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論文紹介 権力の掌握と保持に関する技術で政治を分析する政治学者バルビットのアプローチはどのようなものか?

政治学者は政治家が追求する目標は権力であると想定するところから考察を始めます。このように想定することは、あまりにも画一的、教条的であると思われるかもしれません。しかし、権力を獲得し、権力を保持する観点から政治家の態度、言動、戦略が合理的に選択されていると想定した理論が多くの研究領域で構築されており、その有用性は広く受け入れられています。

イギリスの政治学者ジム・バルビット(Jim Bulpitt)の研究も政治家の目標が権力の掌握であると想定したものであり、この目標を達成するためにどのような統治術(statecraft)を使用したのかを分析することが目指されています。「新たな民主主義の規律:サッチャーの国内統治術(The Discipline of the New Democracy: Mrs Thatcher’s Domestic Statecraft)」(1986a)の中でバルビットは、政治家としてのマーガレット・サッチャーの手腕や技量を評価する上で、彼女の思想(イデオロギー)や選択した政策を調べることにどれほどの意味があるのか疑問を投げかけました。なぜなら、政治家の目標は思想の実現や政策の操作ではなく権力の掌握であるはずであり、選挙で政敵を打倒し、安定的に政権を運営するためであれば、思想や政策は変更されることもあり得るためです(Ibid.: 21)。

バルビットは人種問題、地方政治、外交問題などを理解する際にも、このような理論的認識が有効であることを繰り返し実証してきました(Bulpitt 1986b; 1988; 1989)。バルビットの分析では、宮廷、または重役とも翻訳可能なコート(court)が「公式な最高執行部と彼らの政治上の盟友と顧問」を含む集団を指す言葉として繰り返し出てきます(Bulpitt 1995: 518)。このコートを構成する人々は自己の利益として権力を追求する合理的な行為主体であると想定されており、そのために多種多様な統治規則(governing codes)を使い分けているとバルビットは考えました。コートが採用する統治規則は、「政策と政策に関連する行動を基礎づける比較的一貫性を持った原理原則の集合」です(Bulpitt 1996: 1097)。具体的には、(1)どのような選挙戦略で有権者の支持を獲得しているのか、(2)選挙の成功につなげるために、どのような政策を選択しているのか、(3)自身が基盤とする政党をどのように管理するのか、(4)選挙における支持に繋がるような世論をどのように形成しているのかを分析すべきというのがバルビットの基本的な立場でした。

バルビットの統治術モデルに関しては実証しようがなく、理論としての価値が限られているという批判が加えられたこともあるのですが(Rhodes 1988; Rhodes and Tiernan 2012)、ブラーとジェームズの論文では、政治家の統治術の効率性を評価する上で、バルビットの議論を部分的に修正しながら取り入れ、政治家の指導を政治構造の変化と関連付けて分析することが有用であると主張し、ゴードン・ブラウン首相の政治的手腕に優れたものがあったと指摘しました(Buller and James 2015)。同様の観点からフランスの二コラ・サルコジを取り上げた研究も行われています(Stacey 2013)。

最近の研究では、新統治術(neo-statecraft)と呼ばれるアプローチが発達しつつあります。統治術モデルは、特定の行為主体に注目するアプローチでしたが、新統治術モデルは、その行為主体が政治活動を展開する上で前提となる政治制度を行為主体が自らの政治的な目的のために変更することができると想定します。これは強い権力を握るエリートによって支配された国家の政治を考える場合に重要な可能性であり、多元主義の影響で一時は廃れたエリート主義の新潮流と位置付けることもできると指摘されています(James 2016)。

ちなみに、バルビットの業績は主にイギリスの政治学で有名ですが、アメリカではゲーム理論を基礎に構築した選挙民理論が知られており(現代の政治学を学びたいなら必読の一冊『政治的な生き残りの論理』の文献紹介)、バルビットの統治術アプローチと理論的な枠組みよく似ています。こちらも併せて理解すると、政治全般に対する理解がさらに深まるでしょう。

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