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【読書感想】こざわたまこ『負け逃げ』

2019/04/06 読了。

こざわたまこ『負け逃げ』

ひとつの「村」を舞台にした6つの連作短編集。寂れた地方、他人の目と耳の鋭さだけはそこかしこに存在するような、村。

その村を、イヤホンを耳にぶっ差して自転車で爆走する男子高校生・田上。田上が使ってるのはiPodじゃなく、福引きで当てたMDウォークマン。同じ音楽プレーヤーでも、MDってだけで流行から若干遅れてる感じが出る。小道具のチョイスに唸った。

田上はある日、ラブホ帰りの同級生・野口美都子と出会う。野口は片足に先天的な麻痺があり、引きずるように歩く女子校生。黒髪で真面目な見た目ではあるが、野口はヤリマンだ。

1編目の「僕の災い」は、田上と野口の視点、いわゆる村を出たいけどまだ出られない高校生の視点で描かれているので、思春期の閉塞感で満ちているが、短編を読み進めていくと高校の先生や「お母さん」という、出られるけど出ない大人の目線になっていくという、小説としての厚みが凄かった。あらすじには青春疾走群像劇とあるけど、中年の青春(それを青春と呼ぶかは分からんが)も濃厚に描かれている。

私が印象に残ったのは、ラブホテルに出入りしているのがバレた野口に対し、担任が放った言葉だ。 

「その右足は、免罪符じゃないんだぞ。お前の家が母子家庭であることや、お前がそういう体で産まれたことは、お前がしたことの理由になるかもしれない。でも、お前がやってきたことの責任はとってくれないんだ」

普通という言葉に囚われていたのは、美都子の母親だと思っていたけど、美都子自身だった。その気付きを教師から与えられるという展開がよかったなあ。本当にすごくよかった。

1編から6編の中で、登場人物たちは時に主人公になったり、時に傍観者になったりと、役を変えて登場する。身体が繋がったり、心が繋がったりする。そんで村から出たり、村に戻ったりする。

出られない、出たい、出る、戻る。

中途半端な地方に生まれた人間には、みなまで言わんでも伝わるだろうこの気持ち。地方は、閉塞感と焦燥感だけは育んでくれる。

それでも、最後は自分の意志で、「村」に居ることを選択していくのだと思う。

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