自分もなれるかも」と思え、一度ヒーローになった人は「次もまたなりたい」と思い、「できればヒーローの中のNo.1ヒーローになってみたい」とさらに上を目指せるのです。

 サッカーや野球でいえば、ポジションごとにベストイレブン(11人)やゴールデングラブ賞(両リーグ合わせて18人)を選びつつMVPを決め、新人賞を含めた各賞を決めるようなイメージでしょうか。

 表彰項目だけでなく、「表彰式」当日の演出もとても重要なのですが、その話は次回に譲ります。今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2021年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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