見出し画像

翻訳資料『遊撃戦の規則』18世紀のレンジャー隊員はどのように戦っていたのか

戦争の歴史では大部隊を用いた戦略や戦術が注目されがちですが、小部隊の戦略や戦術にも、長い時間をかけて発達してきた歴史があります。現代戦の様相が小部隊で遂行されるゲリラ戦になる傾向が強いことを踏まえれば、その歴史を研究することは、今後ますます重要になると思います。

ここに訳文を掲載する『遊撃戦の規則(Rules of Ranging)』(1757)は、フレンチ・インディアン戦争(1754~1763)に従軍したイギリスの軍人ロバート・ロジャーズ(Robert Rogers)少佐が書き残したものであり、レンジャー部隊に特有の遊撃行動に関する規則がまとめられています。

遊撃行動とは独立して行動する小部隊を密かに敵地へと送り込み、地形偵察、敵情捜索、後方攪乱などを行うことをいいます。1756年にイギリス陸軍では遊撃行動に特化して部隊としてロジャーズ・レンジャーズが創設されましたが、その隊長としてロジャーズは隊員をほとんど一から教育訓練する必要がありました。そこで彼は遊撃行動に関する28個の規則をまとめ上げ、それを教育の資料として使うことにしたのです。

ロジャーズ・レンジャーズの兵力は数百名程度で、遊撃行動は歩兵中隊、あるいは歩兵小隊で行っていたことが分かります。騎兵や砲兵の支援もない状態で、兵站活動や情報活動が著しく制限される敵の後方に侵入する遊撃行動は危険と隣り合わせでした。というのも、敵に部隊に発見されたとしても、周囲に味方はおらず、すぐに退路を失い、圧倒的な兵力で包囲される恐れがあったためです。

当時のレンジャー隊員が携行した火器は、先込め式のマスケット銃だけでした。現代の軍隊のような自動小銃も、小銃擲弾も、手榴弾も、機関銃も、迫撃砲も、航空支援も使えません。このような時代背景の下でロジャーズは自らの遊撃戦の経験を踏まえ、レンジャーが行動の基本とすべき規則を書かなければならなかったことを考えれば、これがいかに難しいことであったかが分かります。

アメリカ軍で近代的レンジャー部隊が編成され、運用されるようになったのは第二次世界大戦(1939~1945)以降のことでした。ウィリアム・ダービー(William O. Darby)少佐が1942年に編成したレンジャー部隊は、ヨーロッパと太平洋の戦域に投入され、成果を上げています。今では1950年にフォート・ベニングで開校されたレンジャー学校(U.S. Army Ranger School)がレンジャーの教育訓練の中枢になっています。

レンジャー学校で使用されている教範『レンジャーの手引き(Ranger Handbook)』の歴史解説によれば、ロジャーズがレンジャー部隊のドクトリンを形成した先駆者でした。また、レンジャーの戦い方はアメリカの入植者の間で育まれたものであり、ロジャーズによって初めて戦闘ドクトリンに組み込まれたものと考えられています。

底本は『ロバート・ロジャーズ少佐の日誌(Journals of Major Robert Rogers)』を使用し、43頁以降に記載された規則を参照しています。訳語、訳文で必要な箇所に解説をつけました。ご自分で原典を読みたい方は以下のInternetArchiveのページで参照することが可能ですので、そちらをご確認ください。
https://archive.org/details/journelsofmajorr007092mbp/page/n73/mode/2up(外部ページ、英語)

『遊撃戦の規則』

ロバート・ロジャーズ 著
武内和人 訳

1
 全レンジャー隊員は戦いの原則に従い、その技術を身につけなければならない。
 毎日夕方に点呼するときは、部隊ごとに整列し、各隊員が自分の銃、60発の弾薬、手斧を携行していなければならない。各中隊の将校は自分の中隊が警報を発してから一分以内に緊急事態に即応できるかどうかを確かめよ。点呼が終わり、部隊を解散させる前に、警衛※に上番する隊員を集合させ、また明日出す斥候兵※を指名せよ。

※警衛:宿営地の警備を行う特別勤務。上番する警衛は下番する警衛から部隊で持ち場を引き継ぐので、そのために集合させる必要がある。
※斥候兵:斥候長の指揮の下で活動する兵士。敵の動向を探るために、斥候は定期的に派遣される。

2
 敵の砦や辺境を小部隊で偵察する場合は、1列縦隊で行進せよ。行進間は1発の敵弾で2名の隊員が同時に死傷することがないように、前後に連なる兵に十分な間隔を保たせよ。1名か、それ以上の兵士を本隊の前方、あるいは側方に20ヤード(訳注:約18メートル)の距離を保って警戒させよ。もし行進している場所の地形で通信が妨げられないのであれば、これらの警戒員は敵が接近していることや、敵の兵力などについて将校に信号で知らせよ。

3
 沼地や湿地を行進する場合は、部隊の隊形を変更する。敵に追いつかれないため、その地を通り抜けるまでは横隊になれ(もし1列縦隊のままで行進していれば、敵に追いつかれるだろう※)。その後で隊形を元の縦隊に戻し、すっかり辺りが暗くなるまで行進してから野営を行う。もし可能であれば、かなり離れた位置に歩哨を置き、敵の動きを見るか、あるいは聞くことができる場所に野営地を選べ。その夜は交代しながら全部隊の半数の隊員が目覚めている状態を維持せよ。

※通常の経路であれば、縦隊は横隊に比べて速く移動できる隊形だが、沼地や湿地のような場所を移動しようとする場合は、前方の兵士の遅れが続行するすべての兵士の移動を妨げるため、部隊の移動に要する時間が増加する場合がある。これを避けるために横隊となって一斉に前進することが規則として定められている。

ここから先は

6,017字 / 1画像

¥ 300

調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。