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論文紹介 米国の大戦略をめぐって論者の立場は2つに割れている

米国はこれからも国際社会で優越した地位を保つことができるのでしょうか。多くの研究者が長年にわたってこの問題を議論してきました。

この議論で浮き彫りになっているのは、米国の大戦略をめぐる論争で論者の立場は2種類に割れていることです。一つはディープ・エンゲージメント(deep engagement)、もう一つはオフショア・バランシング(offshore balancing)と呼ばれています。

今回は、米国の大戦略をめぐる論争をモントゴメリー(Evan Braden Montgomery)がどのように整理しているのかを取り上げ、それを紹介したいと思います。

Evan Braden Montogmery, "Contested Primacy in the Western Pacific: China's Rise and the Future of U.S. Power Projection," International Security, Vol. 38, No. 4(Spring 2014), pp. 115-149.

ディープ・エンゲージメントとは

モントゴメリーは米国の大戦略をめぐる論争はディープ・エンゲージメント(deep engagement)とオフショア・バランシング(offshore balancing)の対立として理解することができると述べています(Montgomery 2014: 118)。

ディープ・エンゲージメントの立場に立つ論者は「米国はまだ覇権の費用をまかなうことが可能」だと考えますが、後者の立場に立つ論者はそのような費用の負担にもはや「条約の履行の多くはもはや財政的に維持し得ない」と考える特徴があります(Ibid.)。

ディープ・エンゲージメントを擁護する論者が展開する主張の特徴は、米国の繁栄を可能にする自由主義的な経済秩序を構築し、これを維持することを大戦略として構想すべきだと主張していることです。

このような国際経済体制を実現することができれば、そこから得られる利益によって安全保障上の約束を履行することは可能になり、今後も重要な地域の平和と安定を確保する努力を継続できると見積もっています(Ibid.: 118-9)。

さらにディープ・エンゲージメントの主張を調べていくと、2001年以降にイラク、アフガニスタンなどで数々の戦争を遂行したにもかかわらず、米国はGDPの5%に満たない国防予算で対応することが可能だったという議論も出されており、ブルックス(Brooks)やウォルフォース(Wohlforth)のような研究者は「単一の超大国の世界が直ちに終わるということは極めて起こりにくい」と述べたことも紹介されています(Ibid.: 119)。

つまり、米国は依然として圧倒的な優位を占めているのだから、中国がたとえ高度経済成長を遂げたとしても、それは米国の地位を脅かすまでには至らないというのがディープ・エンゲージメントの擁護者の見立てなのです(Ibid.: 119-20)。

オフショア・バランシングとは

ディープ・エンゲージメント派の見解に対し、オフショア・バランシングの米国の国力に対する見方が慎重です。米国が本土から遠く離れた海外基地に部隊を維持する財政的な負担は決して小さなものではなく、米国の勢力を削いでいると見なされています(Ibid.: 120)。

オフショア・バランシングの論者は米国の軍事力に頼る同盟国を援助するよりも、独力で対処できるように支援し、米国が不必要な戦争に巻き込まれることがないようにすべきだとも考えています(Ibid.)。

モントゴメリーの調査によれば、オフショア・バランシングの側に立つ論者は時間の経過とともに増加する傾向にあり、イラクとアフガニスタンでの戦争、金融危機、中国の台頭がその要因として考えられるとも論じられています(Ibid.)。

例えば、オフショア・バランシングに賛成する論者の一人であるレイン(Christopher Layne)は、もはや米国を中心とする一極構造の時代ではないと判断し、特に中国が台頭していることが「米国の勢力低下を裏付ける最も確固とした証拠」だと述べたことで知られています(Ibid.: 121)。

このような立場から見れば、海外に駐留させている米軍部隊を縮小させることは、米国の国力を温存、回復させるという意味で非常に重要なことであり、諸外国の防衛に米軍を出動させることにより慎重を期すべきだと考えられます。

その代わりとして、政府は国内の課題に取り組むことが可能となり、財政の立て直しと経済の発展のためにより多くの予算を配分することができるという議論が出されてくるのです。

まとめ

米軍の兵力に依存した戦略を採用している現在の日本の立場から見ると、米国がオフショア・バランシングを採用することは望ましいとは言えません。しかし、米国がディープ・エンゲージメントを採用するためには、米国に対して日本が協力し、その防衛態勢を維持するための費用を分担する可能性が高いことも考えなければなりません。

この論文が発表された2年後の2016年に「21世紀における大国の興亡:中国の台頭とアメリカのグローバル・ポジションの運命(The Rise and Fall of the Great Powers in the Twenty-first Century: China's Rise and the Fate of America's Global Position)」と題する論文が発表されており、こちらも多くの研究者から注目されました。これは中国の台頭という事態を踏まえ、より多極化した世界情勢を前提に置いて米国の大戦略を議論すべきだと主張する論文です。

ただ、中国の勢力は依然として米国に及ばないという議論も根強く主張されています。そのため、国際社会における優越した地位を保つことを目指すことは、米国の大戦略としてもはや妥当性がないとは言い切れません。「なぜ中国はまだ追いついていないのか?(Why China Has Not Caught Up Yet)」(2019)や、著作「敵う者なし(Unrivaled)」(2019)などがその代表的な成果でしょう。

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