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メモ なぜ独裁的な国家の政治家は戦争を始めやすいのか?

どのような目標を達成するためであれ、武力に訴えることは国民の費用負担が大きく、かつ作戦の結果に不確実性があるため、戦略として非効率的だといえます。少なくとも戦略理論の立場から見れば、戦争は可能な限り避けるべきであり、それが避けられない場合は少しでも早期に終結させた方が有利であるといえます。

ただし、ここで議論しているのは、国民全体を一つの単位として見なした場合の利害です。実際に一国の首脳部を構成する政治家や、その支持者の視点から見れば、まったく異なった利害があることが見えてくることが政治学の研究によって分かっています。

この分野で重要な業績はBueno de Mesquita、Smith、Siverson、Morrowの共著『政治的生き残りの論理(The Logic of Political Survival)』(2003)であり、これは一国の指導者がとる政治行動や、政策の選択は、その国で政権を保持する上で必要な支持集団の大きさによって決まってくると説明する選択民理論(selectrate theory)を確立した文献です。この文献に関しては過去の記事で取り上げたことがあるので、詳細はそちらで確認してみてください。

De Mesquita, B., Morrow, J., Siverson, R., & Smith, A. (2004). Testing Novel Implications from the Selectorate Theory of War. World Politics, 56(3), 363-388. doi:10.1353/wp.2004.0017

著者らは2004年に選択民理論の実証的な妥当性を検証することを目的とした研究成果を報告しました。これによれば、1816年から1993年までにかけて140か国を対象とし(The Correlates of War Project提供のデータ)、国内の政治体制によって国際的な危機に際して好む対外政策に違いがあることが分かります。

より大きな集団から支持を受けなければ政権を保持できない、つまり民主的な政治体制の指導者は、戦争に参戦するかどうかを慎重に判断しようとする傾向があり、よほど確かな勝算が見込める状況でなければ武力に訴えることはほとんどありませんでした。しかし、小さな集団から支持を受けていれば、国内で政権が保持できる独裁的体制の指導者については、そのような慎重さが見られなかったのです。独裁的な国家の政治家は、危機を目の前にしても、将来的に勝利が期待できる程度に応じて軍事行動を調整しておらず、そのために軍事的行動が失敗するリスクが高いことが指摘されています。

この違いを選択民理論では次のように説明することができます。民主的な体制であれ、独裁的な体制であれ、政治家の関心は政権を保持することにあります。民主的な国の政治家は、軍事的な敗北を喫した場合、数多くの支持者から支持を失う可能性があるため、より慎重に決定を下した方が賢明です。しかし、独裁的な体制であれば、ごく一部の支持だけで政権の保持が可能であるため、戦争によって彼らが不利益を被ることがないように配慮し、個別に特権を付与して手なずけることができます。戦争に敗れることは国民の大多数に大きな不利益をもたらしますが、政治家の目線から見れば、政権の保持に支障を来しません。

ただし、その後の研究では、民主的な体制に依拠した政治家であっても、いくつかの条件が変化した場合には戦争に訴える可能性が強まることも指摘されています。例えば、MnasfiledとSnyderは政治体制が変化し、民主化が進んだばかりの国では、国内をまとめる目的で民族主義のイデオロギーを通じた政治的動員が行われやすく、そのことが強硬な対外政策を選択させやすくしていると説明しています(過去の記事を参照)。またCaverleyは、民主主義の国家であっても、好戦的な対外政策を好む低所得層が増加するような場合は、政治家は戦争に前向きになる可能性があると説明しています(過去の記事を参照)。

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